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ある魔眼持ち薬剤師の日常 ~連載版~  作者: カスミ楓
第一章 白竜さんとカレー
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閑話(三)


次回から第二章に入ります


 ゴリゴリゴリ……。


 薬店の売り場の奥から、石同士の擦れる音が鳴り響いている。

 黒髪黒目のまだ十を超えたくらいの少女が、鼻歌を口ずさみながら何か作業を行っていた。

 中央が半円形状に凹んだ石臼と、その凹んだ部分にぴったりハマるように作られたタイヤのように細く丸い石を組み合わせて、様々な薬草をすり潰している。

 すり潰された薬草は床に並べてある小さな木の板の上へ丁寧に置かれ、薬草の名が書いてある葉がその上を覆い被すように隠されている。


「よし、これもおっけーですね」


 少女が桶に汲まれている水へ手を浸し、今すり潰したばかりの薬草を掴んで、板の上へ置いた。


「細かい作業だな、ナミル殿」

「うひゃぃ?!」


 突然背後から声をかけられた少女が、びくっと身体を震わせる。

 慌てて後ろを振り向くと、白いエプロンをつけた二十歳くらいの異様に顔立ちの整った背の高い男性が少女を見つめていた。


「いきなり驚かせないでください、レイちゃん」

「何をやっているのかと不思議に思い観察していたのだが、集中していたのでな。作業が終わるまで黙っていたのだ」

「これは薬を作っているのですよ」

「ほぅ、人族の薬とはそのように作るのか。まるでナミル殿は薬剤師のようだな」

「ようだな、ではなく私はれっきとした薬剤師です」


 そう言った男性、レイヴェンがナミルと呼んだ少女の手元にあるすり潰された薬草を眺める。

 ナミルは、ふぅ、とため息を吐きながら答える。続けて「未公認ですけど」と小さく呟いた。


 薬剤師は、薬剤師ギルドに加入してギルドから認可を貰ったのもが名乗れる称号だ。

 だがナミルはギルドに加入すらしていないため、自称となる。


 ここで特記すべきは、勝手に薬を作って売っても問題はない、と言うところだ。

 ただし、認可をもらっていれば看板やレジにギルド発行の認可証明書を飾れる。これが無いと当然信頼度が低いため、購入する人は殆どいない。

 だからナミルの店では薬は滅多に売れず、苦肉の策として喫茶店紛いの事をやっているのだ。


 しかしナミルの返答を聞いたレイヴェンは、意味が分からない、とばかりに整った眉をしかめる。


「……それは何かの冗談か?」


 実はレイヴェンはSSSランクという最高峰の魔物である白竜の化身だ。そして竜族は強さがステータスとなる。

 ナミルはこう見えても複数の魔眼を持ち、強さ、という面では白竜であるレイヴェンを圧倒する。

 事実、半月以上前にレイヴェンはナミルと戦い、そして敗北した。

 それからナミルに無理やり連れられて、ナミルの経営する店で売り子のような事をやっている。


 レイヴェンの感覚では、なぜあれだけ強いのに、こんな事をやっているのだ。そんなもの誰かに作らせ貢がせればよかろう、なのだ。

 実際レイヴェンも、人如き相手に売り子と言う、ある意味屈辱な仕事を黙々とやっているのも、ナミルが自身より強いからだ。

 だからこそ、ナミルは偉そうにふんぞり返って命令していればいいのに、と思っている。


「冗談じゃないですよ。私はイノさんの弟子ですからね」

「イノ、とは誰の事だ?」


 もしかして、ナミルよりも強い者がいるのか、と疑問が浮かんだ。その、イノ、という者がナミルに薬を作れ、と命令しているのか。ならばナミルがこのような作業を行っているのも理解できる。


「私に薬の調合を教えてくれた人……ではなく魔物です」

「魔物? それは強いものなのか?」

「うーん、そうですね。多分レイちゃんより強いでしょう」


 どうやら当たっていた模様だ。ナミルよりも強い魔物がいたのか、やはり世の中は広い。

 しかし魔物が人であるナミルを使うとは。

 いや、これはナミルがよほど有能だからであろう。ここは一つ、我がナミルの配下になったと挨拶に伺うべきだろうか。


 意外と社交性の高い白竜である。


「ふむ、我もご挨拶に伺ったほうが良いか?」

「挨拶? なぜ?」


 首を傾げるナミル。


「ナミル殿が仕える魔物だからだ。我が加わったことをご報告すべきであろう」

「……え?」

「違うのか?」

「どちらかといえば、イノさんが私の配下な気がしますけど……」

「な、なんだ……と?」


 ならば何故配下の弟子などと言うのだ? 全く持って訳が分からぬ。それより、先ほどナミルはイノとやらが我より強いと言っていた。

 竜族の我よりも?

 それは嘘であろう。


「あー、でも最近行ってないし、薬の調合について聞きたいこともあるし、久しぶりに行ってみますか。レイちゃんもお供してね」


 これは我がナミルの配下の中で一番だという事を知らしめる必要がある。


「了解した」



 △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽



「やっぱりレイちゃんがいると楽だね」

「…………」


 街を出てある程度歩いた場所でレイヴェンが元の白竜の姿に戻った後、ナミルは彼の背に乗って飛んでいた。

 竜族が他人を背に乗せる行為は、非常に屈辱的な仕打ちなのである。

 だがこれも配下の勤め、と我慢をしていた。


 一方ナミルは、やはり地面を頑張って走るよりも空を飛んでいったほうが早いね、これからはレイちゃんタクシーの出番が増えそうです、と考えていた。


「そういえば、イノとやらはどのような魔物なのだ?」

「イノさんは猪のような魔物ですよ。彼以外にも兎のような魔物のウサさんがいらっしゃいます」

「猪? 兎?」

「ああそれと、カンガルーのカンさんは非常に気性の荒い魔物なので、言動には注意してください。もし彼の機嫌を損ねると私でも止めるのは難しいので」

「……その三体はナミル殿の配下のものか?」

「そうですね。元々は私の生まれ育った町の近くの山に住んでいたのですけど、私が小さい頃、彼らに喧嘩を売りまして。それで勝ってしまったのです。イノさんとウサさんはそこまで強くなかったのですけど、カンさんは非常に強い方でした」


 今でも十分小さいであろう、と言う言葉を辛くも飲み込んだレイヴェン。


「それ以降、私がその山のボスになったのです。そして彼らの持つ技術、ウサさんは魔法、イノさんは薬草学、そしてカンさんは戦闘技術を教えてもらったのです」

「……ナミル殿より弱い相手に教えてもらったのか?」

「はい、あの頃の私の戦い方はとにかく力押しだけでしたから。技術という面では彼らは素晴らしい師匠でしたよ」


 今でも十分に力押しだろう、と言う言葉を辛くも飲み込んだレイヴェン。


「生憎魔法はどうしても覚えられず《発火》くらいしか使えないのですが、薬草学は面白かったので夢中になっていたらいつの間にか色々と覚えていたのです」

「ふむ、その薬草に博学なのがイノという魔物か」

「ええ、鎮痛剤という痛みを緩和するものを作りたいのです。でも外傷の痛みは傷口に張ればいいだけなので簡単なのですけど、飲み薬としての鎮痛剤が難しくて。イノさんなら何か知っているかなと」

「魔法で消せばよかろう」

「ですから、私は魔法苦手なんですって。それに鎮痛剤を作るのに成功すれば、世の女性に売れること間違いないです」

「良く分からぬが、まあ成功すれば良いな」


 それよりも、イノ、ウサ、カンという名の魔物だ。

 レイヴェンより強いか弱いか。

 まあ直接会えば強さも分かるだろう。


 どこまでいってもやはり竜族は力が一番だった。



 △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽



 な、なぜこんな辺鄙な場所に、このお二方がいらっしゃるのだ?!



 ナミルたちは何事も無く、ナミルの生まれ故郷であるリュザール男爵領の近くにある山へと着いた。

 既に気配を感じていたのか、ウサとイノと名乗る魔物が二体、迎えに来ていた。確かに見た目ウサは兎型の、そしてイノは猪のような魔物だった。だが、大きさがまるで異なる。どちらも二メートルはあるだろう。


『ナミルはんや。久しぶりやなぁ』

『ナミルさん、久しゅうございますえ』

『イノさん、ウサさん、お久しぶりです』


 そんな彼らに向かって気軽に挨拶をするナミル。



 な、なぜそんなにあっさり挨拶しているのだ?! そ、そのお方たちは、人如きが気軽に声をかけるような存在ではないのだぞ?!



 ナミルの背後に隠れるようにして、がくぶると恐れているレイヴェン。そしてウサとイノの二対の目が、彼に向かって注がれた。


『そんで後ろのわけぇ白竜ははどこのどいつや?』

『あら……あらあら』


 何となく機嫌の悪そうな声を出しているのがイノ。逆に嬉しそうに、あらあらと楽しげにしているのがウサである。

 ただ二人ともレイヴェンの事を値踏みするような目をしている。


『この人はレイちゃんです。実はサルクルの森にいた白竜さんなのですけど、とても便利そうでしたので、連れてきました』

『ほー、便利そうねぇ』

『あらあら。うちの……』

『うちって何ですかウサさん』

『いえいえ、こちらの話どすえ』


 先ほどからレイヴェンは言葉も出ないほど固まっているし、うち、というウサの発言もある。

 何かあるな、とナミルは思ったものの、実はもしかして魔物連盟などがありサルクルの森のレイちゃんと、この山のカンさんやウサさんとは顔見知りだったという可能性もある。


『ふーん、良く分かりませんね。まあそれはそれとして、カンさんはいらっしゃいます?』

『そろそろ来ると思うで』


 と、イノの発言が終わる瞬間、稲妻のようなものがすぐ側に落ちた。舞い上がる土埃の中から、カンガルーの魔物のようなものが颯爽と登場する。


『相も変わらず派手な登場ですね、カンさん』

『ふっ、照れるな』

『褒めていません。服が汚れてしまったじゃないですか』


 ぱたぱたと舞った土を払い落としながらナミルはカンへ話しかけた。

 そして彼女の背後で棒立ちしていたレイヴェンといえば。



 我は夢でも見ているのか?

 なぜこんなところに、カングランド様がいらっしゃる。

 それ以前にウーサルミア様やイノヴェルド様までも、このような場所にいるとは。一体ここは何なのだ?



 と半場呆然と彼らを眺めていた。



『おうナミル。後ろに珍しいの連れてるじゃねぇか』

『ああ、この人はレイちゃんといって、新しく私が下僕にした白竜さんなのです』

『ほぅ、白竜を下僕に……か』


 カンの目がきらりと光る。射すくめられるように、思わずへたり込んだレイヴェン。



「レイちゃん、お行儀が悪いですよ。それ以前に先ほどからずっと黙ったままで、どうしたのですか? 体調でも優れないのですか?」

「あ、ああ……いや……」

『ナミル、そりゃ若い竜なら仕方ねぇってもんだ。それより何の用事で来たんだ?』

『あ、みなさんの顔を見に来たのと、少しイノさんに薬の事が聞きたくて』

『ええで、どんな薬や?』


 そしてナミルとイノは二人で会話を始めた。

 その間、手持ち無沙汰だったカンとウサが、レイヴェンへと興味を向ける。

 そこには可哀相なくらい、カンたちに怯えた若い白竜がいた。


『なあナミル』

『はい? どうしました、カンさん』

『ちょっとこの若い兄ちゃん借りていいか?』

『いいですけど、死なないように手加減してくださいね』

「ちょっ?!」

『よし、ウサもこい』

『分かりましたどすえ、カン様』


 レイヴェンは抗議の目をナミルに向けるものの、彼女はイノさんと話しこんでいた。

 そして首をカンに捕まれ、そのまま引きずられていった。カンの体長は三メートル、そしてレイヴェンは二十メートルだ。しかし軽々と竜の巨体を引きずっていくカン。


 物理法則を無視したような光景だった。



 △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽



 カンがレイヴェンを連れて行ったのは、ナミルたちから相当距離の離れた場所だった。

 そして、レイヴェンを座らせて自身は腹にある袋から葉巻を取り出した。すかさずウサが《発火》の魔法を使い、葉巻に火を灯す。

 美味そうに煙を吸い込み、そして吐き出すカン。


 暫く葉巻の煙を味わったカンは、ようやくレイヴェンに話しかけた。



『で、お前の名は?』

「は、はい。私はレイヴェンと申します。真龍・・カングランド様」


 真龍、別名エンシェントドラゴン。


 それはあらゆる竜種の頂点に立つ存在であり、この世界でも最強の一角だ。彼に対抗できるような存在は世界広しといえども、そうはいない。


『おそらくはレイチェルとナタリーの子かと思いますえ、カン様』

「は、その通りでございます、白龍・・ウーサルミア様」


 白龍は白竜の長であり、エルダードラゴンである。

 そしてナミルと薬について話している、イノと呼ばれた猪の魔物は土龍イノヴェルド。土竜の長である。


 つまりレイヴェンの直属の上司と同種の上司、更にトップが居た、と言うわけだ。

 しかもレイヴェンの年齢は二百歳。竜種としては非常に若い。

 真龍は既に十万年を生きており、白龍も三万年近く生きている。いわばレイヴェンから見れば雲の上の存在である。

 恐れるのは仕方ないだろう。


『まあいい。で、お前はどこまで知っている?』

「はっ、何のことでございましょう」

『もちろんナミルの事だ』

「ナミル殿は七個魔眼を持つ、という事のみでございます」

『ふん、千五百年前の魔眼の王の話は知らんのか』


 千五百年前、魔眼の王が異界の神と戦った事は知っている。

 白竜は力は他の竜より弱いものの、その分知能が高く、また知識も深い。それは親から知識を授かることで、親の記憶、ほぼ全てを継承するからだ。


 ただし、あくまで知識として知っているだけであり、それをどう生かすかは個人差がある。


「我が父、レイチェルから知識の継承は受けておりますが、それがナミル殿と何の関係があるのかまでは存じません」

『おい、ウサよ。この若いの経験不足じゃねぇのか?』

『まだ彼はこの大陸で修行中の身どすえ。仕方無いことかと思いますわ』


 竜が住まう大陸は、この世界の中央にある。

 そしてそこで生まれた竜は十年竜の大陸で過ごすが、その後の千年間、別の大陸で修行させるのだ。

 なぜならば、竜の大陸には竜以外にも住んでいる。一応そこの覇者は竜種であるものの、その他の魔物も強い。生まれたての竜ではまず勝てない。

 竜種は生まれてから十年の間に三回脱皮し、ようやく身体の大きさが親と同じくらいに成長する。


 つまり、大きくなるまでは親元で安全に暮らさせるが、その後は別の大陸、つまり弱い敵しかいないところで千年修行してこい、と言う事だ。

 なかなかに修羅の生活をしている。


 だからこそレイヴェンもことさら強さに拘るのだが。


『だがこのままじゃ、ナミルの道へついていくには使えねぇぜ』

『誰か別の者を派遣しますえ?』

『だがナミルは意外とこの若いのが気に入ってるみたいだったしな。しゃーない、俺が一つ手ほどきしてやるか』

『おや、それはお珍しいことで』

『ナミルに許可貰ってからだがな』


 そういったカンは再びレイヴェンの首を掴むと、勢い良く投げた。


「どわぁぁぁぁ?!」


 空で体勢を整える間もなく、あっという間にナミルの近くまで投げ飛ばされた。

 ずずん、という重い音が鳴り響く。


「レイちゃん。お帰りなさい」


 竜の巨体が投げ飛ばされたにも関わらず、事も無げにナミルは言い切った。きっとこの程度は予想していたのであろう。

 そしてレイヴェンが激突したすぐ後にカンとウサが静かに着地する。

 到着と同時にレイヴェンの方を指差すカン。


『ナミル、この若い竜を暫く俺に預けてくれねぇか?』

『それってカンさんがレイちゃんを鍛えると言う事ですよね』

『そうなるな』

『レイちゃんはうちの大事な売り子なのです。彼のおかげで売り上げ倍増しているので、いなくなると困りますね』


 それを聞いていたレイヴェンは、ほっと一息つく。

 確かにレイヴェンは強くなりたいとは思っている。ただし、さすがに竜種のトップである真龍直々に修行させられるのは、ちょっと……いやかなり遠慮したい。

 だが、続いたナミルの発言で絶望を感じた。


『でも、売り子をやってもらっているのは昼間だけですので、夜なら良いですよ』


 つまり寝る事は許されない。

 竜は確かに一年くらいは寝なくても大丈夫だ。しかし裏を返せばあくまで大丈夫、というだけでもある。

 当然体力は落ちる。


『ふむ、それでもいいか』

『では早速今日からやりますか?』

『おう、わかった。んじゃ、こっちこい』

「ちょっ、ちょっと?!」

「レイちゃん、頑張ってきてくださいね」

『ほら、さっさと来い。俺は気が短いんだ』

「あああぁぁぁぁ…………」



 こうしてレイヴェンは夜の間、真龍に手ほどきを受けることとなったが、それはまた別のお話である。



ちょっと予定より遅れております><

け、決して3-3で秋刀魚漁していたわけじゃないんだからね



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