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特区 若き魔法遣い改め  作者: 夏目
2/10

伝言

オルディーは、イリスの屋敷に姿を見せた。

イリスの屋敷の敷地は円形をしている。

高い塀に囲まれていて外の様子は伺い知れない。

敷地のおよそ半分が陸地で残りは池である。透明度は高いが底は見えない程深い。

屋敷の玄関を開ける。エントランスを青い小さな影が駆け抜けた。

「ちょ!逃げたらダメだって!」

金髪の少年、エバンシアが追いかける。

その様子を眺めていたオルディーは小さく嘆息する。

「最悪の事態は免れたみたいですね」

「開口一番、物騒な発言ですが、何の用です?オルディー・ファル・ヴォルディーン」

漆黒の髪と双眸とタキシードの執事、ダンフォルディア・ベルベットが低い声で聞く。オルディーより長身の執事はなぜか、オルディーをフルネームで呼ぶ。

「イリスに用事がありまして。エバンシアにも伝言がありますけど」

「見ての通り、エバンシアは取り込み中です。イリスならいつもの部屋です」

オルディーは階段を上り目的の部屋に向かう。

エントランスでは、青い小さな影とエバンシアが追いかけっこをしている。

その様子をダンフォルディアが無表情に眺めている。

「青ウサギってあんなに足速かったっけ?」

呟きながらドアを開ける。


一面の本棚。

痩身をソファに沈めて。

神経質そうに頁を繰るイリスがいる。

イリス・ビアドレス。

それがこの屋敷の主にしてエバンシアの保護者代理である。

「お久し振りです、イリス」

勝手にイリスの対面のソファに腰を下ろす。

「ああ」

短い返事はいつものことなので。

「凜慄公がエバンシアを返せって我が家に乗り込んで来たんですけど」

「そうか」

イリスは、目頭を押さえて天を仰ぐ。

オルディーはその様子を怪訝な顔で眺めていた。

イリスが手を下ろし、オルディーを見る。

「で?」

「エバンシアに何か特別な用事でも?」

「特にない」

「そうですか。じゃあ、ただの里帰りですね」

イリスは肩をすくめた。

「それは知らんな」

「違うんですか?」

「手がすいたら本人に聞け」

「今、取り込み中でしたね」

イリスが手元の本に視線を戻す。

取り込み中の理由は答えてくれそうにないので、内心嘆息しながら、オルディーは別件を口にした。

「僕、ファル・ヴォルディーンの魔法遣いになります」

「公式発表はまだだろう」

「やっぱり知ってるんですね」

オルディーは肩をすくめる。

「当主しか伝えてないのに」

「切り札はなかなか切れん」

「…公式発表まで時間がかかる、と?」

「ヒトには都合がある」

魔法遣いが特定の家や国の守護につくことがある。その家や国は永久に繁栄すると言われている。「……何か問題が起こるとか?」

一抹の不安を覚える。

「全く問題が発生しないとでも?」

「…」

どうやら、現時点では困ったことにはなっていないらしい。

イリスの言い方は時々、ややこしい。

「あ。エバンシアはこの件は…」

「発表前だろう」

「教えないんですか?」

「知らせたいなら自分でやれ」

オルディーは目を瞬く。

そう言えば、イリスは自分から何かをすることは殆どなかった。つまり、聞かれないと答えない。

「凜慄公は…」

「興味ないだろう。エバンシアがやるわけじゃあない」

抑揚の欠けた声音が淡々と告げる。

「ところで、エバンシアを連れて帰ることは可能ですか?」

イリスが僅かに目を細めた。

「今すぐは無理だな」

「…それは、取り込み中だからですか?」

「ああ」

「僕に手伝えますか?」「無理だな」

即答。

「何も手伝えない?」

「邪魔しないことだ」

オルディーは深く溜め息を吐く。

「凜慄公に連れて来い、って言われてるんですけど」

「暫くかかると伝えとけ」

イリスが視線を上げた。

「エバンシアが死んでもいいなら別だが」

「…凜慄公にはもう暫く我慢してもらいます」

「ああ」

イリスは本に視線を戻した。

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