閑話(一)
閑話は三人称となります
説明回みたいな感じになってしまいましたね。。。
そして第二章のプロットは半分くらい出来た感じです
大陸で一番大きい湖、ライザル湖。
その湖畔には大陸で一番大きな国フィスティス帝国の帝都フィスティスがある。
人口二十五万人と、これも大陸で最も大きな街だ。区画整理がされており整然とした街並で、また二十四時間眠らない街でもある。
帝都には帝国を治める皇帝が居城とする巨大な城が、街の一番奥、湖のすぐそばに鎮座している。
明け方に遠くから見ると、水面が太陽の輝きを反射し、それが城を浮かぶように照らしていて、とても幻想的な景色となっている。
帝国はこの大陸の三分の一を手中にしており、皇帝の権威を象徴するかのような立派な城である。
そして、その城の一番奥にある謁見の間から一人の若者が出てきた。
アーヴェン=リルリ=フォン=フィスティス。二十一歳と若きリルリの領主であり、現皇帝の第三子ロイムダルンの次男だ。
皇族の一人であるが、それと同時に帝国最上級騎士の称号、九剣の一人でもある。
剣の腕前はAランク冒険者に匹敵し、更に魔法も宮廷魔導師並と帝国で最も有名な皇族と言われている。
その彼が、やや疲れた様子で廊下を歩いていた。年に一度の領主会議に先ほどまで参加していたからだった。
会議の内容は主に税率と輸出入である。
リルリは元々ザクティル王国との戦争で使われていた砦が街となったものであり、人口も三万人と一番小さい。
その分経済規模も小さく、他の領主からどれだけ割合の良い取引が出来るかによって今後の街の発展が決まるといっても過言ではない。
しかし領主の地位にいるものは公爵や侯爵、辺境伯といった海千山千の貴族達が殆どであり、いくら皇族とはいえ一番若いアーヴェンにとっては非常にやりにくい相手である。
五日に渡って続いたその会議が先ほどようやく終わったところなのだ。疲れるのも無理はないだろう。
元々彼は騎士であり、政治は苦手分野なのだ。
実質的な運営は領主代理でありアーヴェンの片腕でもあるイリザネールに任せているが、彼は連れてきていない。アーヴェンが領主会議で留守の間はイリザネールに全てを任せているからだ。
騎士であるアーヴェンには騎士の知人はいるが、文官にはいない。
せめてもう一人政治に詳しい人材が欲しい、と切に願うアーヴェンであった。
「アー兄、久しぶりじゃな」
そんな彼に声をかける十歳に満たない少女がいた。
現皇太子の第一子であり、つい先日皇位継承権第二位となったリネット=リュイスズハルト=フォン=フィスティス、八歳だ。
アーヴェンとは従兄妹同士であり、彼女が赤子の頃からしょっちゅう世話をしていた関係である。
「リネット皇女、ご機嫌麗しゅう存じます」
「堅苦しいぞ、アー兄」
「いえ、リネット皇女は正式に継承権第二位となられました。いくら私がリネット皇女の従兄妹とはいえ、公私のけじめは必要と愚考いたします」
「むぅ……つまらぬな。そのけーしょーけんとやらはアー兄も持っておるではないか」
「持っていた、でございます。現在はリムリッド皇太子殿に全て渡りました」
「父上のアホが」
帝国の皇位継承権は基本的に男女の区別なく第一子が優先される。そして先日、現皇太子のリムリッドが正式に次の皇帝となる事が決定された。
このため、リムリッドの家系に全て皇位継承権が移ったのだ。
もちろん全て移ったといっても、リムリッドの血筋が途絶える可能性もある。その場合は改めて第三子のロイムダインに振り分けられる。
またリムリッドは現在四十歳だが、第一子のリネットは八歳だ。年齢に差がありすぎるが、これは十五年前の流行り病で二人の息子が亡くなっているからだ。
元々リムリッドには二人の息子のみ居たのだが、流行り病で同時に二人とも亡くしてしまい一時殻に閉じこもっていた。
そしてようやく持ち直したのち、生まれたのがリネットである。またその後次々と子を作り、今ではリムリッドには四人の子がいる。
「リネット皇女は将来皇帝陛下となるお方。その言葉遣いは問題があるかと」
「何を言う。いくらけーしょーけんが二番目でも、フェイムを押す声が大きいではないか」
フェイムはリネットの一つ下の弟であり、継承権第三位だ。基本的に継承権は第一子が優先されるとはいえ、リネットは女である。そして帝国の歴史上、皇帝が女となった例は少ない。
これは皇帝となった場合、血筋を残すため子をたくさん産む必要がある。男ならば問題はないが女だと当たり前だが自分自身が産む必要があり、当然腹が大きくなれば業務に支障が出てくる。
またこの世界、子を産むという事は大変なことであり、死亡率も低いわけではない。次期皇帝が子を産んで亡くなりました、という結果になる可能性もある。
このため、女よりも男を押す声が大きくなるのは仕方がないだろう。そして現在、帝国内ではリネット派とフェイム派で別れ始めている。
現皇帝は六十歳であり人族の平均年齢もそれくらいであるため、皇帝が崩御し皇太子が皇帝になったとき、派閥争いが顕在化すると予測されている。
ちなみにアーヴェンは公表こそしていないが、将来仕えるべき主君はリネットだと考えている。
「リネット皇女、帝国は第一子が後を継ぐもので、例外はあくまで例外であります」
「しかしだな……」
リネットは弟であるフェイムが皇帝になれば良いと思っている。
それは弟のフェイムがまだ七歳ながら光るものがあり、家庭教師たちから天才と呼ばれている噂が広まっているからだ。その話はリネットの耳にも入ってくるくらい、真しなやかに流れている。
翻ってリネット自身の能力は普通だ。賢くも無ければ剣や魔法が得意という訳でもない。
だが生まれた頃からリネットとフェイムを知っているアーヴェンから見れば、何かを考える事はフェイムが優れているが、それを判断して即座に決断するのはリネットが遥かに優れている。
確かにリネットはフェイムに比べ計算が苦手だし記憶力も良くないが、判断力、決断力は非常に高い。更にその判断もアーヴェンが見る限り正しいと思える。
フェイムは考えることや記憶することは得意だが、決断力に乏しい。いわゆる優柔不断なのだ。
皇帝に一番必要な資質は、国にとって正しい方向性と決断力だとアーヴェンは考えている。別に皇帝自身が直接政治を行うわけではないし、自ら剣を取って戦うわけでもない。それらは専門家に任せておけば良いからだ。
また普通の皇族や貴族は、自分たちが一番と考える。彼らを富ませる為、如何に民を効率よく搾り取るかを考える。それが政治であると。
アーヴェン自身もリルリの領主になるまではそれが当たり前と思っていた。
だがそれでは自分で自分の肉を食っているようなものであり、いつか破綻するとイリザネールから教られた。
帝国という国を富ませるには、民を搾ることではなく繁栄させること、それが結果的に国を発展させるのだと。
イリザネールからこんな話をされた。
*****
「アーヴェン様、例えば市井の者たちの儲けが十あったとします。今まではそのうち七を税として集めておりました」
「うむ、そうだな」
「ここで発想を変えてみましょう。彼らを富ませる為に様々な施策を行い二十に増やしたとします。その半分を税として集めたらどうなりますか?」
「十、集められるな」
「先ほどより数値が増えておりませんか?」
「……確かに」
「更に彼らから見ると今まで七割取られていたのが、半分になります」
「むむ」
「これが良い政治というものでは無いかと、イリザネールは愚考いたします」
*****
あの時は本当に目から鱗が落ちたように感じた。なぜこんな単純なことに気が付かなかったのだろうと。
そしてリネットは貴族、しかも皇族という最高の位にいる者には珍しく民が一番と考えている。誰に教えて貰ったわけでもないのに、だ。
家庭教師から教えられる貴族向けの知識だけで、それを判断したのだ。
まさしく皇帝の器ではないか。ただ惜しむべきはリネット派には人が少ない。アーヴェンが見る限り、リネット派は二割といったところだろう。
このままでは、フェイム派に乗っ取られてしまう。
出来るならば現皇帝が崩御される前に、もう少し派閥を増やしたいが、現状ではそれも難しいだろう。
それなら出来るだけ有能な者をリネットに仕えさせ、力をつけさせたい。
そして、アーヴェンの頭にふと数ヶ月前に出会ったナミルという少女の事が浮かんだ。
強さは底知れない。如何に不意打ちとはいえ、あの頑強なトロールを一撃で倒したのだ。九剣の一振りであるアーヴェンを持ってしても、ナミルという少女の強さが分からなかった。
そしてあの回復軟膏。もちろんアーヴェンは城内の薬剤師たちにナミル製の回復軟膏を調べさせるように命令したが、至ってごく普通のどこにでもある回復軟膏、という結果しか得られなかったのだ。
あの異常なまでの効果がある回復軟膏のどこか普通なものか、と怒鳴り散らし再度調査するように命じたが、おそらく結果は変わらないと思っている。
また出自はおそらくザクティル王国のリュザール男爵の次女と調べは付いている。エイミット男爵家の当主との婚約を嫌がって出奔したらしい。
確かエイミット男爵はもう七十近くの爺さんであり、ナミルは十二歳とようやく大人になった年齢である。
貴族同士では年齢差のある結婚は珍しいことではないが、さすがに六十近い年齢差は殆ど無い。
おそらくエイミット男爵領を狙った政略婚約だと思われるが、いくら自由の無い貴族とはいえ、これではナミルが可哀相であろう。
確かにこれだけの理由があれば、出奔するのも頷ける。すなわち出自は問題ない、と言う事になる。
そして彼女の能力を考えれば、今後帝国にとってメリットは大きい。
彼女をリネット派に加える事が出来れば、将来大きな力を持てるのではないか。
「リネット皇女、話は変わりますが、一人面白い人物がおります」
「面白い? どのようにじゃ?」
「まだ十二歳、リネット皇女より四歳年上ですが私より強く、そして不思議な能力を持った少女です」
「なんと? アー兄よりも強い? それは真か?」
「ええ、おそらく私が本気を出したとしても、彼女には傷一つ付けられず、完膚なきまでに敗北すると思われます」
アーヴェンに勝てるものは、帝国にも数少ない。
更に完封するほどの力量を持ったものは、かの英雄サークリスくらいではないだろうか。
「なるほど、そやつは英雄と同じ力量を持っておると」
「おそらく」
「ふむ、面白そうじゃ。アー兄、是非会ってみたい」
出自は確かと思われるが、まだ彼女の全貌を把握したわけではない。いくらなんでもリネットと会わせるには急すぎるだろう。
どの程度野心があるのか、目指すものは何か、そしてリネットの役に立つか、を見極める必要がある。
「まだリネット姫に相応しいか様子見の段階でして。暫く私が預かる事でよろしいでしょうか」
「むー、つまらぬのぅ。そうじゃ、妾が会いに行ってはだめか?」
「まだリネット皇女は大人になっておりませぬ。十二までお待ちください」
大人である十二歳になるまで、皇族は城を出ることが出来ない。アーヴェン自身もそうだった。唯一の例外は皇帝に命じられた場合のみである。
「残念じゃ。じゃがまた来年アー兄はここへ来るのだろう? その時その娘の事を話してくれい」
「分かりました。それではまた来年お会いいたしましょう」
「うむ、待っておるぞ」
リネットと別れたアーヴェンは城を出て、久しぶりに自宅へと戻った。そしていまだ掃除が行き届いている自室のベッドでこれからの事を考える。
まずは領主会議で決まった事をイリザネールに伝えて、今後の話をしよう。
その後は……ナミル殿か。
俺自身が動くとさすがに大事になるし、そのような余裕もない。誰か適切な者を彼女につけさせて見極める必要があるな。
一体誰が適任か、難しいな。
そんな事を思いながらアーヴェンはゆっくり眠りへと落ちていった。




