魔法塔
魔法塔は、3つあるパーシ自治区の1つアオザイレにある。フロレアル国唯一の国境を接する地区でもある。
パーシ自治区は基本的に森や山で、小さな集落がぽつぽつとある。魔道具作りに長けており、住人のほとんどが魔道具作りの職人である。
オルディーが訪れた魔法塔は、そんな集落の一つである。
魔法塔が立っているだけあって、集落としてはアオザイレの中でも一番大きい。
「あ。菱荷卿」
声をかけて来たのは、水色の髪に銀色の目をした中年の男。見るからに優男で職人には見えない。
「ちょっ…ヴァンエールまでそんな呼び方するんですか?」
困り果てたようなオルディーに小さく苦笑する。
「パーシの者なら普通、称号で呼びますね」
憮然としているオルディーを微笑ましく眺め。
「後で辛くなっても知りませんよ?オルディー」
「その時はその時です」
息巻くオルディーにヴァンエールが肩をすくめる。
「魔法塔に用事があるんでしょう」
「よく分かりましたね。『鍵』だからですか?」
「あなた、ここに魔法塔以外の用事で来たことないですよ」
オルディーが絶句する。
「…そう、でしたっけ?」
「そんなものですよ」
ヴァンエールが歩き出す。
ヴァンエールは職人ではない。『パーシの鍵』と呼ばれる能力が彼の仕事である。
煉瓦の壁が見える。それは、円形の塔を覆うように聳え立っている。
「相変わらず立派な門だね」
見上げる門は荘厳。職人達が技術の粋を集めて作り上げたものだ。
「壊れたりしないの?」
「しませんよ。この壁も結界の内側ですから。当時は彫刻とか作ってる人も多かったみたいですが、今は、魔道具作りとか、工芸品とかが主ですね」
「ご先祖様は偉大だね」
ヴァンエールが扉に手を触れる。
「どうぞ」
重々しい扉がいとも簡単に開く。
オルディーは、ヴァンエールに続く。
この扉は『パーシの鍵』であるヴァンエールでなければ開かない。
「実に簡単に開けますよね」
オルディーが苦笑する。
「エバンシアが試しに扉を押したり引いたりして、ぴくりとも動かなかったしね。懐か……ってオルディー?」
ヴァンエールが怪訝な顔をする。知らずオルディーの顔が険しくなる。
「何かあったみたいだね」
ヴァンエールが低く言う。
「エバンシアが里帰りしてるんですよ」
「ただの里帰りじゃなく?」
「ええ。詳しいことは分からないので調べに来ました」
「では、白ザルですね」
答えたのは、魔法塔自体の玄関に姿を見せた黒いサル。
体長は50センチほど。黄色のチープなチョッキを着ている。
「こちらでお待ち下さい」
近場の部屋に案内される。
「黒ザルは何か聞いてない?」
「特には」
首を振る。
カチャカチャと音を立てながら紅茶セットを持って来たのは、青いサル。
「お手伝いしてるんだね」
自分で言いながらテーブルに置く。
「後はボクがしますよ」
ヴァンエールが引き受け、青ザルはホッとした顔をした。
「良かっただね。ヴァンエールのお茶は美味しいだね」
ちょこんとオルディーの隣に座る。
「青ザルが持って来たってことは、皆忙しいの?」
「そうだね」
ヴァンエールから紅茶を受け取る。
「何か分からないけど調査中なんだね」
「へぇ」
「赤ザルもお出かけしてるんだね」
紅茶を一気に飲み干す。
「ありがとうだね」
「いいえ。皆のお手伝い頑張って下さい」
ヴァンエールに応援されて青ザルは元気よく立ち去った。
「何があったんでしょうね」
オルディーが紅茶を受け取りながら呟く。
「今日はどのようなご用件でしょう」
入り口に白ザルが立っていた。丸眼鏡がちょこんと鼻の上に乗っている。
「保存食が痛むぐらいのしょう気について、ご教授頂けましたら」
「しょう気について、ですか。時期や地域などありますか?」
「レティクラタ付近で最近あったしょう気です」
白ザルは首を傾げた。
「少々お待ちを」
白ザルが部屋を出る。
「何か、心当たりなさそうですね」
ヴァンエールが紅茶を一口飲む。
「そうですね。ただ…白ザルも白ウサギも厳しいですからね」
オルディーが肩をすくめる。
直ぐに戻って来た白ザルは自分の身長より遥かに高く積み上げた本をテーブルに置いた。
しょう気について書かれた本ばかりだ。
「とりあえず、こんなものでしょうか」
「…相変わらず分厚い蔵書ですね」
オルディーが大きな嘆息混じりに呟く。
「後2本分はありますが」
「多分もう少し絞り込めると思う……と言うか、絞り込みます」
「では、ご用の際はこちらでお呼び下さい」
白ザルはドアの近くにある小さなテーブルにベルを置いた。
「忙しそうですね」
「はい。調査依頼が来たものですから」
「因みにイリスですか?」
「いえ。花事卿です」
「え」
オルディーは予想外の解答に目を見開く。
「え。え?花事卿って依頼とかするんですか?」
一瞬その場を包んだ静寂は、白ザルがテンション低く破る。
「魔法塔に依頼…というか、押し付けるというか、言い散らかしていくのは、花事卿ぐらいかと思いますが」
白ザルは大きく嘆息すると、軽く会釈して立ち去った。心なしか背中が丸くなったような…。
「益々、老人化してる気がする」
ヴァンエールがぼそりと呟く。
「白ウサギより苦労してるんだね」
オルディーは軽く同情しつつ、適当に一冊開いた。
「あれ?」
「どうしました?」
「この本、旅行記だ」
「…相当忙しいんでしょうね」
「うーん。そうなのかな?あの『白』が関係ないもの持って来るかなぁ?」
「ボクに手伝えることはなさそうですから、隣にいますよ」
「すいません。お願いします」
「構いませんよ。ボクも用事がないこともないですから」




