一
短編にしたものを長編に書き直します。
「お断りいたします」
「今、何と言ったナミルよ?」
「ですからお断りさせて頂きます、と申し上げましたお父様」
私はキッパリと今世の父に拒絶を伝えました。
何だか大変驚いている様子です。
私は前世の記憶を持ちながらこの世界に生を受けました。
この世界とは……一言でいうなればファンタジー。
剣と魔法の世界で凶悪な魔物が跳梁跋扈し、人族以外にもたくさんの種族が住んでいて、いくつもの国が乱立している、とまあ本当によくある世界なのですよ。
本の中のお話だけなら楽しめたのですけど、実際に自分がその体験をするとは思ってもおりませんでした。
この世界貧富の差が激しく、下手をすれば生まれて数十秒後にはお亡くなりになる事もあります。
また運よく育ったとしても、貧困層なら飢えや病気で死んだり、裕福層でも権力者からの理不尽な命令で死んだり、魔物や盗賊強盗などに襲われ殺されたり、と命がとてつもなく軽いところです。
もうね、治安が悪すぎてどこの世紀末ですか、と問いたくなります。
前置きはさておき。
そんな生きていくのに辛い世界ですが、幸い私は下級とはいえ男爵家という爵位を持つ貴族の次女として生まれました。
前世の世界と比べて教育制度は低いものの、幼少の頃から貴族とは何ぞや、貴族同士の上手な付き合い方、上手く渡ろう処世術、などなど人間関係が主流のお勉強をしてきました。
自由は殆どありませんでしたが、生きていけるだけで幸せな世界です。贅沢は禁物なのですよ。
そんな私はずっとお父様、お母様に対してイエスマン……いえイエスレディでいましたが、それも本日を持って終了となります。
「お相手はエイミット男爵当主だぞ? かなりの良縁だと思うが」
私は十二歳になりました。この世界、十二歳から大人扱いになります。男で言えば元服という奴ですね。
それと同時に婚約者というものをお父様から言い渡されたのです。
もっと上の貴族なら生まれる前から決められますが、一番下の男爵家だと十二歳になった時に決められるそうです。
貴族は平民から税を貰って生きている存在ですから、自由がないのは仕方ありません。今回の婚約の件も、私が嫁ぐことで結果的にそれが平民へと還元されるのなら私も文句は言えません。
でもね。
エイミット男爵は既に六十九歳、私十二歳。
孫どころかひ孫の年齢差です。
しかもエイミット男爵には跡継ぎがいません。正確に言えば居ましたが、十五年ほど昔に流行り病がありまして、その時に全員病死。
領民も約四割が亡くなるという大惨事だったそうです。
元々は隣国のフィスティス帝国から発生したウィルスだったそうで、うちの国もその飛び火でかなりの被害が出たそうです。
でもそのおかげで長年続いていた両国間の戦争が締結され、今は平和になっているのが救いですけどね。
さて、幸いな事にエイミット男爵の側近、実質的に領地を経営している文官は無事で何とか持ち越したのですが、当主であるエイミット男爵は一気に家族を失うというショックから立ち直れず、今はお飾り状態だそうです。
このままでは跡継ぎがいない。
本来であれば中央、いわゆる国王からの沙汰があるはずなのですが所詮は男爵家、領地も狭いし中央の大貴族にとっては旨みがないのか、全く音沙汰ありません。そっちで何とかしろ、と言う事になります。言い換えれば周りの貴族は好きにやれ、って事です。
そこで昔から仲の良かった当家から誰かを遣すことになったそうです。
そして白羽の矢、もとい黒羽の矢が立ったのが私。
ぶっちゃけた話し、お前ちょっとエイミット男爵家にいってそのまま乗っ取って来い、と言われたようなものです。
無理やり子供作ってその子に跡を継がせて、後々良い様に操る、と言う事ですね。
さすがに七十近い人だと子供作るの無理な気もしますけどそこはそれ、別にエイミット男爵相手でなくとも良いのです。
私が向こうに行って誰かの子供を身篭れば、あとは無理やりその子をエイミット男爵の子として育てる寸法です。
何この汚いやり方は?
しかも十二歳の子供に何てことやらせるのでしょうか。性根腐ってますよね。しかもこれくらいは貴族の間では当たり前にするそうですよ。
もうやだこの国。
「まあいい、ナミルがどう言おうがこれは決定事項だ。出発は明後日、それまでに支度しておけ。早くせんとあのジジイが先に逝っちまう」
そう言い残して、お父様は立ち去っていきます。これからどのようにエイミット男爵領から搾取するか考えているようで、不気味な笑い声が漏れていました。
取らぬ狸の皮算用です。
自分の親とはいえ、気持ち悪い声を聞かないよう耳をふさいで自分の部屋に戻り、それなりにふかふかのベッドに倒れこみました。
じっと天井を見つめながら、これからの自分の事を考えていきます。
そして気がつくと夕方になっていました。
自分の部屋を見渡します。
調度品はそこそこレベルの物で、服もそこそこ種類はあるものの、おもちゃの類は一切ありません。
特に愛情などは感じられず、将来を見越して貴族の振る舞いと、ある程度の一般常識しか教えてもらっていません。
そして普段は家庭教師かメイドしか会いませんし、食事も基本的に一人。たまに両親と会っても会話らしい会話はせず、じっと私を見ているだけでした。
あれはシキタリか何かと思ってましたけど、今から思えば単に私の商品価値を観察していたのでしょう。
きっと私以外の貴族の子、特に女はどこもこんな風なのでしょうね。小さい頃からそのように育てられれば、疑問も持たれないでしょうし。
……決めました、この家、この国を捨てましょう。
言うは易し行うは難し、と言いますけど、これでも生前はOLやっていました。社会経験もそれなりにあります。
それがどの程度この世界で通用するかは不明ですがね。
そして逃げるのは良いのですが、もちろん身を護る術も必要です。
この世界、魔法というものが存在します。
ほぼ全ての生き物には魔力が備わっていて、それを対価に魔法という現象を起こす事が出来ます。
しかし魔法は技術です。魔法を覚えるにはたくさんのお金が必要です。たかが男爵家の次女に、そのようなお金を捻出する事などできません。
それに私の魔力は人並み。初級魔法を一~二回使うならともかく、魔法使いのようにバンバン打ちまくることは不可能です。
まず魔法は無理です。
次。
この世界、ギルドという組合みたいなものがあります。そして魔物討伐を主体とする冒険者という職業にも、ギルドは存在します。
そこへ護衛依頼をすることも可能ですが、いくら貴族とはいえこれから家出する十二歳の小娘の依頼など受け取ってくれる訳がありません。
そもそもお金も持っていないですしね。
これも無理です。
最後。
この世界、《魔眼》と呼ばれる能力を持っている人がいます。実にレアな能力で、百万人に一人と言われています。
まあそれでも百万人に一人です。大陸中を探せば一人や二人はいます。
ですが……複数の《魔眼》を持っている人は超レアです。
二つの《魔眼》持ちをペア、三つをトライゴン、四つをテトラゴン、五つをペンタゴン、六つがヘキサゴンと呼ばれています。
この大陸五千年の歴史を紐解いても、ヘキサゴンは千五百年ほど昔に一人だけだそうです。
とまあ説明口調でしたが、実は私、七つ《魔眼》を持っています。
小さい頃から何となく自分は変ではないか、と思ってたのですけどこの世界の人なら当たり前なのかも知れないのでずっと黙っていました。
変な子扱いされるのはゴメンでしたので……。
そして家庭教師から歴史の勉強を受けている時に《魔眼》と言うものを知り、それから自己流で魔眼の使い方を学んできました。
だって七個持っているよ! なんて両親に伝えたら、速攻研究所送りになったかも知れませんしね。
使い方は最初は室内で、そのうち夜こっそり町外へ出て練習していきましたよ。
私が持っている《魔眼》の一つに《念話》と言うものがありますが、これは動物と意思疎通ができる優れものです。
これを使って動物のお友達を作りました。
人間のお友達は出来なかったからです。しょんぼり。
まあそれはさておき、私が持つ七つの《魔眼》の中に、大気を漂う魔力を使うものがあります。
これを使う事により、自分の魔力量以上ものを操れます。
具体的には身体能力向上。
ジャンプ一つで数十メートル跳べますし、軽く殴るだけで地面に大穴が開きます。
凄いですね。
近くの山のボスをたこ殴りにして下僕に仕立て上げたこともあります。
子供の頃の軽いお茶目ですね。
でも魔法は全く知らないので、魔法使いみたいな派手な攻撃呪文は使えません。肉弾戦オンリーです。
乙女としていかがなものか、と随分悩んだ時期もありましたが、今では格闘王目指して山で修行をしています。
さて、夕飯を食べて皆が寝静まった時間、この国とおさらばしましょう。
まずは隣のフィスティス帝国で仕事を探しましょう。なければ冒険者にでもなって稼げばいいのです。
それでは皆様、あでゅー!