魔法塔の住人
ヴァンエールは、部屋を出た。
「青ザル」
呼ぶ。
「…ご用事だね」
声は、枯れた噴水からした。
魔法塔の一階部分、ちょうど中央にある。底の方に水は張ってあるが、縁が椅子代わりになる、ぐらいの機能しかない。
ヴァンエールは噴水の縁に腰を下ろした。
青ザルは噴水の底に仰向けに倒れていた。
「何してるの?」
「休憩してたら、落ちちゃったんだね」
「助けた方がいい?」
「お願いするんだね」
ヴァンエールが引き上げ、縁に座らせる。
黄色のチープなチョッキを絞ると信じられないぐらい水が出た。
「ありがとうだね。赤ザルが帰って来るまで寝てるとこだったんだね」
「それは大変。自分で上がれないの?」
「無理なんだね。青ザルは力つきちゃうんだね。みんなのお手伝いもすぐに力つきちゃうんだね」
がっくりと肩を落とす。
「じゃ、ボクのお願い頼める?」
青ザルが目を輝かせてヴァンエールを見上げる。
「フィルを呼んでくれる?」
「分かっただね!」
青ザルは元気よく階段を駆け上がった。
小さく苦笑して、ヴァンエールは辺りを見回した。
外から見た印象より広くて円いエントランスにして一階。ヴァンエールにとっては見慣れた煉瓦造り。
玄関ドアの対面の壁から階段が始まる。
螺旋状に魔法塔の壁を這う階段はずっと上まで続いている。階段の途中にドアが等間隔に並んでいて、はっきり言って、そこに本当に部屋があるんだろうか、と疑いたくなるようなドアの配置だが、ちゃんと、ある。
どこらへんが二階なんだか、三階なんだか、判断出来ないが、どっかのドアから青年が出て来る。
金髪で色素の薄いサングラスをかけている。
腕には、青ザル。
「お久しぶりです」
「久しぶり。時間ある?」
「はい。腐るほど」
フィルはにこりとする。
噴水の縁に青ザルを下ろし、ヴァンエールに促されてオルディーのいる部屋の隣室へ。
「エバンシアが大変みたい。ちょ…」
「またですか?何したらいいんです?」
ヴァンエールに最後まで言わせず、フィルは怒ったように言う。
「…隣でオルディーが、しょう気について調べてる。ボクらに何が出来ると思う?」
フィルは難しい顔で首を傾げる。
「因みに、エバンシアは今?」
「里帰りだそうだから、赤ウサギの家だろうね」
カチャカチャと音を立てながら紅茶セットを青ザルが持って来る。
「白ザルがヴァンエールとフィルのお手伝いするように、って言ったんだね」
「それは助かる」
「じゃ、青ザルはエバンシアに何かあったか知らない?」
「聞かないとわからないんだね」
ヴァンエールが紅茶を淹れる。
「オルディーにも出して来るよ」
ヴァンエールが部屋を出たのを見送りながら。
「ウサギたちと話は出来ないんですか?」
「白ザルか赤ザルじゃないと難しいんだね」
「あっちの様子は、わからないんですか?」
「青ザル以外ならわかるんだね」
「青ザルは何でわからないんです?」
「青ザルは、わかっちゃダメなんだね。そういう役目なんだね」
「役目…?」
フィルが首を傾げると、ヴァンエールが戻って来た。
「ボクに内緒の話?」
「いいえ、青ザルの役目の話です」
「青ザルは雑用だからね。知らないコトに意味がある」
「知らないコト?」
「白ザルが知らないのに、青ザルが知ってたら問題が起きてるってこと」
「そんなものですか?」
「そんなものみたいだよ。秘密を聞いても覚えられないみたいだし」
紅茶セットを端に移動させる。
「さて。エバンシアは、保存食を腐らせるようなしょう気に当たって取り込み中。らしい」
「取り込み中?」
「……エバンシア自体は元気なのかも知れない」
ヴァンエールが腕組みして考え込む。
「取り込み中ってことは、何かしてるんだろうし。エバンシアが、何か面倒なことに巻き込まれたってとこかな?」
「そうでしょうね。イリスの側ならまぁ大丈夫でしょう」
フィルは小さく嘆息した。
「僕らで何が出来るんでしょう」
「あんまり役に立たないからね、ボクら」
ヴァンエールが肩をすくめる。
「青ザルは何か名案思いつかない?」
「さっぱりなんだね!」
きりりとした表情で言う。
「はっきりしてるなぁ」
フィルが苦笑する。
「あ。白ザルたちの手が開けばいいんじゃない?」
ヴァンエールが思いつく。
「…つまり、白ザルたちの手伝いの方をする?」
「そうそう。ボクらが役に立てば、の話だけどね」
「そうですよね。僕は魔法塔から出られませんし。ヴァンエールもアオザイレから動けないんですよね?」
「そうなんだよねぇ。青ザルも魔法塔から動けないしね。本当に、待つぐらいしか能がないよね」
「白ザルのお手伝い出来るか聞いてくるだね」
青ザルが、元気に椅子から飛び降りた。
「気をつけてね」
送り出す。
「青ザルって出来ないことが多いですね」
フィルが呟く。
「基本的には、癒やし担当だからね」
「癒やし担当…」
その懐疑的な表情にヴァンエールが苦笑する。
「青はいるだけで、いいんだそうだよ」
「いるだけで」
フィルが嘆息する。
「エバンシアも似たようなこと言ってました」
「へぇ」
「青いの…とりわけ、青ウサギの役立たずぶりには、脱帽するそうです」
「エバンシアも言うねぇ。珍しく」
「ええ。それで印象に残ってます。きっと、青は、一つの場所から動けない者のために、役立たずなんだろうね、って」
「そう…かもね。魔法遣いは、とても長い時を過ごすから」
隣室から派手な音がした。
「本の柱が倒れたみたいだね」
ヴァンエールが腰を上げる。
「フィルも様子見てみる?埋まってるかも知れないし」
「そうですね」
ヴァンエールとフィルが隣室で見たのは、本をバラまくオルディーの姿だった。
「…何してるんです?」
ヴァンエールが怪訝な顔で聞く。
「あ。ちょうど良かった。本をこう、出来るだけ平らって言うの?一面に広げてほしいんだよ」
「部屋一面ですか?」
「そうそう。あ。テーブルとか外に運び出してもらえる?魔法でぱっとしたいけど、迂闊に使うと酷い目に合うし」
オルディーは生き生きしている。
何だかよくわからなかったが二人はオルディーを手伝って、部屋中に本を広げた。
「ま、こんなものだね」
満足そうにオルディーは呟く。
「ちょっと下がってくれるかな?」
にこにことオルディーに言われて、ヴァンエールとフィルが下がる。
オルディーは入り口に両膝をついて、両手で、ばん!と本を叩いた。
瞬間、青白い光が、一面にバラまかれた本の表面を走る。
一瞬で駆け抜けた閃光は、何冊かの本を跳ね上げた。
空中に跳ね上がったまま漂っている本をオルディーが回収し、外に出したテーブルに乗せる。
「何したんですか?」
フィルが不思議そうに聞く。
「ざっくり読んでたんだけど、あんまりにも膨大な量だったからね」
オルディーは肩をすくめる。
「僕の『運』にかけてみた」
オルディーは呼び鈴を鳴らす。
「『運』…ですか」
「そう。ま、占いとかに近いのかな?魔法遣いってのは、強ければ強いほど、真実を引き当てるもんなんだって」
「オルディーって強い魔法遣いなんだ?」
ヴァンエールの発言にオルディーは首を振る。
「僕は運がいいだけだよ。イリスのお墨付きの」
白ザルが姿を見せる。
「お呼びですか」
「悪いんだけど、そこの本全部片付けて」
白ザルは3秒ほど室内を眺め。
「かしこまりました」
と言うと、溢れた本と一緒に部屋の中に入って、ドアを閉めた。
「サルたちが魔法使う所って見たことないんだよねぇ」
興味深そうにオルディー。
「所で、本当に役立つんですか?」
フィルがテーブルの上の本を眺める。
合計、3冊の本。
旅行記と絵本と図鑑。
「この図鑑…」
ヴァンエールが怪訝な顔をする。
『しょう気大図鑑』と表題にあるが、絵本よりちょっと太いというぐらいの薄っぺらい本である。
「役に立つんですか?」
他の2冊にしても、『しょう気はこわい』という、子ども向けの絵本と、『ニヴォーズ旅行記』という、ニヴォーズ国を旅行した時のエッセイ。
『ニヴォーズ旅行記』に関しては、およそ、しょう気が出てくるとは思えない本だった。
「多分ね」
肩をすくめるオルディーの頭に、青ザルが降ってきた。
「え」
と全員が呟いた。
「難しい話はわからないんだね」
ぐったりオルディーの頭にかぶさっている。
「この3冊読んだら何か思いつくと思うし」
オルディーは『ニヴォーズ旅行記』を手にとった。
「さて。部屋は片付いたんでしょ?運ぼうか」
青ザルを頭からはいで、テーブルに置く。
「わかっただね」
青ザルはテーブルから飛び降りて自分の身長より遥かに大きなテーブルを気楽に運ぶ。
ドアを開けると。
もぬけの殻。本と白ザルは消えていた。




