閑話(二)
第二章のプロットはほぼ出来ました。
今週末、第一章を改稿しながら、残りの閑話三を書き上げて、来週ぼちぼちと第二章の執筆をします。
……あれ? 余裕もったつもりだったけど、意外と時間が足りない?
「はぁっ!? レイジーンを、しかも甲羅ごと粉砕しただと!?」
ここはリルリの冒険者ギルドにあるギルドマスターべラムの部屋である。
決して狭くは無い、むしろ十人は余裕で座れるスペースのある部屋にギルドマスターの声が響き渡った。
そのべラムの正面に座るものは、夕焼けのように赤い髪の女性と、黒い髪で鋭い目をしている男性の二人だった。彼らはリルリの冒険者ギルドに属するAランク冒険者『悠久なるファーガイツ』のメンバーだ。
全員で五人いるが、報告や交渉はこの二人が殆ど行っている。
そして、今回はギルドの依頼『サルクルの森にいるBランクの魔物ウィンドシャークの歯』を無事入手したので、その報告にギルドを訪れた。
サルクルの森の中央はSランクやSSランクの魔物が居る危険地域だが、森の外周はそこまで高ランクの魔物は出ない。Aランクの冒険者である彼らなら、今回の依頼は十分達成できるとべラムは踏んでいた。
しかも今回が初めてでなく、過去幾度もサルクルの森にいる魔物の素材収集を彼らに任せ、全て成功しているのだ。失敗する確率の方が低いだろうと読んでいた。
それは当たっていた。そしてそこまでは良い。
問題は目の前にいる男性、サイズという名の盗賊が次に発言した内容だった。
『ナミルという少女がSSランクの魔物、レイジーンを素手で殴って倒した。しかも甲羅ごと』
べラムは今はギルドマスターの地位にいるが、昔はAランク冒険者として活躍していた。そんな彼でもSランクの魔物ビルライノ討伐が最高なのだ。
本来Sランク以上の魔物を討伐するには数十人規模の腕利きを集め、それで死傷者が何名か出る事を覚悟して行うものである。
SSランクになると、下手をすれば全滅する可能性もある。
それがサイズの話によると、たった一人で、しかもサイズたち五人を守りつつSSランクの魔物を討伐したという。しかも圧倒的な強さで。
到底、いや常識で考えても信じられない話である。
だがサイズたちはリルリの冒険者ギルド専属パーティであり、発言に嘘はつけない。念のために設置している嘘を見抜く魔導水晶も、サイズの発言は真実だと語っている。
「まあマスターが信じられないのも無理はない。俺だって自分の目で見てなきゃ嘘だと思う」
「そのナミル、という少女は、おにぎり、という食べ物を売っている娘だな?」
「あれ? ギルドマスターも知っていたんだ。そうそう、そのナミルちゃん」
もう一人の女性、シーレイが意外そうにべラムの事を見た。
だがナミルの作るおにぎりというものは、ギルド職員の間でも密かに人気があったのだ。受付嬢のリリーが食べているところを偶然見かけたべラムが彼女に尋ねたところ、この建物から程近い場所にある店で売っていると答えてくれた。
そして試しに一つ買ってみたところ意外と美味しく、また腹の持ちもそれなりに良かったので、それ以来定期的に買うようになったのだ。
「やはり……。実はお前らがサルクルの森へ出た数日後に彼女が帝国の地図を見せてくれと、ここへ来たんだよ。で、その時は確か『かれぇ』とかいう食べ物の材料が暑い地域に生えているから、場所を教えてくれと言ってたな。俺はガイゼンを薦めたんだが、彼女はサルクルの森を気にしてたんだよな」
「へー、となると今回の事の発端はギルドマスターにも原因があると」
「俺はちゃんとサルクルの森は危険だから行くな、と言ったぞ!?」
「でも確かにナミルちゃんくらいの強さがあれば、一人でもいけるよね。実際、レイジーンを倒したその日の夜に一人で行ったみたいだし」
「は? 夜に?」
更に衝撃的な発言がシーレイから飛び、一瞬頭が真っ白になったべラム。
なぜなら魔物は夜に活発化する事が多いからだ。熟練の冒険者なら、わざわざ視界の効かない危険度の高い夜より昼を選ぶ。
「ああ。それで次の日の昼間に一人、怪しい兄ちゃんを連れてきたんだよな」
「怪しい? それはどういった奴だ?」
「レイヴェン様ね。ものすごくかっこいい男の人だったよ」
「……シーレイ、かっこいいという情報は不要だろ」
苦虫を噛み潰したような顔になるサイズ。それに気が付いたシーレイは含み笑いをした。
「あれ? サイズくん、もしかして妬いてる?」
「ばっ! そんな事関係ないだろっ!」
「はっはーん。全くサイズくんも大人気ないなぁ」
「……悪いかよ」
「サイズってばたまに可愛くなるよね。はいはい、あたしはサイズが一番だからね」
「う、うるせーなっ」
そんな二人をまるで我が子のように見るべラム。
何せ十年近く昔、この二人の教育担当として一年ほど一緒に活動してたのだ。そしてそれがべラムの冒険者として最後の仕事だったのだ。
あの頃からこの二人は付き合っていたが、いまだサイズはシーレイに頭が上がらない様子である。
全く、こいつらもう互いにいい年なんだしそろそろ結婚すればいいのに。
そう思うべラムだった。
ただ、このままだと話が進まない。
「夫婦漫才はいいから、早く要点を話せ。で、そのレイヴェンという男がどうしたんだ?」
「ちょっ?! 夫婦漫才ってなんだよ!」
「いいじゃない。そんな照れなくても」
「うるさい! くっつくな! シーレイは黙ってろ! で、そいつなんだが、まだ二十歳くらいの優男なんだが」
優男って、全く根に持っちゃって、というシーレイの言葉を無視してサイズは続けた。
「俺の見る限りあの男はかなり強い。それに気配が妙に強大というか人じゃないというか……とにかく得体の知れない雰囲気を持っていた」
サイズは盗賊だ。そして盗賊とは人の気配に敏感である。レイヴェンとかいう男は強い、と断言したのなら本当に強いのだろう。
そしてそれはAランク冒険者であるシーレイたちよりも遥かに、という事だ。
全く、ナミルといいそのレイヴェンという男といい、どうして急にこんな訳の分からん奴がリルリなんぞに来たんだか。頭が痛い。
「でも、レイヴェン様ってナミルちゃんに頭が上がらないみたいだったよね」
「……そうだな」
「と言う事は、ナミルがそのレイヴェンという男を押さえているわけだな」
「まあいくら得体の知れない男とはいえ、SSランクの魔物を圧倒するようなナミルちゃん相手じゃ分が悪いだろう」
「そうだね。ナミルちゃんがレイヴェン様を蹴り飛ばしたときは本当に驚いたよね」
「人がまるでおもちゃのように空高く飛んでいったからな。でもそれだけの衝撃を受けて殆ど無傷だったレイヴェンも見た目とは裏腹に相当頑丈な奴だ」
おもちゃのように? 一体こいつらは何を言っているんだ?
とはいえ、もはや常識という概念がどこか行方不明になったようなナミルの事だ。本当に空高く人を蹴ったのだろう。
「まあナミルという少女は常識外の人族だという事は分かった。で、ナミルの処遇をどうするか、という話になるんだよな」
「彼女は、国には自分の力を内緒にして欲しい、今の生活が気に入っているから、という事だった。もし国にばれたらおそらく他国へ渡るだろう。俺らには彼女を止めるほどの力はない。で、そこで俺らはマスターのみ彼女の事を伝えると約束したんだよ。だからこの件は国へは内密にして欲しい」
そう頭を下げてきたサイズだった。
しかしべラムはナミルがこう言ってた事を思い出す。
──うちはれっきとした薬店です。ちゃんとアーヴェン様のところにも回復軟膏を納品しておりますよ。
「サイズ、一つ言っておこう」
「何かあったのか?」
「ナミルは領主様のところへ薬を納品しているらしいぞ」
「…………」
「…………」
べラムが彼らに伝えると、案の定二人が固まった。
「ナミルちゃんって意外と抜けてるよね」
「だな。領主様のところへ薬を納品している、と言う事は少なくともリルリの帝国軍に顔が知られているという事だしな」
「軍に納品するという事は、信頼できる薬剤師かどうか徹底的に身元調査されているだろうしね。ナミルちゃんってば、そういう足りないところも可愛いよね」
「可愛い、で済む問題じゃねぇよ」
当たり前だが、軍、すなわち国は信頼できる相手からしか購入しない。もし納品物に何らかの細工が仕掛けられていたら被害が甚大になるからだ。
ナミルの情報が帝都まで行っているかは不明だが、確実に領主は知っているだろう。
SSランクの魔物を単独で狩れるほどの強さを持っているナミル。そしてサイズを持ってしても得体の知れない男と評価したレイヴェン。
この二人を手放すには惜しい。
これは早急に領主へ相談する必要がある。
「取り合えず、近日中に領主様のところへ行ってくる」
「マスター、頼んだ」
「あたしからもお願いします」
べラムはこう見えても子爵家の当主である。
市井のものが直接領主に、しかも皇族に対して会談を申し込む事は難しいが、貴族であるべラムなら可能だ。
ただ既に中央へ情報が伝わっているのなら何かしらアクションを起こしているはずだが、べラムが知る限りそのような動きは今のところない。
となると、この情報は領主で止まっている可能性が高い。
急げばまだ間に合うだろう。
……胃が痛くなるな。
思わず胃を撫でてしまうべラムであった。
そして後日、べラムはアーヴェンからナミルを見極めてほしい、という旨を依頼されるのは別の話である。




