世話係
ファル・ヴォルディーンの屋敷を訪れる。
一応、顔は出しておかないと、後でうるさいのがいる。
「菱荷様、お帰りなさいませ」
出迎えたのは見事な白髪に黒の双眸の老人。名前はセイという。
セイはひょろ長い老人で、褐色の肌をしている。
「久し振り。元気だった?」
「はい。もちろん。セイは病気しませんから」
「ところで、何で称号で呼ぶの?」
「フェリオン様からそのように承っております」
「ち。まぁ、名前で呼ぶ人なんて、ほとんどいないから、別にいいけど」
ファル・ヴォルディーン家の中でオルディーの顔と名前が一致する者は、殆どいない。かーなり長く勤める者か、人ではないモノか。
「それにしても、相変わらずお荷物ありませんねぇ。いつものように、パンダ様は庭でくつろいで頂いております」
「ありがとう。セイのおかげでパンダを安心して預けられるよ」
「お役に立てて何よりです。今回は長く滞在できるのですか?」
「いや、トーテンコーの世話してくれる人に挨拶したら、すぐ帰るよ」
「そうですか…。残念です」
本当に残念そうにセイは肩を落とす。
「そうやって残念がってくれるのはセイだけだよ」
くすくす笑うオルディーをセイは、複雑な表情で見る。
「セイと昔話できるのは、菱荷様だけになってしまいました」
お互い困ったように顔を見合わせる。
「そういえば、世話係の人は吟味中…みたいな話を聞いたけど、どうなったの?」
「フェリオン様は悩んでらっしゃるようですが、リカイザ様は、雇うつもりのようです。トーテンコーは、やはり便利なウサ・パウニですが、脱走癖がありますから、専門家がいた方が良いように思います」
「へぇ。有名なんだね、脱走癖。難しいんだって?つかまえとくの」
「自由気ままな住環境が必要なようですが、その環境も個体差が大きいようです」
セイの案内で、紅於が用意したという世話係の所までくる。
扉1枚隔てて。
この気配は――。
「セイ」
オルディーは、にっこりした。
「何でしょう」
セイも、にっこりした。
「相手はヒトじゃなかったりするの?」
「セイは、そのように感じました」
「セイと仲良くやれそう?」
「そうなれば良いと思いますが………」
セイが最後まで喋らぬうちに、扉が開いた。
黒い髪に藍色の双眸。10代中頃の少年だった。
じっとオルディーを見上げて。
「……初めまして、菱荷卿。ぼくはシズカと言います。ご存知の通り、人ではありませんが、宜しくお願いします」
軽く会釈する。
「あ。初めまして。よく、わかったね、僕が菱荷だって」
「メイポールに依頼した方から、『青い髪の魔力の強い優男がいたら、それが菱荷卿だから』と伝言を頂きました」
「…メイポール?ニヴォーズ王室御用達の?」
「はい」
メイポールはニヴォーズ国に店を構える老舗の服屋である。
セイが、ぽんと手を打った。
「メイポールの服はトーテンコーで届けられますね。トーテンコーの入手ルートがあるんでしょう」
「え。買ったことあるの?」
「はい。ニヴォーズに旅行に行かれた際に。セイは留守番してますから荷物を受け取るだけですが」
旅行…。行くんだ海外に。
とオルディーが思っていると、ドタバタと足音が響く。
「セイ!何でワシの所にまず案内せんのだ!」
怒鳴り散らすのは、ファル・ヴォルディーン家の当主である、フェリオン・ファル・ヴォルディーン。
ガリガリに痩せた初老の男で、背が高く猫背。白髪が大分目立ってきた青髪に紺色の目をしている。
「トーテンコーの世話をしてくれる人が良い人そうで良かった。悪そうな人だったら、どうしようかと心配してたんですよ」
オルディーが棒読みな台詞を吐く。
「……菱荷卿がそう言うんなら……そうなんでしょうな」
フェリオンは自分に言い聞かせるように、けれど、僅かに渋面で言った。
「うちで預かってるトーテンコーは、彼にとりに来てもらった方が言いかな?それとも、こっちに運んだ方が?」
「どっちだ」
高圧的にシズカに言う。多分、フェリオンはシズカの名前を知らない。というか、初めて会うのではないだろうか。
「取りに行きます」
シズカが少しだけ首を傾げた。
「こちらの屋敷に帰って来るようにしないといけませんから」
「なら、そのように」
あとは頼んだ、とセイの肩を叩き、フェリオンは立ち去った。
「面倒になっちゃたんだね。後は、しっかり者の息子と相談した方が良いよ」
「そうします。では、今後とも宜しくお願いします」
セイが深々とシズカに頭を下げて。
「食事の用意をしておりますので、のちほど、食堂にお越し下さい」
セイが一礼して立ち去る。
「ぼくは、採用されたんでしょうか」
シズカが呟く。
「採用されたね。宜しく」
「そうですか。宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
「ちなみにシズカは」
「何か?」
「人鳥だよね?魔獣の中でも人に近い魔獣。いわゆる人魔獣のうちの1つ」
「よくご存知で」
シズカは嘆息混じりに言った。
「翼があるって聞いたんだけど本当なの?」
オルディーがわくわくした目でシズカを見ている。
「ありますけど、出さないですよ」
「出たり引っ込んだりするの?」
目がキラキラしている。
「いえ、封じてきましたので、今は翼がない状態です」
オルディーが絶句する。
「…封じちゃって大丈夫なの?」
「ええ。目立ちますから」
いや、そういうことではなく――いや、そういうことか。
オルディーはもう一つ、気付く。
「魔力も押さえてる?」
「…ええ。大きすぎる魔力は餌になるだけですから」
「なるほどね。人鳥にしては、魔力が小さいなぁ、とは思ってたけど、そういうことか」
人魔獣は無駄に魔力が大きいのが特徴である。魔力の割には戦闘力が低いので、他の魔獣にとっては、てっとり早く強くなるのにもってこいの魔獣である。
魔獣は魔獣を食べる。
魔獣が人を襲うことはあっても、食べることは少ない。魔力が少ないからだ。
元々、食事をしない魔獣である。目的がなければ口にしない。
そんなわけで、人魔獣の数は少ない。
「メイポールって凄いんだね。人鳥とも知り合いとは」
「直接知り合いという訳ではないですよ。仲介者がいますから」
「え。誰?」
「言いません」
それ以降、シズカは口を閉ざしてしまった。
「食堂ってなんでこんなに長いんだろうね」
オルディーが半眼でぼやいた。
「たくさんの人数で食事するからだろう」
そう、答えたのは、オルディーの対面に座って食事している人物。
青い髪に黒の双眸。いかめしい顔でがっしりした体格の、一見武人みたいにも見える中年の男。
ファル・ヴォルディーン家次期当主、リカイザ・ファル・ヴォルディーンである。
実質、彼が当主と言っても過言ではないぐらい実務を行っている。
オルディーとリカイザの距離は、およそ10メートル。丁度、中間あたりで、シズカが何も喋らずに紅茶を飲んでいる。
「紅於卿の話によると、トーテンコーとは別にウサ・パウニを用意する算段だそうだな」
「ええ。まだ用意できてませんけど」
「シズカとセイで対応できるんだろうな」
「多分、大丈夫だと思うよ」
シズカが迷惑そうな顔でオルディーとリカイザを見たが黙っていた。
「私が生きている間に用意しろ。卿は時間にルーズすぎる」
「肝に銘じとく」
オルディーは肩をすくめた。
オルディーは、どうしても確かめておきたいことがあった。
「失礼」
オルディーが訪れたのは、シズカの部屋だった。
シズカは使用人たちの住む別館に部屋がある。
「うわ。何もないね」
オルディーが目を丸くする。標準装備のベッドやタンスしかない。荷物は少ないらしく、全部、収納できてしまったようだ。
「何か」
「1つ訊きたいことがあって」
「1つだけなら良いですよ」
「…間違いなく、1つ以上訊くけど」
一瞬、沈黙が通りすぎた。
「手短にどうぞ」
シズカが半眼で言った。
「単刀直入に。瘴気に当たって気を失うとか、よくあるの?」
「瘴気によると思いますが……。ぼくは、そんな事態に直面したことはないです」
「人鳥だから、これは苦手、とかある?」
「基本的に狭い所は苦手ですが……人鳥ゆえにって言うのはどうでしょう」
ピンときませんね、とシズカは首を傾げる。
「ふーん。知り合いが、瘴気に当たって倒れちゃってさ。重症みたいだから訊いてみたんだけど」
「人鳥なんですか?」
「人鳥の人魔だね」
シズカは、かなり驚いて、暫く二の句が継げなかった。
「……随分、珍しい」
「そうなんだ。まぁ、人鳥も人魔も珍しいのに、ダブルだもんね」
「よく、生き残れましたね、このご時世」
「保護者代理が凄いから」
オルディーが肩をすくめる。
「その人魔ですが」
シズカは首を傾げる。
「恐らく、翼はないと思いますが、羽根を持っているはずです。その羽根が負傷したのかも知れません」
「羽根が負傷?……羽根とか持ってたかなぁ?」
「人鳥にとって羽根は魔力の源です。羽根を失っても生きてはいけますが、魔力が大きく減ります。世界は魔法に満ちています。魔力のないモノにとって世界は無慈悲です」
「無慈悲?」
「はい。無慈悲です」
確信を持った答えに、オルディーは少しばかり驚く。
「魔力のない人なんて……」
オルディーは、はっとする。
確かにいない。
魔法を使えない人は多くいるけれど、魔力を全く持っていない人に、会ったことがない。
「魔道具を使えないほど、魔力のないモノは、世界から排除されます」
世界は無慈悲です、とシズカは再び言った。




