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特区 若き魔法遣い改め  作者: 夏目
9/10

フロレアルの魔法遣い

魔法塔を辞したオルディーは、一旦、家に帰ることにした。

「クラムウェルにも一応、相談しないとね」

小さく呟く。

ウサ・パウニについては、既にオルディーの中では決定事項なのだが、世話するのはクラムウェルである。一応、説明はしておかなくては。

「ただいま」

「おかえりなさい」

難しい顔で分厚い本とにらめっこしているクラムウェルの姿があった。

魔法関連書籍以外を眺めているのは珍しい。

「何読んでるの?」

「ト-テンコ-の飼育の仕方です」

「…え」

「紅於卿から、気性の優しいの選んで来たから、って押しつけられました」

仕事が早いな、シオン。

そんなことをオルディーが心の中で呟いた。

「ご実家に配達する前に、世話係を見つけるそうなので、ト-テンコ-さんは暫くこちらで預かることになりました」

「…手際がいいね」

「紅於卿が、適した方を紹介して下さいまして。現在、ご実家が吟味中だと伺っています。…オルディー」

クラムウェルは漸く本から視線を上げた。

「少しばかり早めに言って頂けたら助かったんですが。どこほっつき歩いてたんです?」

「……一応、魔法塔出て真っ直ぐこっちに帰って来たんですけど」

「……魔法塔で随分時間食ったんですか?」

「確かに、シオンよりは後から出たけど、そんなに長居してないはずだけど」

「ちなみに」

クラムウェルは、何だか面倒臭そうに言う。

「オルディーが魔法塔に出かけてから3日経ってますが」

「……え。そんなに経ってるの?」

オルディーが愕然としている様子を眺めながら、クラムウェルは嘆息混じりに言う。

「ご実家から伝言で『桃弧様がお呼びだ』だ、そうですよ」

本人そっくりの声音での伝言。

「…丁度行こうと思ってたけど」

「魔法塔行ってるんで、いつ帰るか分かりませんって言ったら『急がない、とは仰っていたが……』って、言ってました」

「本当、そっくりだよね」

「マネてるんじゃないですから」

「再現してるんだっけね。上手いよね。僕には出来ないなぁ」

「出来ないんじゃなく、やる気がないだけでしょう。魔法の一種なんですから」

「でも、クラムウェル得意だよね、それ」

「得意…というより、標準装備に近いですが」

「…何かいいなぁ」

「そうですか?自分を出さないための録音装置のような気がしますが」

クラムウェルが小さく嘆息して。

「さっさと桃弧卿の所に行った方がいいんじゃないですか?ご当主、肝小さい方ですから」

「だね。誰に似たんだろうね」

「オルディーじゃないことは確かです」



フロレアルの魔法遣いこと、リース・セプテンベルは『桃弧』という称号を贈られている。

桃弧は、王宮にある庭園に住んでいる。

ちなみに、オルディーの実家であるファル・ヴォルディーン家は、フロレアル国で最も古い王族の一つである。

フロレアル国の王族は貴族に近い扱いではあるが、その中でも特にファル・ヴォルディーン家は特別視されている。

「古いからね」

とオルディーは答えるが、正確に言うならば、フロレアル国建国の英雄(5人)の子孫たちの中で、数少ない『王族』を保っている家だからだ。

そんな家なので、王宮に出入りするのは比較的簡単である。

あっさり、王宮の庭園までたどり着く。

分厚い扉には植物のレリーフが施してあり、何やらかなりの年季が見てとれる。

そして何より。

「魔法で彩ってあるよなぁ」

ついつい、口から出るのは感嘆。

オルディーなら、いつまででも眺めていられる見事な扉である。

この庭園は何代か前の王が、誰かのために作ったらしいが、現在ではフロレアル国の宝、フロレアルの魔法遣いの住処となっている。

扉を開けたのは、桃弧の隷である魔獣。美しい女性の姿をしている。

「お待ちしておりました」

とても彼女では開けられそうもない程重厚な扉だが、魔獣には関係ないようだった。

この庭園自体に大きな魔法がかかっている。魔獣の案内で庭園を進む。庭園は見事な花々で咲き乱れている。

フロレアル国では、育たないような花も満開で咲き誇る。

テーブルと椅子が用意されていた。

臙脂色の髪に緋色の双眸を持つ妙齢の女性が椅子に座っている。長い髪が床に届きそうである。

「お久し振りです、リース」

「ごきげんよう、オルディー。本当に久し振りですわ」

うふふふ、とお互い笑いながら挨拶。

知り合ったのは、16年前だが、随分、昔からの知り合いのような様子を見せる。

「何か、用事があるとか聞きましたけど」

「大した用事はないんですの。王子たちがいい年頃なものだから、縁談の相談ばかり受けて、面倒になっていたものですから」

「王子とか王女とか結婚するの大変ですもんね」

「王族も大変ですものね。王家はもっと面倒ですわ。いちいち、わたくしの許可とかとらないでほしいですわ」

「うわぁ。大変ですね。僕んとこはそんな話持ってこないから気楽ですよ」

「いいわねぇ。何かするって言うと、占えとか祝福しろとか、うるさいのよ。だからってキレたら、これは不吉だ、とか何とか言って、やめちゃったりするのよ?全くふざけてるわ」

「うわ。嫌だな、ソレ。面倒臭い」

「でしょう?だから、貴方が呼ばれたのよ」

「というと?」

オルディーが首を傾げるのを、ころころと笑って桃弧は眺めている。

「別に、わたくしが呼び出したわけではないんですの。わたくしが面倒臭いから、暫く面会謝絶にしたら困り果てた重臣が、ファル・ヴォルディーンに泣きついた、というだけで」

「あ。それで、皆で寄ってたかって。急いでないって言うわりには、やたらせかすから、怪しいとは思ってたんですが」

「わたくし、政治には口出しするつもりはありませんの。けれど、わたくしの威光で悪事をさせるわけにはいきませんわ」

「距離感が大事なんですね」

「そうですわね。所で、オルディーの方は、わたくしに用事があったんではなくて?」

「あれ。何で知ってるんですか?」

「オルディーが来るということは、何か用事があるということ。貴方、用事がないと来ないもの」

「……同じようなコト、最近言われました」

「あら。だったら用事はなくても寄って頂戴。敷居が高いんでしょうけど」

くすくす笑う。

「お話中失礼します」

魔獣が姿を見せた。

「大臣が面会を求めておりますが」

「今日は無理」

軽く会釈して立ち去る。

「さて。オルディーの要件を聞きましょう。つまらない話だったら踊ってもらうわよ?」

「え。嫌ですよ。……最近、変な瘴気って流れてきました?」

「フロレアル国内には流れてないわ」

「国外には?」

「流れてたかもしれないわね。けれど、そんなに影響を及ぼすようなものは…」

桃弧が何か思い出したように眉をひそめる。

「随分…昔のことになるけれど良いかしら?」

「ええ。もちろん」

桃弧は軽く首を傾げる。

「いつ頃だったかしら。わたくしが生まれる前の話だから、実際に見たものではないわ。誰に聞いたのかしら。よく覚えないわね」

「それは随分」

オルディーが少しばかり驚く。

「昔の話ですね」

桃弧がフロレアルの魔法遣いになって既に70年は経っている。そして、称号を贈られるようになるまでに個人差はあるものの100年はかかると言われている。

ざっくり計算しても170年ぐらい前の話であるらしい。

「それぐらい、珍しいことなのよ。…フロレアルの海岸で大量の体調不良者が出たことがあったわ」

「…集団食中毒ですか?」

「いいえ。被害を免れたのは一部の魔法士だけだったそうだから。不思議なことに魔獣も体調を崩していたそうよ」

「魔獣も?」

「ええ。その時、魔法士たちは結界の研究を行っていたそうよ。どうにか、特区級の結界を作れないものか、ってね。その結界の内側にいた魔法士たちは無事だったのよ。外側にいた魔法士たちは、体調を崩してしまったけれど」

「結界…ですか。食中毒は結界とか関係ないですからねぇ。魔獣に至っては食べないですし」

「そうなのよ。体調の崩し方は海に近い方が酷くて、遠い程軽かったそうよ」

「魔獣はどうだったんですか?」

「程度の差は魔力の差。場所には関係なかったそうよ。死人は出ずとも死んだ魔獣はあったそうだから」

「瘴気のせいってことになったんですか?」

「体調の回復した魔獣がそう言ったらしいわ」

「へぇ……。その海岸って魔獣と上手く共存しているところだったんですか?」

「いいえ。魔獣狩りを生業としているところだったわ。だから魔獣が多数いたのよ。弱い魔獣なら人が御せるうちは商品になるわ」

「へぇ。フロレアルにもそんな所が」

「今ではやってないわ。その事件の後、自然災害で村が壊滅したから」

「生き残りはいなかったんですか?」

「いたけれども、その場所では生活出来なかったのよ。瘴気の溜まり場になってしまって。今ではその瘴気もないから生活は出来るでしょうけど。そういう場合は、すぐに瘴気が溜まるから、あまり人は住み着かないわね」

「なるほど。今度、行って見ようかな」

「……行ったことは、あるんじゃなくって?」

「え?」

一瞬の沈黙。

「オルディーが住んでるのはランバーだったわよね?」

「ええ。……え。あの海岸ですか!?」

「フロレアル側のね。まぁ、一番酷かったのは、もうちょっと西の海岸になるけれど」

「そんな近場でそんな事件が…」

絶句するオルディーを桃弧が不思議そうに眺める。

「長い時間(とき)の中で、事件がない場所なんてないわ。人がいれば、何かが起こるわ。わたくしの緋色ではわからないけれど、お友達の緋色ならわかるんじゃなくて?」

「…リースの緋色は魔法眼じゃないんですか?」

「ただの緋色よ」

桃弧がにっこりする。

「昔はこの緋色で随分、酷い目にあったものだけど…。今にして思えば何でただの緋色なのか謎だわ」

緋色は魔法眼。

ただの緋色の瞳はあっても、緋色でない魔法眼はない。

だから、人は、緋色を畏れる。

オルディーが小さく肩をすくめた。

「今、出入り禁止なんですよ。取り込み中らしくて」

「あら、残念ね。じゃあ、赤ウサギも立て込んでるんでしょうね」

「あ。知り合いでしたね、赤ウサギと」

「ええ。気兼ねなくここを訪れる数少ない友人ですわ」

「…気兼ねとかしないでしょうね」

「ええ。貴方と違って用事がなくても訪ねてくれますもの」

桃弧は、うふふふと笑った。

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