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ある魔眼持ち薬剤師の日常 ~連載版~  作者: カスミ楓
第一章 白竜さんとカレー
20/33

十八


 私が部屋に戻ってから二時間が経過しました。その間、軽く仮眠だけ取りましたけど、まだ眠いです。

 手元の時計を見ると、夜中の一時頃でした。


 あ、この時計の動力は魔力です。大抵の宿には各部屋に時計が一つずつ置いてありますけど、魔力は空っぽ状態なのです。でも一階にある大時計は宿の人が毎日魔力を補充しているので、ほぼ正確な時間となっています。

 そして宿泊客は自分でこの空っぽの時計に魔力を籠めて、一階の時計の時間に合わせておくのです。まあ大体満タンにすれば十日は持つので、客入りがよほど悪い宿で無い限り動いています。

 でもここの宿は客入りが悪いので、初日に合わせておいたのですけど、よく潰れませんよね。


 まあそんな事は置いて、軽く寝癖を直して服を着替えて……と。

 よし、そろそろ行きましょう。


 まだ一階からは声が聞こえてきますから、誰かが飲んでいるのでしょう。多分デヴィハさんは確実に飲んでいると思います。あとはサイズさんでしょうか。

 ではこのまま降りていくわけには行かないですね。窓から出て行きましょう。


 窓を開けて下へ音を出さないよう飛び降り、そして地面を蹴ってそのまま夜の村を駆け抜け、一路サルクルの森へと走り出しました。




 一時間半後、私はサルクルの森の入り口へと到着しました。かなり頑張りました。明日、足が筋肉痛になってない事を祈りましょう。

 そして一歩、森の中へ入り込むとまた、あの視線が飛んで来るのが分かりました。

 視線、と言っても単に魔力を飛ばして遠方を視る魔法の一種でしょう。実際森の奥から細い糸のような魔力がすぐ側にあります。

 最初は細すぎて分かりませんでした。これだけ細い魔力を操るなんて相当な技術の持ち主だと思います。

 私はその糸を手で無造作に掴み、《念話》でこう伝えました。



――今から行くので生まれてきた事を後悔する準備をしていて下さい、と。



 さて、糸は亀の召喚主から出ているという事は、この糸を辿っていけば迷わず着く事ができます。

 さあふるぼっこしてきますか!




 手繰りながら夜の森を走ること一時間くらい。なぜか魔物とは一度も遭遇していません。おそらく召喚主が何かしているのでしょう。

 それにしてもそろそろ夜明けが近いです。宿に私の姿が無ければ、シーレイさんたちが勘違いするかも知れませんよね。まだ着かないのでしょうか。


 ……と、数百メートルくらい前に大きな魔力の揺らぎが唐突に現れました。


 あれ、さっきまで視えなかったのに……。

 もしかして、魔力を完全隠蔽してました?

 この細い糸のような魔力もそうですし、もしかしてかなり魔法が上手な魔物なのでしょうか。

 サルクルの森の主って白竜……ですよね。

 竜の上位種で、赤竜、水竜、風竜、土竜もぐらじゃないよと並んで有名な魔物。力は他の四種に劣りますがその分知能が高く、高度な魔法を使うらしいです。


 確かにこれは凄い魔法が上手な魔物です。わざと魔力の隠蔽をやめたという事は、早く来いって言っているのでしょう。

 ではご招待に応じさせていただきます。




『人如きが何の用だ?』


 そこは開けた場所。大きな湖があり、天から照らされる月の光が幻想的に水面を輝かせ淡く周囲を浮かび上がらせています。

 夜の散歩にはぴったりの場所です。ここでお弁当を広げながら風景を楽しめればとても素敵です。


 ……その湖のすぐそばに、二十メートルはありそうな巨大な白い竜が居なければ、ですけど。


『あなたが触手好きな白竜さんですか』

『……は?』


 サルクルの森の主は触手好きではなかったらしいです。残念ですねシーレイさん。


『さて、昼間は熱烈な歓迎をありがとうございました』

『まさかそれを言いに来たのか?』

『あれだけ歓迎されれば、これは是非とも手厚いお返しをしなければ、と思いまして』

『ほぅ……』


 長い首を持ち上げ、そして私のすぐ前まで伸ばしてきました。でも意外なことに口臭はありません。竜って肉食だと思っていたのですけど、違うのでしょうか?


『で、どのようなお返しをくれるのだ?』

『その前に一つ尋ねたいのですが』

『ふむ、よかろう』


 何か大仰に首を擡げて、上から見下ろしてきました。

 昨日もシーレイさんたちに見下ろされましたが、いい気分ではありませんね。まあ二十メートルの竜相手なら、誰だって見下ろされるでしょうけど。


『なぜ亀を召喚して私たちを襲わせたのですか?』

『この森は我の縄張り、人で言えば家という事になる。家に他人が入り込んできたなら排除するだろう?』


 それはそうですが……。

 意外と理知的ですね、この竜。竜種の中で一番賢い種族だけの事はあります。


 でも疑問が一つあります。

 昨日、というより時間的には一昨日ですが、まだ私が居ない時にシーレイさんたちはサルクルの森へ来て、クエストを達成したと言ってました。

 その時は多分襲われて居ないはずです。彼らでは亀が居たらまず助かりませんし。


『でも一昨日は無事に帰ったと聞いておりますが』

『あそこは家で言えば塀くらいだ。外からちょろちょろと覗いてくるのは鬱陶しいが、まあ一日程度なら見過ごすことにしている。人族でも森の恩恵を僅かばかりだが与えてやるのも、主としての勤めであろう。我は寛大だからな。だが、二度も三度も来られると、排除したほうがよいであろう?』

『ならば何故亀を召喚したのですか? あなた自身が来ればいいじゃないですか』

『人は貴族という身分の高い奴がいると聞く。その貴族が家の周囲にいる泥棒を自分で捕まえにいくか? 手下を使うだろう?』

『召喚してまで? 部下というものはいないのですか?』

『竜種は孤高の存在である』


 つまり友達どころか部下すら居ないと。だから召喚しないと配下が居ないのですか。

 ぼっちな奴ですね。


『まあ私が気に食わないのはあなた自身が行動せず、召喚で無理やり亀を従わせたことです』


 召喚された魔物はどんな理不尽な命令でも従う事になります。そこに自分の意思は存在せず逃げることもできません。

 自分の意思で襲ってきてそれで命を落すのは仕方ありませんが、魔法で無理やり従わさせられて殺されるのは、いくらなんでも可哀相でしょう。


『亀? ああ、レイジーンか。強いものが弱いものを食う、或いは従わせるのは自然の摂理であろう?』

『では私があなたを従わせるのも問題ない、と言う認識でよろしいですか?』

『たかが人族が竜種である我に挑むと? 勝てると思っているのか?』


 白竜の口からボウっと白い冷気のようなものが少しだけ吐き出されました。

 あれが噂に聞く竜のドラゴン吐息ブレスですか。


『確か英雄と言われている人も、赤竜を倒したと聞いています。不可能ではないでしょう』

『赤竜のような力しかない馬鹿な奴と、我と一緒にするな』


 竜種といっても仲が良いわけじゃないんですね。

 そう言った白竜は何故か首を伸ばして、また私の前に寄せてきました。


『何のつもりですか?』

『愚かな人族に対してせめて初撃くらいは撃たせてやろう。我に一発も当てられないまま勝っても詰まらぬ』


 あれ? いいんですか? 本気で殴っちゃいますよ?


『私が昼間、亀を倒したこと知っているのでしょう? 良いのですか?』

『レイジーン如きと我を比べるな』

『そうですか。では遠慮なく……』


 目を大きく開き、《魔眼》の《魔力操作》と《魔力収束》で限界まで身体能力を上げました。一瞬にして身体の隅々まで目に見えるほどの高濃度な魔力が行き渡り、それが淡く光りだしました。


『なっ!? なんだこの魔力は!?』


 慌てて首を上に上げようとする白竜ですが、もう遅いです。

 私が無造作に白竜の顎を殴りつけると、まず首が、続いてそれに引きずられるように身体が吹き飛んでいきました。

 重力をまるで無視したような動きで、二十メートルに達する巨体が軽々と空を跳んで行き、十秒後地面へ激突しました。



『さて、白竜さん。お仕置きの時間です』




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