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 おはようございます、こんばんは、こんにちは、皆様、ナミル=エレノクト=リューザルです。っと、家と国を捨てた私はもうその家名は使えませんね。

 前世での私の名は蘭郁美らんいくみでした。学生時代イクランとよく呼ばれていましたので、今後はナミル=イクランと名乗ることにしましょう。



 さて、私は家を出てからよく通った山に寄りました。もちろんお友達の動物にお別れの挨拶をしに行ったのです。

 それと今は私がこの山のボスでしたが、それを元ボスのカンガルーっぽい動物に譲渡するためです。

 カンガルーっぽい動物、と言っても身長は三メートル以上あり、それでいてなかなか素早く、両腕から繰り出されるパンチはかなりの威力を持っているんですよ。

 一度オーガと呼ばれる魔物がこの山に来たことがあるのですけど、元ボスはオーガの攻撃を華麗に避けてカウンターパンチをお見舞いし、一撃でノックアウトしたことがあったらしいです。そのあとオーガはみなでおいしく頂いたそうです。



 動物というより、魔物の類ですよね。



 それはさておき、そんな彼らにお別れを告げ地図が正しければ先ほど国境越えました。これで追っ手はもうこないでしょう。

 それにちゃんと「五十年ほど旅に出ます、探さないでください」と書き置きを残して置きましたので安心です。

 あ、街道ですと国境にはちゃんと門があるのですがそんなルートは通れませんので、山間から侵入しています。



 さて、国境から一番近い町はリルリというところだそうです。

 家にあった宝石を三個ほど拝借してきましたので、これを売れば多少の路銀にはなるでしょうけど、まずはこの町で安定できる生活基盤を揃えるのが第一ですね。


 一番手っ取り早いのは冒険者と呼ばれる、いわゆる何でも屋になる事です。

 魔物の討伐はもちろんの事、資源資材の収集、食物、護衛、家の解体や掃除と本当に何でもやるという噂です。何となくバイト斡旋のようなですね。

 一応この世界では十二歳から大人の仲間入りですので、私でも大丈夫です。それと家出娘の私に身分証明書はありませんけど、冒険者なら特に身分も不要です。

 問題は十五年前まで敵国だった相手の貴族と言うところです。


 でも……ばれなきゃ問題ありません。


 ちゃんと一般的な市民が着る服を着ていますし、設定も祖父と二人で山の奥に住んでいたけど、亡くなったので町に来た、と決めています。更にほぼ毎夜、山にいって獣を倒してきたので戦闘もお手の物ということなのです。



 完璧ですね!



 夜の山は本当に何も見えません。ですが、私の持っている《魔眼》には《暗視》があります。真っ暗で何も見えない場所でもしっかり視界確保してくれる優れものです。

 《魔眼》の中では地味な能力なのですけど、意外と便利なんですよね、これ。



 地図を確認しながら山を下っていると、どこからか戦闘の音が聞こえてきました。

 誰か戦っているのでしょうか。しかもこのような明け方に。


 そちらへと足を慎重に運び、そして木の後ろからその光景を見つめました。


 戦っていたのは六人構成の騎士でした。その騎士の相手は、灰色の肌をした五メートル近い長身の人型の魔物が一匹、残りはゴブリン十匹、オーク三匹ですね。


 あの一番強そうな魔物に対して《魔眼》の一つ、《鑑定》を使います。


 ふむふむ、あれはトロールという魔物ですか。

 《鑑定》は植物なら名前と効果、生き物であれば種族名が分かるものです。ゲームみたいに相手の強さが数値として現れることはありません。


 対する騎士っぽい人は全員人族ですね。


 さて、騎士は一人だけやたらと強いものの、残りの五人は素人の私から見ても正直下手でした。いえ、下手というか逃げ腰になっている感じですね。

 多分初陣なのでしょう。

 堅い鉄の鎧を着ているから良いものの、普通の服であればあっという間に負けていたでしょう。


 強い人(騎士リーダーさんと名付けましょう)は、一人でトロールとオーク三体を引き受けています。

 上手く敵の攻撃を盾で受け流しつつトロールに傷を負わせていますけど、トロールは回復能力の持ち主なのか、騎士リーダーから受けた傷があっという間に治っていきます。

 あれなら傷を与えたあと回復される前に追い討ちをかけていくのが定石でしょうけど、オーク三体がそれを邪魔しています。


 新人研修でやってきたはいいけど思わぬ強敵に遭遇した、と言うところでしょう。

 おそらくあのままですと、騎士リーダーさんの体力が尽きるでしょう。残りの新人っぽい騎士じゃ、あのでかいトロールの相手にはならないと思います。


 助けるべきか、助けないべきか、迷います。

 ここで下手に人前へ出るより、このまま何も見なかった事にして町へ向かうのが一番安全でしょう。

 でも「義を見て為ざるは勇なきなり」ですよね。と、歴女っぽい事を考えてみました。

 おそらくあの人たちは帝国の正規騎士。ここで恩を売れば、きっと見返りがあるはずです。生活基盤のない私にとって渡りに船。


 よし、いっちょ助けてあげますか。


 トロールは初めて会いましたが、オークやゴブリンはしょっちゅう倒していたので慣れたものです。

 周囲に漂う魔力を身体中に纏わせ、身体能力を大幅に上げました。

 そして「助太刀いたす!」と叫んだあと一気にトロールの背後へと周りこみ、ジャンプして頭を蹴ってやりました。

 私の蹴りを受けたトロールの頭部は破裂するようにどこかへ飛んで(グロテスクですみません)、その巨体がゆっくり地面に倒れました。


 唖然として動きが止まっている騎士リーダーさんとオーク三匹。

 まあ突然小さい人影が来たかと思ったら、騎士リーダーさんが苦戦していたトロールを一発で倒したのですから、驚くのも無理ありません。


 そんな中、隙ありとばかりオークへと駆け寄ります。慌てたオークは私の方へ向きなおし剣を振ろうとしますが、それはもう遅い。

 しゃがんだ私は地面に両手を付いて逆立ちするようにオークのお腹目掛けて蹴り上げました。

 ぽーんと天高く飛んでいくオーク。

 そして落ちてきたところをサッカーボールのように木へ向かってシュート!

 木をへし折って遠くへ跳んで行きました。


「騎士様、早く!」

「あ、ああ! 感謝する!」


 まだ固まっていた騎士リーダーさんに向かって言葉を投げると、ようやく反応しました。あっという間に残ったオーク二体を切り伏せ、そして新人騎士さんたちの加勢へと向かい、そこでもゴブリンたちを次々と倒していきました。


 うわっ、めちゃくちゃ強いですね騎士リーダーさん。ここまで大勢が良くなれば、もう私の出番はないでしょう。

 五分後には残ったゴブリンも殲滅されました。

 良かった良かった。




 そして、私はなぜか騎士たちに捕まって尋問されております。

 どうして?


「一体キミは何なのだ? トロールを蹴り一発で倒すなど、とても人間とは思えん。もしや魔法生物か、或いは精霊が人間の姿を取っているのか?」


 よく刑事ドラマなどで見る取調室っぽい雰囲気の部屋に、私とあの時いた新人っぽい騎士Aの二人だけが居ました。

 あとでカツ丼でも出してくれるのでしょうか?


「…………ただの人間です」

「そのただの人間が何の目的があってあの山を歩いていたのだ?」

「先ほども申しあげたとおり、祖父と一緒に山に住んでいたのですが、祖父が亡くなりましたのでこうして町に来る途中、あなたたちと会ったのです」


 と同じ事をぐるぐると言い続けて早三時間。いい加減飽きてきました。


「山に住んでいたのに、なぜそんな服装をしているのだ? それに汚れ、染み一つないぞ? どう見ても買ったばかりの新品ではないか」


 確かにこの人の突っ込みは的確です。

 山を歩いていたといっても魔力でシールドを張っていたので、汚れることも破けることも無いのですから新品同様です。

 服については、たまに町へ行った時に買っておいたものであり、卸したての新品と言えばいいのですけど、山を歩いたのに汚れがないのは不自然ですよね。


「そしてあの異様な強さ。我々もそれなりに訓練しるし、それに隊長殿が苦戦していた相手を意図も容易く倒すのは人間技ではない。一体キミは何なのだ? 我が国に害を及ぼしにきたのか?」


 むー。

 いい加減うざく感じてきました。助けてあげたのに恩を仇で返すとはこのことでしょうか?

 私が本気を出せばここから逃げることくらいは楽に出来ますね。ただ逃げた場合は、もう帝国に居ることは不可能になるのが問題ですけど……



 あーでも別に町に拘る必要性はありません。山奥でひっそり暮らすのも手です。獣たちと会話も出来ますし一人ではありません。

 それに鑑定を使えば食べられる草や木の実も分かりますし、可哀相ですけど小動物を狩ればお肉も問題ありません。

 それにこう見えても初級だけですが火の魔法も使えますし、ライター代わりとして火を焚く事も楽に出来ます。



 何だか段々とそちらの方が良く思えてきました。

 いつ暴れましょうか? いまで……。


 そんな事を思っていましたら扉が開き、あの時いた騎士リーダー(仮)が部屋に入ってきました。

 慌てて敬礼する騎士A。


「た、隊長殿! こんなところにお越しいただかなくても……」

「変われ」

「はっ? 隊長殿にこのような仕事は……」

「いいから変われ」

「分かりました!」


 騎士Aは騎士リーダーに問答無用で部屋からたたき出されました。

 そして私の前に座ると「助けて頂き感謝する」と一言言うと、頭を下げてきました。


 あら、この人は礼儀を分かっているみたいですね。二十を超えたくらいのまだ若い人で何となく貴族っぽい雰囲気で、なかなかのイケメンさんです。

 二十歳くらいで隊長ですから、よほどの事が無い限りまず間違いなく貴族ですね。どこの国でも上に付くのは貴族関係者でしょうしね。


「あ、いえ」

「ところで、あなたは何の目的で我が国へ訪れたのでしょうか?」

「先ほどの騎士様にもお伝えいたしましたが、この町に住もうと思い来ました」

「我が国でなくとも、王国でも良いかと思いますが?」

「リルリのほうが近かったからです」

「ふむ……。この町に住んだとして何をするおつもりですか?」

「冒険者になりお金を稼いだあと、お店でも開こうかと思っております」

「ほほう、冒険者ですか。確かにあなたほどの強さがあれば楽に稼げますね。ちなみにその後開く予定の店は何か決まっていますか?」

「はい、薬剤師になりたいと思います」


 鑑定を持つ私にとって、世の中の調合は全てまるっとお見通しなのです。

 どこかのRPGゲームのように武具の鑑定をしても良いのですけど、それより薬を作って皆様のお役に立てれば良いですよね。

 それに薬の材料は自分で採りにいけば元手かかりません。原価は人件費だけです。


「……調合などの知識は?」

「祖父から教えていただきました」


 祖父便利すぎですね。


「回復薬を持っていたりします?」

「使いかけであればありますけど」


 動物たちに使う用途で作ったものがあります。あの子たち、無茶するから生傷が絶えないのですよね。


「ではそれを少し見せてもらえないでしょうか? あ、もちろん盗るつもりはありませんし、使う場合は適正価格で買い取ります」

「どうぞ」


 リュックの中に仕舞ってあった回復薬を手渡しました。それをじろじろと見る騎士リーダー。そして蓋を開けて(もちろん蓋はネジ形式ではなく、コルクのようなものです)中の匂いを嗅いだりしています。

 その後、少しだけ手に取り、それを腕にある痣へ塗りこみました。

 多分つい先ほどの戦闘で負った怪我でしょうね。鎧を着ていたから痣で済んだというところでしょう。


「む、疼く? これは……」


 回復魔法やポーションのように瞬時に回復、とまではいかないものの、目に見える速度でゆっくりと痣が治っていきます。

 その薬は私の祝福がかかっていますので、通常の回復薬より遥かに効果が高いのです。でもあまり祝福を強くしすぎると、強力すぎて細胞の劣化速度が速くなります。

 その辺りのバランスが難しく、言い方は悪いですが何度も動物たちに実験して試行錯誤しました。


 ふふふ、どやっ!


「凄い。回復軟膏とはとても思えぬ」

「怪我の具合にもよりますけど、その痣くらいであれば一日ほどで完全に治るかと思います」

「なるほど。これは……ちなみにこの回復軟膏一本ならいくらで売るつもりですか?」

「銀貨一枚くらい……でしょうか」


 確か私の住んでいた町だとその辺りの金額で売られていました。町によって物価は違うでしょうけど、的外れな価格でもないと思います。


「一本作るのに、どの程度時間かかります?」

「普段はまとめて十本分作りますが、大体三十分くらいでしょうか」

「材料さえあれば、一日二百本は作れる……と」


 休まずいけば十時間で二百本ですけど、それだとちょっと働きすぎな気がします。せいぜいその半分というところでしょう。

 そこまで馬鹿売れするようなものでもないでしょうし。


「お嬢さん、一つ相談なのですが」

「はい? 何でしょうか」

「こちらで大通りに面した場所に店をご用意しますので、そこで働いていただくことは可能ですか? もちろんある程度の家賃は頂きますし、売り上げに対する税金も払っていただきますが」


 中々良い条件ですね。


「ちなみに家賃はいかほどでしょうか?」

「月銀貨五枚。そして純利益の一割が税金となります」

「やすっ?! って、あ、失礼しました」


 思わず言葉が砕けてしまいました。

 いやしかし、大通りに面している店舗が月銀貨五枚って、日本円ですとおおよそ五万円ですよ? 普通に考えればその五十倍は必要だと思うのですけど。

 怪しいくらいに安いですね。


「その代わりといっては何ですが、この回復軟膏を我が軍に納品していただきたいのです。一本銀貨一枚で、年間千個から二千個ほど」


 それだけで年収一千万から二千万です。しかも大通りに面しているという事は、店舗でもそれなりの売り上げが見込めます。

 家賃や税金を支払ったとしても十分暮らしていけますね。


「それは願ったり適ったりですけど、私をそこまで信用していただけるのでしょうか?」

 助けてもらった、更に回復軟膏の効果を見たとはいえ、一介の小娘に店まで用意するなんて事、普通はやりませんよね。


「実はつい先ほど連絡が入りまして」

「……どのような?」

「隣国の男爵家の次女が行方不明となったので探してほしい、と。偶然にも年恰好があなたとそっくりなのですよ」

「へ、へぇ……そ、そ、そうなのですか。そ、それは偶然極まりないですね」

「行方不明の理由などはどうでもいいですし、所詮は隣国ですので当方としては関係の無いことですが……私的ですけどあなたの身元はしっかりしていると思っております」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「そして我が軍は常日頃から魔物の討伐や訓練で怪我を負う事が非常に多い。回復魔法の使い手はもちろんいますが、彼らの負担を大きくしたくないのですよ。しかし治さない訳には行きません。そこでこの回復軟膏があれば大幅に効率よく治せるかと思います。しかも安価に。あなたに店の一軒程度貸しても、我が軍にとって非常に大きなメリットでしょう」


 悪い条件ではありません。むしろ私としても願ったり適ったりです。

 定期的に大量発注もしますし、イニシャルコスト無料でお店も手に入れられます。


「分かりました。お願い致します」

「おお、有難い。言い忘れていましたが、俺はこのリルリの町と軍を預かっている、アーヴェン=リルリ=フォン=フィスティスと申します」


 フィスティス? 家名に?


 フィスティスは帝国の国名です。そしてその国名が名前に付くという事は、この人は王族ということです。

 ひ、ひえぇぇぇぇ。


「まさか皇子様、ですか?」

「世間一般ではそのように呼ばれていますね」

「ご、ご無礼をっ! 申し訳ありませんっ!!」

「いえいえ、俺などよりあなたの方がよっぽど軍に貢献できる。ここは一つ、俺の嫁になって貰えないか?」

「ご、ご冗談を」


 いきなりイケメンに口説かれました。思わず赤面してしまいまいましたよ。


「冗談ではないよ。あなたのその薬学の腕は驚嘆に値する。我が国にとっても大きな貢献になると思う」


 あ、そっちですか。そりゃ皇子様ですし、国が一番という考えは当たり前でしょうけど。それで一気に醒めました。

 やはり乙女としては、私を愛している、一目ぼれした、などと口説いて欲しいところです。


「実は、私は強い人が好きでして。もしアーヴェン様が私に模擬戦で勝てたら、嫁がせてください」

「……俺もまだ命は惜しい。勝てると自信が持てるようになればお願いしたい」


 オークのでかい図体を空へ軽々と蹴りあげてますからね。人間サイズなら、何メートル跳ぶか分かりません。

 そんな私を恐れるのは仕方ないことですけど、それでもいつかチャレンジするぞ、という意気込みは向上心があって良いですね。

 もちろん負ける気は毛頭ありませんが。


「ではこれから店の用意をしてきます。おそらく一月程度はかかると思いますが、その間宿舎を一部屋開けておきますので、そちらでお過ごしください」

「何から何までありがとうございます」


 こうして私はお店とお仕事を手に入れる事ができました。





こちらまでが、短編の1と2の内容になります。次回から一章となり、新しく内容をかきました

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