第8話 結婚式
「そっかぁ。真ちゃん男の子になっちゃうんだ」
「うん・・・」
僕はおやつを食べながら母さんに真が男になることを話した。
「恭介が将来、真ちゃんと結婚するのを期待してたのにねぇ」
僕は思わずむせてしまった。
「母さん、何言ってんだよ」
「二人が2回目の結婚式をするところ見たかったけど
諦めるしかなさそうね」
「え?2回目?」
僕は不思議に思って聞いてみた。
「あら、忘れちゃったの?恭介と真ちゃんは結婚式挙げてるのよ」
僕は飲んでいたジュースを思いっきり噴き出した。
「ぼ、僕と真って結婚してたの!?
というか、14歳で結婚出来るの!?」
「ごっこよ。結婚式ごっこ」
「ごっこか。脅かさないでよ」
「えーっと、たしかここに・・・」
そう言うと母さんは引き出しの中を探し始めた。
「あった。二人の婚姻届け」
「婚姻届け!?」
母さんは僕の前に1枚の紙を見せた。
それはA4サイズの紙でひらがなで「こんいんとどけ」と書いてあった。
その下には同じくひらがなで「おっと」「つま」と書いてあり
それぞれが大きな四角で囲われていた。
四角の中にはぎりぎり読める字で「おっと」の枠には僕の名前が、
「つま」の枠には真の名前が書かれていた。
それは、僕と真が5歳の時の話。
「ままー、わたしたちけっこんするのー」
僕と真のお母さんが話をしているところへ
真が僕の腕を掴んで嬉しそうに自分のお母さんに言った。
「あら、おめでとうー。それじゃあ結婚式をしないとね」
「けっこんしきー?」
「結婚する人がやる式のことよ」
「そっかぁ。じゃあけっこんしきやるー」
こうして4人で結婚式の準備が始まった。
真は折り紙で花を折りそれを紙で包んで花束を作った。
一方、僕は折り紙を丸めて指の太さと同じ穴のあいた
ドーナツ状の物を2つ作り、それぞれにビー玉をセロテープで固定して
指輪を2つ作った。
いつの間にか、真はフリルの付いたドレスに着替えていた。
そして、結婚式が始まった。
「では、新郎新婦の入場でーす」
母さんがこういった後、ドラマの結婚式のシーンでよく聞く曲を
口ずさんだ。
それに合わせて僕と真は壁際から手を繋いでゆっくり歩いた。
真の手にはさっき作った花束があった。
歩く先には箱があり箱の後ろに真のお母さんが座っていた。
僕たちは箱の前に立った。
「それでは、今から二人には誓いの言葉をいってもらいまーす」
真のお母さんはこう言った。
「藍原真ちゃん。あなたは信原恭介君とずっと仲良くすることを誓いますか?」
「ちかいまーす」
真は手を挙げ元気に答えた。
「信原恭介君。あなたは藍原真ちゃんとずっと仲良くすることを誓いますか?」
「えーっ」
僕は不機嫌そうに言った。
「恭介、こういう時は誓いますっていうものよ」
母さんが言った。
「ち、ちかいます・・・」
僕は元気なく答えた。
「もっと元気よく」
「ちかいますっ!」
僕はやけくそ気味に言った。
「では、お互いに指輪をはめあってもらいまーす」
真のお母さんが言うと箱の上に僕が作った2つの指輪がのせられた。
僕と真は薬指に指輪をはめあった。
真は僕にはめてもらった指輪を嬉しそうに眺めていた。
「最後に、これに名前を書いてもらいまーす」
そう言って出されたのは1枚の紙だった。
「これなーに?」
真が尋ねた。
「これは婚姻届けと言って結婚した人が書く紙なの。
この紙に名前を書いた二人は夫婦になれるのよ」
「ふうふかぁ」
真は間延びした声で言った。
僕と真は慣れない手つきで婚姻届けに名前を書いた。
「はい。これで恭介君と真ちゃんは夫婦になりましたー」
「わーい。ふうふふうふー」
真は飛び跳ねて喜んだ。
「あなたぁー」
真は僕の腕を掴むと肩に頬ずりしてきた。
「あついからくっつくなよ」
「あなたぁー」
「だからくっつくなって」
その様子を僕と真のお母さんは笑って見ていた。
「そんな事もあったなぁ・・・」
僕は寝ながらその時の事を思い出していた。
真はこの事を覚えているのだろうか?
もし、僕がこの事を覚えていて
真が男になることを告白したあの時に
僕がこの話をする事が出来たら
真は男になることを考え直してくれたかもしれない。
でも、間に合わなかった。
思い出すのが遅すぎた。
今はただ、真が女子として過ごす最後の1年間を見守ろう。
後悔と諦めの気持ちが頭の中を駆け巡ったまま
僕は眠りについた。
僕の目から涙がこぼれた。