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特区 若き魔法遣い改め  作者: 夏目
10/10

世話係

ファル・ヴォルディーンの屋敷を訪れる。

一応、顔は出しておかないと、後でうるさいのがいる。

「菱荷様、お帰りなさいませ」

出迎えたのは見事な白髪に黒の双眸の老人。名前はセイという。

セイはひょろ長い老人で、褐色の肌をしている。

「久し振り。元気だった?」

「はい。もちろん。セイは病気しませんから」

「ところで、何で称号で呼ぶの?」

「フェリオン様からそのように承っております」

「ち。まぁ、名前で呼ぶ人なんて、ほとんどいないから、別にいいけど」

ファル・ヴォルディーン家の中でオルディーの顔と名前が一致する者は、殆どいない。かーなり長く勤める者か、人ではないモノか。

「それにしても、相変わらずお荷物ありませんねぇ。いつものように、パンダ様は庭でくつろいで頂いております」

「ありがとう。セイのおかげでパンダを安心して預けられるよ」

「お役に立てて何よりです。今回は長く滞在できるのですか?」

「いや、トーテンコーの世話してくれる人に挨拶したら、すぐ帰るよ」

「そうですか…。残念です」

本当に残念そうにセイは肩を落とす。

「そうやって残念がってくれるのはセイだけだよ」

くすくす笑うオルディーをセイは、複雑な表情で見る。

「セイと昔話できるのは、菱荷様だけになってしまいました」

お互い困ったように顔を見合わせる。

「そういえば、世話係の人は吟味中…みたいな話を聞いたけど、どうなったの?」

「フェリオン様は悩んでらっしゃるようですが、リカイザ様は、雇うつもりのようです。トーテンコーは、やはり便利なウサ・パウニですが、脱走癖がありますから、専門家がいた方が良いように思います」

「へぇ。有名なんだね、脱走癖。難しいんだって?つかまえとくの」

「自由気ままな住環境が必要なようですが、その環境も個体差が大きいようです」

セイの案内で、紅於が用意したという世話係の所までくる。

扉1枚隔てて。

この気配は――。

「セイ」

オルディーは、にっこりした。

「何でしょう」

セイも、にっこりした。

「相手はヒトじゃなかったりするの?」

「セイは、そのように感じました」

「セイと仲良くやれそう?」

「そうなれば良いと思いますが………」

セイが最後まで喋らぬうちに、扉が開いた。

黒い髪に藍色の双眸。10代中頃の少年だった。

じっとオルディーを見上げて。

「……初めまして、菱荷卿。ぼくはシズカと言います。ご存知の通り、人ではありませんが、宜しくお願いします」

軽く会釈する。

「あ。初めまして。よく、わかったね、僕が菱荷だって」

「メイポールに依頼した方から、『青い髪の魔力の強い優男がいたら、それが菱荷卿だから』と伝言を頂きました」

「…メイポール?ニヴォーズ王室御用達の?」

「はい」

メイポールはニヴォーズ国に店を構える老舗の服屋である。

セイが、ぽんと手を打った。

「メイポールの服はトーテンコーで届けられますね。トーテンコーの入手ルートがあるんでしょう」

「え。買ったことあるの?」

「はい。ニヴォーズに旅行に行かれた際に。セイは留守番してますから荷物を受け取るだけですが」

旅行…。行くんだ海外に。

とオルディーが思っていると、ドタバタと足音が響く。

「セイ!何でワシの所にまず案内せんのだ!」

怒鳴り散らすのは、ファル・ヴォルディーン家の当主である、フェリオン・ファル・ヴォルディーン。

ガリガリに痩せた初老の男で、背が高く猫背。白髪が大分目立ってきた青髪に紺色の目をしている。

「トーテンコーの世話をしてくれる人が良い人そうで良かった。悪そうな人だったら、どうしようかと心配してたんですよ」

オルディーが棒読みな台詞を吐く。

「……菱荷卿がそう言うんなら……そうなんでしょうな」

フェリオンは自分に言い聞かせるように、けれど、僅かに渋面で言った。

「うちで預かってるトーテンコーは、彼にとりに来てもらった方が言いかな?それとも、こっちに運んだ方が?」

「どっちだ」

高圧的にシズカに言う。多分、フェリオンはシズカの名前を知らない。というか、初めて会うのではないだろうか。

「取りに行きます」

シズカが少しだけ首を傾げた。

「こちらの屋敷に帰って来るようにしないといけませんから」

「なら、そのように」

あとは頼んだ、とセイの肩を叩き、フェリオンは立ち去った。

「面倒になっちゃたんだね。後は、しっかり者の息子と相談した方が良いよ」

「そうします。では、今後とも宜しくお願いします」

セイが深々とシズカに頭を下げて。

「食事の用意をしておりますので、のちほど、食堂にお越し下さい」

セイが一礼して立ち去る。

「ぼくは、採用されたんでしょうか」

シズカが呟く。

「採用されたね。宜しく」

「そうですか。宜しくお願いします」

ペコリと頭を下げる。

「ちなみにシズカは」

「何か?」

人鳥(じんちょう)だよね?魔獣の中でも人に近い魔獣。いわゆる人魔獣(じんまじゅう)のうちの1つ」

「よくご存知で」

シズカは嘆息混じりに言った。

「翼があるって聞いたんだけど本当なの?」

オルディーがわくわくした目でシズカを見ている。

「ありますけど、出さないですよ」

「出たり引っ込んだりするの?」

目がキラキラしている。

「いえ、封じてきましたので、今は翼がない状態です」

オルディーが絶句する。

「…封じちゃって大丈夫なの?」

「ええ。目立ちますから」

いや、そういうことではなく――いや、そういうことか。

オルディーはもう一つ、気付く。

「魔力も押さえてる?」

「…ええ。大きすぎる魔力は餌になるだけですから」

「なるほどね。人鳥にしては、魔力が小さいなぁ、とは思ってたけど、そういうことか」

人魔獣は無駄に魔力が大きいのが特徴である。魔力の割には戦闘力が低いので、他の魔獣にとっては、てっとり早く強くなるのにもってこいの魔獣である。

魔獣は魔獣を食べる。

魔獣が人を襲うことはあっても、食べることは少ない。魔力が少ないからだ。

元々、食事をしない魔獣である。目的がなければ口にしない。

そんなわけで、人魔獣の数は少ない。

「メイポールって凄いんだね。人鳥とも知り合いとは」

「直接知り合いという訳ではないですよ。仲介者がいますから」

「え。誰?」

「言いません」

それ以降、シズカは口を閉ざしてしまった。




「食堂ってなんでこんなに長いんだろうね」

オルディーが半眼でぼやいた。

「たくさんの人数で食事するからだろう」

そう、答えたのは、オルディーの対面に座って食事している人物。

青い髪に黒の双眸。いかめしい顔でがっしりした体格の、一見武人みたいにも見える中年の男。

ファル・ヴォルディーン家次期当主、リカイザ・ファル・ヴォルディーンである。

実質、彼が当主と言っても過言ではないぐらい実務を行っている。

オルディーとリカイザの距離は、およそ10メートル。丁度、中間あたりで、シズカが何も喋らずに紅茶を飲んでいる。

「紅於卿の話によると、トーテンコーとは別にウサ・パウニを用意する算段だそうだな」

「ええ。まだ用意できてませんけど」

「シズカとセイで対応できるんだろうな」

「多分、大丈夫だと思うよ」

シズカが迷惑そうな顔でオルディーとリカイザを見たが黙っていた。

「私が生きている間に用意しろ。卿は時間にルーズすぎる」

「肝に銘じとく」

オルディーは肩をすくめた。




オルディーは、どうしても確かめておきたいことがあった。

「失礼」

オルディーが訪れたのは、シズカの部屋だった。

シズカは使用人たちの住む別館に部屋がある。

「うわ。何もないね」

オルディーが目を丸くする。標準装備のベッドやタンスしかない。荷物は少ないらしく、全部、収納できてしまったようだ。

「何か」

「1つ訊きたいことがあって」

「1つだけなら良いですよ」

「…間違いなく、1つ以上訊くけど」

一瞬、沈黙が通りすぎた。

「手短にどうぞ」

シズカが半眼で言った。

「単刀直入に。瘴気に当たって気を失うとか、よくあるの?」

「瘴気によると思いますが……。ぼくは、そんな事態に直面したことはないです」

「人鳥だから、これは苦手、とかある?」

「基本的に狭い所は苦手ですが……人鳥ゆえにって言うのはどうでしょう」

ピンときませんね、とシズカは首を傾げる。

「ふーん。知り合いが、瘴気に当たって倒れちゃってさ。重症みたいだから訊いてみたんだけど」

「人鳥なんですか?」

「人鳥の人魔だね」

シズカは、かなり驚いて、暫く二の句が継げなかった。

「……随分、珍しい」

「そうなんだ。まぁ、人鳥も人魔も珍しいのに、ダブルだもんね」

「よく、生き残れましたね、このご時世」

「保護者代理が凄いから」

オルディーが肩をすくめる。

「その人魔ですが」

シズカは首を傾げる。

「恐らく、翼はないと思いますが、羽根を持っているはずです。その羽根が負傷したのかも知れません」

「羽根が負傷?……羽根とか持ってたかなぁ?」

「人鳥にとって羽根は魔力の源です。羽根を失っても生きてはいけますが、魔力が大きく減ります。世界は魔法に満ちています。魔力のないモノにとって世界は無慈悲です」

「無慈悲?」

「はい。無慈悲です」

確信を持った答えに、オルディーは少しばかり驚く。

「魔力のない人なんて……」

オルディーは、はっとする。

確かにいない。

魔法を使えない人は多くいるけれど、魔力を全く持っていない人に、会ったことがない。

「魔道具を使えないほど、魔力のないモノは、世界から排除されます」

世界は無慈悲です、とシズカは再び言った。




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