【第3ステージ・『間者』と刺客】
「ここが寮?そんなに変わらんな~」
見た感じの立派さと大きさは黒曜のものとそう変わらないように見えた。
「さっさと入んで」
「その前に食堂寄りません?」
鴨の言葉に闇ハンドの全員はうなずいた。確かに先に部屋に行くよりもお腹が空いたからご飯が食べたい。どうせ食堂のシステムと同じなんだろうし、4人くらい増えたってバレやしないだろう。あ、光の食堂って日替わりディナーあるのかな?
ところが光ハンドのみんなはキョトンとしてこちらを見た。それを見て私たちもキョトン。……私、変なこと言ってないよね?ポーカーフェイスを決めながら内心慌てていると、瀬木ちゃんが何かを察したらしい。
「アンタたちの寮は食堂なん?」
「そうやで。時間は決まってるけどなんぼ食ってもタダやし、美味しいって有名……って、まさか?!」
「あの……うちには食堂ないねん」
だからみんな自炊。苦笑ぎみにそう言われた桜の言葉が決定打だった。
「ま、マジでっ?!」
「おいっ、大声出すな!一応警備員が巡回してるんやから」
「どうしよう芹さん、私カレーしか作ったことないわ」
「僕はレシピがあればいけると思うけど……」
「包丁すら握ったことない」
「包丁握ったことないってどんだけやねん!」
お前は調理実習の時どうしてたんや!……大体想像つくけど。てか、今の発言でハンドで1番料理ができるのは鴨に決定だ。私?私は明日香以上、鴨未満だと言っておこう。
「……と、言うことでみんな料理できへんねんけど大丈夫?」
「それくらいは大丈夫。なんか1人規格外がおるみたいやけど……」
周りからの視線をまったく気にしない悠莉。お前はもうちょっと気にしろと言いたいが……半ば諦めてる。
「早く中に入らんくてええんか?」
「ライトの言う通りやな。とりあえず中に入ろう」
石英高校の寮に私たちは足を踏み入れた。
とりあえず明日また一旦集合と言うことで今日は解散。光の真面目な生徒会長さんから今日はしっかり休むようにという言葉をもらい、私はいかにも女子力高そうな小阪桜の部屋にお邪魔していた。ホントなら芹さんたちみたいに同じ役職の部屋に行くはずだったんだろうけどさすがに男女同部屋はマズイ。それに私、アイツのこと嫌いだし。今日ばかりは女の子に生まれたことに感謝だ。
中はピンク一色の部屋かと思いきや、意外と普通だ。でも小物がピンクだったり今座っている白くてふかふかなソファなどに女の子らしさを感じる。そんな女子力満点の部屋の主は私の背後辺りにあるキッチンで呑気に鼻唄を歌いながら夕食の調理に勤しんでいるようだった。弁解しておくが、私も『手伝う』と粘った。しかし、結局『お客様にそんなことさせるわけにはいかない』という彼女に根負けしたのだ。元々めんどくさがりな私がこんな勝負に勝てるわけもない。で、今現在私は案内されるままにソファに座り、ボーッとテレビを眺めていた。
「ふふ、それ面白い?」
「大して……てか、ほとんど見てへんし」
やってる番組では魔法の使う順番を代えると魔力の消費量が減るかもしれないという話題だった。私には関係ない話だし、第一こんなことをバラエティーで言ってる時点で本当かどうか怪しい。と、良い臭いがしたと思ったら桜がお盆に色々乗せてこちらにやって来た。
「お待たせ~!」
「え、何これ美味しそう」
「そう?何が好きなのかわかんなくて、とりあえず唐揚げとポテトとご飯、栄養が片寄らないようにサラダ。後は……食後にプリン!」
「た、食べていいん?」
「もちろん!」
「い、いただきます」
「いただきまーす」
とりあえず唐揚げを食べてみる。……うん、美味しい。と、桜の方を見やればなぜかこちらを見て笑っていた。
「……私の顔がどうかした?」
「えっ、いや……そんな幸せそうな顔するんやなぁ、って。さっきまでずっとしかめっ面……っていうか、無表情やったから」
「そりゃ普通にしてたら無表情にならへん?」
「なれへんよ!……みんな気づいてないけどみんな微妙に変わってるんよ」
桜はどうやら自分の発言に自信を持っているようだ。笑顔がそれを物語っている。考えれば彼女はハンドの『知能』。もしかしたら観察眼に長けているのかもしれない。
それからはお互い食べてばかりで無言が続き、テレビがなければ本当に食べる音しかしない空間だっただろう。沈黙を最初に破ったのはやはり向こうだった。
「せっかくやからハンドやからこそできる話せえへん?」
「ハンドやからこそできる?」
どんな話だろうか。会長がどんなヘマして纒先生に叱られたとか、悠莉ちゃんの崇拝者兼ファンという名の従者は増え続けてるとか、鴨をどんなネタでいじってやったとか?……どれも間違ってる気がする。
「う~ん……例えば明日香は何でハンドに入ったか、とか。理由とかあるん?」
「理由?ない」
これは即答できる。桜は2、3回瞬きした後、噴き出した。聞いてきたのはそっちの癖に……ジト目をしている視線に気づいたのか、ごめんごめんと謝ってくるが、笑いを止めるつもりはないらしい。
「……ははっ、まさかそんな答えが返ってくるとは思わんくって……」
「何が面白いかまったくわからんわ……私は芹にスカウトされて1回蹴ったけど、なんや流れとノリで結局そうなっただけやん」
他の2人もそうなのだが、話がややこしくなるので言わないでおく。
「へ~。何やわからんけど芹は苦労したんやろうねぇ」
「確かにな……桜は突き返したりせえへんかったん?」
「せえへんって!私は普通に瀬木ちゃんに渡されて、受け取った。明日香が普通やないねん!」
「嘘~?」
「嘘ちゃうよ……私は光魔法がちょっと使えるだけやねんけど……実は特殊な能力があって」
『他人の心の中に入ることができんねん』
「……へぇ」
お話でしか聞いたことないような力があるなんてちょっと興味がある。
「入る私も入られる人も気ぃ失っちゃうねんけどな」
「心の中ってどんな感じ?」
「あんまり実用的やないから使ったことないけど……大体1つの広い空間みたいになってて、そこに建物があったり、あるいは大草原やったり……ああ、後は『本当の自分』が1人おって話とかできるよ」
「『本当の自分』って絶対1人なん?」
「多分。能力の実験の時何回か多重人格の人にお邪魔したけどそれでも1人やったから」
「へぇ……」
つまり、どんだけ偽っている人がいても『本当の自分』がいるということか。――面白い話だ。
「さあ、私も能力のこと色々話してんから明日香も魔法について色々教えてや!」
「教えてって私先生やないし……ただバカみたいに魔力があって魔法使えるだけやから」
「スゴい魔法もできるん?」
「まあ、呪文を知っていればそれなりに?」
「じゃあ、私の言いたいこと当ててみてや」
「え~……じゃあ実際に言葉に出すと思って」
「?うん」
「『プレコグ』」
瞬間、頭に流れてくる映像。桜が笑って――、
「『プリン食べよっか!』」
「え?」
「言おうとしてたこと、これやろ」
そう言えば、桜は予知魔法と同じ笑顔で笑った。……ちなみに当たる確率は70パーくらいだったりするので、当たってよかった。
僕は光サイドのハンドの『正義』である尾崎の部屋にお邪魔していた。尾崎の部屋には驚くくらいものがない。僕の言えたことではないが。唯一溢れていると言えばゲームくらいだ。ずっと運動だけが好きだと思っていたので、ゲーマーらしいのが少し意外だった。
「後もう少しでできるから」
「あ、はい。お構い無く」
「お前って……なんかヘタレ?ハンドに選ばれたんやから強いんやろ、もっと堂々としぃや」
いっそ呆れたように言ってくる尾崎に僕は苦笑を返すしかなかった。尾崎はそれを見てため息をついた後、トンカツとキャベツ、味噌汁とご飯を持ってきた。こうして見るとどこかの定食屋みたいだ。
「「いただきます」」
「……美味しい」
「何なん、マズイって思ってたん?」
「い、いやちゃうけど。純粋に美味しいなぁ、思って」
と、テレビに黒髪ロングヘアにセーラー服の少女が現れた。どうやらこの夜にも関わらず泥々なドラマの登場人物らしいが、その容姿が『彼女』とダブって僕は目を逸らした。と、
「このドラマ嫌?」
「……ううん。ただ、あの女の子とちょっと似てる人思い出して」
「…………ほぉ」
尾崎が不敵に笑った。まずい、これは僕をいじろうと画策している闇ハンドメンバーとおんなじ顔だ……!だが、尾崎はとっとと行動に移すタイプらしく、
「へ~。紅村晴似の女の子かー。可愛いんやろうなぁ?」
「だから違うって!……昔、ある日の夕方に会った女の子がおってんけど……」
そう、あれは黒曜高校の推薦通知を死刑宣告のように受け取った日だった。夕方に川辺をぶらぶらしていたら堤防に座っている女の子を見かけたのだ。そして、気がついたら声をかけていた。女の子はビックリした顔をしていたが、僕の話に付き合ってくれた。女の子は黒髪のロングヘアで紺色のセーラー服、同じような色の垂れリボンをつけていた。見たことがない制服だったからおそらくここら辺の中学ではないか、はたまた私立校だったのだろう。
ひとしきり喋った後、彼女は、
『う~ん……いつ言うかタイミング迷って言われへんかってんけど、その……私も今日それ届いてん』
『え……?』
『だーかーらっ、私にも届いてん、黒曜高校の推薦通知!……で、私もどうしたらわからんくって……ここで黄昏とったらアンタに話しかけられたってワケ』
唖然としている僕に彼女は笑って、
『なあ……約束しよ?2人で黒曜入学して、また会うって。そしたらさぁ、どんなにクラスではぼっちでも私たち友達やん?』
『まあ、そうやけど……』
『やっぱり女子とやったら変な噂立ちそうで嫌?』
『い、いやそんなワケじゃ……!』
『それやったら交渉成立!』
そこで僕と彼女は指切りをして別れた。別れるときは僕も彼女もさっきの迷いが嘘のようになくなって、晴れやかな顔をしていた。
「……へ~。で、ソイツは?」
「それがどこにいるかわかんないんですよね……」
入学して、まあ、色々ハンドに入って捜したが全然いない。そもそもお互いの名前も知らない僕らは手がかりが中学校の時の容姿といっても過言ではなかった。ハンドに入ったから彼女が気づくかもと思ったが、それもない。もしかしたらと一般の方も捜したがどこにもおらず、気づけば2年になっていた。
「お前、騙されてるんじゃね?」
「うっ……」
中々痛いとこを突く。……そりゃ確かに僕だってその可能性を考えたことがないワケではない。余程溺れていない限り誰もが考えることだろう。しかし……。
「でも……待ってみようと思う。で、高校卒業までに何にもなかったらさっぱり諦める」
「……やっぱり、お前ソイツのこと好きなんちゃん?」
「だから違うって!」
「え、もしかして自覚なし?それやったら『知能』の癖に相当なアホってことに――」
テレビでは紅村晴という少女がみんなに囲まれて幸せそうに笑っていた。
夕食を食べた後、私は名前とまったく関連のない己片というあだ名をつけられた少女に無理矢理話に付き合わされていた。正直もううんざりだが、ここで邪険にするほど私も子どもではない。
「で、悠莉ちゃんは何のためにこっちに来たん?」
「……別に芹に無理矢理やから」
「ほんまにそうなん?」
そう言ってくる己片の瞳は心の奥深くまで染み込んできそうな色をしていて、私は思わずたじろいだ。ここにきて初めて私が己片に抱いているのは嫌悪感ではなく苦手意識だということに気づいた。もう隠す方が面倒だと判断して、
「……光に来たらレアな魔具がちょっとあるかな、って」
「あはは、それが本音やな」
己片の目はさっきとは違う明るい光が差していた。……さっきのは嘘を吐くのに後ろめたさを感じていた私の思い違いだったのかもしれない。
「う~ん、レアなヤツ……せっかくやから私の見せたろか?」
「え?」
己片はシャツの胸ポケットから何かを取り出すと、その縮小機能を解除した。
出てきたのは――双剣。見るからにもレアそうな。そして纏っている波動がカラフルなのも気になった。
「これ、って……」
「僕の双剣!名前は……忘れたから知らんわ。顔の様子からしてもうわかってそうやけど、これには木、火、土、金、水の力が一編についてるってヤツやねん」
己片の説明を聞いて確信する。間違いなくこれは……。
「陰陽刀……」
「え、知ってんの?」
「最強とうたわれた陰陽師、安倍晴明が作ったとされる刀。陰陽思想に基づく木火土金水の力を宿してるとか。確か京都の寺に能力は知れないまま保管されとったけど、ある日突然行方知らずとなって……」
「多分何かづたいにこっちに渡ってきたんやろうね。で、僕が手に入れた、と……」
もう何年も見つからないから晴明が作り出した幻影とも噂された刀。まさかここでお見えになるとは思ってもみなかった。ぜひ私のコレクションに加えたいところだが……。己片は私の意思を察したのか、双剣を弄びながら、
「で、悠莉ちゃんはこれが欲しいん?」
「そうやけど……これはやめとくわ」
魔具は他の武器とも同じように相性というものがある。陰陽刀は己片と正に相性がぴったりで無理矢理引き離すのはよくないと私は判断した。
「悠莉ちゃんは変やなぁ」
「どうとでも」
あえて、魔具のスペシャリストなんで、とは言わなかった。あ、紅茶が飲みたくなってきた。己片に淹れてもらおう。
「ひ、ま、だ……」
「うるさい」
瀬木ちゃんが冷たい視線を寄越してくる。きっと本当は『匿ってもらってる身やってわかってるんか!』とか思ってるだろう。瀬木ちゃんはため息を吐き、私の隣に腰を下ろした。
「そもそも何でアンタはいきなりこっち来ようと思ったん……ほんまに思い付きやったらそれ『ハート』のすることやないで」
「そ、そんな怖い顔せんでもええやん……まあ、瀬木ちゃんは今日初めて会ったから知らんの当たり前やんな~。……私には、夢があんねん。いつか光と闇をまた1つにして境界なんてぶっ壊してやる、って夢が」
瀬木ちゃんが目を見開いた。正気か、と語っていて私は苦笑する。
「本気やで?で、闇だけかもしれんけど最近境界異常が多くなってきた。……何か起こる予感がすんねん、何となくやけど。だからチャンスって思ってん」
「ようそんなんに仲間巻き込んだな……」
「瀬木ちゃんは優しいな~。……私はな、酷いヤツやから無理矢理引っ張っていくねん。あ、申し訳ないとは思ってんで?後悔はしてへんけど。したらアイツらに私殺されるわ」
そう言って笑うと、瀬木ちゃんは逆に真剣な顔をした。え、ここは合わせて笑うとこやで?
「お前は……信じてるのか?」
「うん。信じてる」
何を、と聞かないのが瀬木ちゃんらしい。でも、私は信じてる。
2つに別れた存在が再び1つになることを。
「……わかった。アンタの言う通りや、最近は何かおかしい。ライトとかには異常があったらすぐに言うように言ってるけど……」
「何が原因なんかな~。私たちが吸い込まれた転移装置の出所もわからんし……」
「まあ、土日はゆっくり休んでいき。上手くいけば聖誕祭も案内するわ」
「ほんま!?」
「うん」
実はちょっと気になっていたのだ。上手くいくかはわからないが、そうなることを願っておこう。
「ほら、いつまで起きてんの。そろそろ寝るで」
「え~?!まだ12時やん!」
「もう12時の間違いやろ……」
ちょっと言い合いをしたが、結局私も疲れていたのか12時過ぎには2人共眠りについた。
「――きろ、起きろ!」
「んー、あと13時間くらい……」
「バカなこと言うなっ!」
「うはっ?!」
布団から蹴り出された。う~ん、乱暴者ぉ……。と、上を見れば鬼の形相の瀬木ちゃん。と、とりあえず……。
「お、おはよう」
「おはよう……ちなみに起こす努力を5分くらいしてたことについては?」
「さ、さーせんしたぁっ!」
てか、まだ10時じゃん。休日だったら寝ても許される時間のハズなのに……これ以上不平不満を言うと瀬木ちゃんから明日香よりも強い雷を落とされそうなので、止めておこう。
「まあ、ええや。緊急事態やし」
「緊急事態?」
「ライトに警備委員から連絡が入ってん」
私たちも内閣と同じ省庁のようなものがあり、それらは委員と呼ばれるのだ。それぞれの委員に統括を担当するハンドがいて、警備を担う警備委員は『正義』のスペードの管轄だ。
「監視カメラから石英高校校舎内に不審物が4つ。生徒も教師もおらんし、物体も動いてないから被害はないけど……嫌な予感がするって桜が言ってる」
桜の勘は鋭いらしく、本人の自信とは裏腹に当たることがほとんどだと言う。
「それにライトも何か言ってる。とりあえずみんな向かわすように連絡送った。芹も悪いけど手伝ってくれへん?」
「お安いご用!」
ハートという役職のせいで最近派手な仕事がないから不満だったのだ。泊まらせてもらう代わりに成敗してやるのも悪くない。そう決まったのなら早速着替えないと。私は高鳴る胸を抑えて洗面所に向かった。
「――とりあえず順番に名前言っていこか。瀬木晶乃」
「前田芹おるよ~」
「小阪桜います!え、えーっと……」
「中川……明日香……いますぅ」
「明日香おきんかい!」
「いやいやいや。あっちの方が……酷いと思、う……」
「悠莉ちゃん何か言われてんで~?あ、川手篝いまーす」
「し……すぅ」
「悠莉、起きろー!」
「えと……井上翔志います」
「尾崎ライトいます!」
「よし、全員おるな。……複数名寝かけてるヤツとかおるけど」
「は、はは……」
瀬木ちゃん、お願いだから冷たい視線をこちらに送らないでほしい。てか、悪いの明らかに私じゃないよね?明日香と悠莉だよね?
「……まあ、とりあえずライト、現状報告」
「おう!……連絡によると不審な物体は4つ。外見は……おもちゃの兵隊の等身サイズ」
「何やねんそれ!」
「とりあえず4つに別れなな……。どう分かれる?」
「そんなん決まってるやろ……役職で分かれる!」
「へっ?!」
「はあ?!」
その時『正義』ペアが異様なまでに反応した。
「どうしたん?何か問題でも?」
「ありまくりや!瀬木はコイツと俺が合うとか思ってるんか!?」
「それはこっちのセリフやわ!」
明日香がここまで露骨に嫌がるのは珍しい……。いつもなら物事を円滑に進めるためならば多少嫌でも我慢するタイプなのに。
「そんなに嫌なんやったら私が明日香と行って、瀬木ちゃんが尾崎と行けば……」
「何言ってるんや。体術と魔法。これ以上にお互いの欠点を補えるペアの組み方はない」
異論は認めん、と目が物語っている。こういうことに関しては物わかりの良い明日香は盛大なため息を吐いたものの、こくりとうなずいた。尾崎も渋々といった感じだがうなずく。
「じゃあ、ええな?じゃあ開始!」
瀬木ちゃんの合図で私たちは4つに散らばった。
「う~ん、大丈夫かな?」
瀬木ちゃんの圧力で言うことを聞かせたもののやはり『正義』の2人が心配だ。さすがに人様の学校で喧嘩はしないと思うけど……。
「あの2人なら問題ないやろ」
「いや、確かに個々で見たらむっちゃ強いと思うねんで?でも、いざという時に協力してくれるかどうか……」
「……明日香がどうなんか知らんけど、ライトは言われたことはきっちりやるタイプやから例え嫌でもやり通すやろ。それよりも……私たちにお出迎えみたいやで?」
瀬木ちゃんはそう言うと、剣を抜く。鴨の短剣に似た雰囲気を持ったその剣は神々しい気を放っている。私もゆっくりと夜想曲を抜く。がちゃ、がちゃ、と機械が歩くような音がどんどんこちらに近づいてきた。
「囮は私がしよっか?」
「頼むわ」
「じゃあ行くで。……せーのっ!」
私は地面を蹴り敵がいるであろう角を曲がる。情報通りおもちゃの兵隊のようなヤツがいた。全体的に赤でまとめられている。――まるで私たちのためだけに用意された敵みたいだ。
「たああっ!」
一気に腕に向かって斬り込む。腕が折れてくれたらベストだったが、カキン、と固い音がして阻まれる。だが、私は囮。隙さえできたなら役目は全うした。
「瀬木ちゃん、今!」
「わかってる!輪舞曲『第1楽章・グリン』!」
瀬木ちゃんが剣を降り下ろせば、敵は一閃され真っ二つになった。
「やった?」
「う……芹、バック!」
慌てて後ろに避ければさっきいた場所に剣が下ろされた。敵がいたところを見やれば、絵の具のような赤いドロッとした液体が斬られたところから溢れだしている。
「うわっ、グロ」
「そんなこと言ってる場合やない」
見れば液体のせいで真っ二つになった体は引き寄せられ、そして……。
「元に……戻った!?」
「倒しても復活するのか……厄介だな」
苦い顔をして言う瀬木ちゃんに同感する。そしてインカム型トランシーバーに、
「お前ら、聞こえてるか!今聞こえた通り、敵には攻撃しても無意味。とりあえず敵の動きを封じて……」
『了解。……サンダガ』
『おいおい!勢い強すぎてアイツまたぶちまけてるやろ、アホ!』
『最初蹴り一発かまして絵の具だらけになったお前に言われたくないわ』
『悠莉ちゃん、楽しくなってきたな?』
『ノーコメント』
『と、とりあえずカウンターで』
『攻撃なら防ぐの余裕ですけどこのままだとジリ貧になる可能性が……』
どうする?一体どうすればアイツを……。
「デハ、貴方サマノ『相性』ヲ試シマショウ!」
「な、何やいきなり……」
「……ん?」
相性。恐らく敵が言ってるのは私と瀬木ちゃんの相性。なら……。
「瀬木ちゃん、考えがあんねんけど!」
「何?」
「2人で同時にアイツを攻撃しよう!」
瀬木ちゃんは驚いた顔をしたが、何か察したらしく、こくんとうなずく。
「いいか、敵の隙を突く!1回相手の攻撃を左右に避けてそれから追撃や!」
「了解!」
と、敵が銃を構えこちらに向けてきた。瀬木ちゃんは右、私は左に避け、敵の背後に回った。……今!
「「せーっのっ!」」
「輪舞曲『第1楽章・グリン』!」
「夜想曲『第1楽章・ゾーク』!」
強い光を放つ剣と深い闇を纏う剣が兵隊を貫いて――。
「アナ、貴方サマノ『相性』確カニハ、拝見サセテイタダキマシタ……キ、機会ガアレバ」
「残念ながらそんな機会は無いな~」
私は笑って、兵隊の心臓部を切りつける。1回同時攻撃をすればもう復活能力は無くなるらしく、兵隊は何とも形容しがたい声を出して、動かなくなった。私と瀬木ちゃんはそれを確認してゆっくり剣を下ろす。
「今度こそ、終わった……?」
「そうみたいやな」
「じゃあ……とりあえず」
私が手を挙げれば、瀬木ちゃんも手を挙げる。パンっといい音がして見事なハイタッチが決まった。
「それにしてもアイツは何もんやってんや……」
「それよりも先に攻略法を連絡しよう!」
「そ、そうやな。……おい、聞こえてるか。敵の倒す条件がわかった。『同時に倒す』ただそれだけだ。隙をついて一気に叩け。ええな?」
そこまで言うと瀬木ちゃんはインカムを取った。おそらく向こう側の口論などを聞きたくなかったからだろう。
「芹、お疲れ様」
「瀬木ちゃんもなっ」
私たちはもう1度ハイタッチを決めた。
「同時に攻撃せな倒されへん?!」
「はあ?!コイツととか絶対無理!」
「それは俺の台詞や!」
とか言いつつも私も尾崎もそれしか方法が無いことは薄々感づいていた。だってさっきから渡り廊下が壊れそうな勢いで攻撃を繰り出して復活させる暇を与えないようにする作戦をとっているが、一向に効き目が無いからである。非常に不本意だがやるしかないと思う。
「尾崎、こうなったらやるしかないで」
「何言ってんだよ、もしかしたら他に方法が……」
そう言いつつ敵をまた蹴り飛ばした尾崎。青い兵隊は項垂れているがまた復活することだろう。
「はあ?そんなんめんどくさいだけやん!」
「お前いっつもいっつもめんどくさいばっかりやな!そんなにめんどくさいんやったらもう帰れよ!」
確かに尾崎の言う通りで私は言葉に詰まった。けど……ここで引いたりなんか、しない。私は尾崎の胸ぐらを掴み挙げる。もちろんできてるのは強化魔法のお陰なんだけど、尾崎が驚くには十分な要素だったようだ。
「――確かにめんどいよ。でもな、ここで私らが敵ほったらかす方がよっぽどめんどいし嫌やろ!」
しばらくシンとした静寂が続く、が、やがて尾崎はため息を吐き、
「お前めんどいめんどい言うけど……1番めんどいの多分お前やわ」
「はあ?!」
心外である。少なくともコイツや芹よりは常識人という自信があるのだが。
「まあ、ええわ。――一気にカタつけるで。今さら準備できてへんとかないよな?」
「まさか」
敵がどんどん絵の具もどきによって修復されていく。完全に直る……1歩直前。
「今や!『風斬』!」
「ウィディア!」
見事な回し蹴りと荒れ狂う風が兵隊を襲う。ガチャアァァァン!とガラスが割れたような音が響くと、兵隊が粉々に砕け散っていた。復活する兆しは……ない。
「うぉっし!」
「こちらスペード組。敵やっつけました~」
バラバラでしまり悪いけど……こんなもんか、とか思ってたら。
「おい!」
そう言って尾崎が拳を突き出してくる。……これは漫画でよくやられているあれをするという意味だろうか。私も拳を突き出せば、2つの拳はぶつかり、コツっと少し固い音をたてた。
「お前、中々やるな。まあ、俺の方が強いけど」
「……どの口がそんなこと言うねん。私の方が強いわ」
軽口は叩くものの、お互いの表情は笑顔だった。
「……明日香はやったみたいやな」
「何やかんやであの2人も仲良いんちゃう?こっちもさっさと終わらせよう!」
「そうやな」
早くできた方が勝ち、とか戦いはそんなんじゃないけど、最下位というのはなんだか嫌だった。黄の兵隊は相変わらず武器を振り回してきて、私たちに武器を構える暇さえ与えない。
「まるでこっちが魔具使うのわかってるような戦いぶりやな……!」
「まあ、剣と銃構えてる時点で大体予想はできると思うけど……」
それにしても魔具を使う人相手の戦い方が上手すぎる。この兵隊を作ったヤツは中々の強者だろう。ぜひその技術を私たちを邪魔するのではなく、協力する目的で使ってほしいところだ。
「っ!」
いきなり兵隊がこっちに剣を下ろしてきて、慌てて安物の銃で受け止める。
「悠莉ちゃん?!」
「これくらい大丈夫」
とは言え、このままでは耐久戦になる。となれば、不利なのは明らかに人間である私たちだ。こうなれば……私はポケットからある魔具を出して縮小化を解除した。明日香が境界に穴を開けた魔具――M082だ。本当は使いたくないが致し方ない。腰を落として、標準を兵隊に合わせる。
「己片、離れて!」
「ん?って、えぇっ?!」
己片は私の方を見ると目を見開いて直ぐ様飛び退いた。私はそれと同時に引き金を引く。
「M082、発射――!」
瞬間、とんでもない光線が兵隊を貫く。私と言えば結構へとへとだった。魔力を一気に消費したためである。こんなのを使っていたのに明日香はよくぴんぴんしてたものだ――。煙が晴れれば、兵隊が泥々になって溶けていた。しかし、また復活するのだろう。だが、チャンスは今だ。
「己片、行くで!」
「はいはい、女王様」
私は素早く武器をM082から愛用の銃――M-∞に入れ換える。己片も陰陽刀を力強く握る。
「M-∞、ギミック1『トリプル』」
「五行、水の加護『柳水』」
1弾に3発の威力が籠った弾と、水の魔法を纏った双剣。それがあんなおもちゃなんかに……負けるワケがない。再び見た時、兵隊は鉄屑の残骸になっていた。
「うぉっし!」
「――会長、終わった。うん、帰る」
連絡を終えたから後は帰るだけだ。と、己片が剣を片方こちらに向けてきた。……どういうことだ?
「ほら、悠莉ちゃん!成功を祝うためにハイタッチならぬ武器タッチ!」
「武器タッチ?」
つまり、ここに私の銃身をぶつけろと?……正直に物凄く嫌だ。そんなことして万が一のことがあったらどうしてくれるんだ。しかし、これをやらないとどうもコイツはここから離れそうにない。仕方ない。私はため息をついて、
「これが最初で最後やから。銃身傷付くし」
そう言って、軽く銃身を双剣の片方にぶつけた。
「小阪、攻撃できるもんとかある?」
「ぶ、武器とかはないけど魔法はちょっとできるからそれで衝撃波出せば……」
「じゃあそれで。僕はやっぱり……」
そう言って僕はポケットから短剣『テーゼ』を取り出した。
こんなに悠長に会話が出来ているのには理由がある。僕が半径5メートルほどの障壁を作り出しているからである。今のところ問題はないようだが、なぜか小阪からの視線が痛い。……おそらく疑われているのではないだろうかとわかってはいるが、今はそんなこと気にしている場合ではない。兵隊は銃を乱射してきているようだが、銃弾のすべてが障壁の前で散らばっている。
「やるなら障壁を解いた瞬間。やから小阪が準備できたら合図して。魔法解くから」
「う、うん」
うなずく小阪の動作は固い。思えば彼女だってまったく戦闘タイプではないのだ。怪我をしてもすぐ治せるとはいえ、不安要素の方が大きいだろう。――もっとも、僕はあんまり気にしていなかったりする。彼女だって結局はハンドのメンバーなのだから。
「そっ、そろそろいくから……!」
「うん」
「……せぇーのっ!」
小阪が声をあげた瞬間、僕は手を挙げ、障壁を解き兵隊に向かって飛び出す。小阪はよく中川がするような手のひらを前につき出す格好をとった。
「おおぉぉぉぉ!」
「ブレード!」
魔法でできた風の刃が兵隊の体全体を切り裂き、ナイフが心臓部を貫く。ギギ、と機械っぽい音をたて、兵隊は動かなくなった。
「――みんな、よくやってくれた。闇の皆さんも協力ありがとね」
瀬木がそう言って笑えば、闇の皆もぺこりと頭を下げた。こうしてみると闇の人が悪者だとは僕は到底思えない。悠莉ちゃん可愛いし。
「みんな他に怪我はありませんか?」
「ないんやないかな?」
「なら、よかったです」
鴨がホッとしたように笑う。きっと彼からすればさっきの戦いよりも今の治療の方が大切な仕事なのだろう。闇サイドは可も以外治療できる人がいないっぽいし。
「ところで、敵の手がかりはあった?」
「「………………」」
「やっぱりそうか……」
瀬木はあらかた予想はつけていたらしく、わかったようにため息をついた。と、何か音がして僕たちは後ろを振り向いた。後ろ――倒した兵隊を縛っておいている!
「川手、ライト戦闘体制!」
「明日香、悠莉行くで!鴨、念のために防御!」
各々が剣を抜いたり構えをとったが、兵隊が何かする兆しは見えない。しかし、油断は禁物だ。と、赤い兵隊から男の声が流れてきた。
『――あー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。聞こえてる?』
「……何……?」
『あ、聞こえてるみたいだね~』
みんなぎょっとして一斉に周りを見る。当たり前だ。向こう側だけこちらの様子がわかるということは敵は案外近くにいるかもしれない。
『ちょ、そんなキョロキョロしないで。そんなとこに僕たちいないからさ――あ、東雲に代わるね!』
『……代わった東雲だ』
さっきのハイテンションとは真反対の淡々とした口調。また緊張感が高まってきた。
『とりあえず、刺客を送って君たちの技量を計ったことをお詫びする。しかし――予想以上だった。お前たちは『大人』より我々の強敵となることだろう』
『青の兵隊なんかもうボッコボコだしね~。どう頑張っても修復不可能だわ、こりゃ』
『混ざるなねるね。……失礼。改めて自己紹介をしよう。――俺たちは『間者』!光にも闇にも属さない中立の種族。俺たちが追い求めるのは……』
『『破壊』と『再生』の2つの供物』
『――明日、『アエリデキューブ』を聖誕祭会場から奪う。そしてその1週間後の闇の聖誕祭、そこで『ロレステキューブ』をいただく!……その前に』
『君たち一緒にいると結構厄介ってわかったんで、闇の人たちは元のとこに返してあげるよ!』
「ま……待て!」
芹が兵隊に向かって手を伸ばす。だが、そんなこと無意味だ。顔も知らない『間者』たちは……ここにいないのだから。
『じゃあ、皆さんまた会いましょう!――イッツショータイム!』
兵隊からまばゆい光が放たれたかと思うと、僕たちの意識は遠くなっていった。
「……やられたな」
「……くそっ」
瀬木ちゃんが廊下に拳をぶつける。こんなに感情を露にする瀬木ちゃんは珍しくて、みんな戸惑っていた。――ここは、私が何とかしなきゃ!私は瀬木ちゃんの手をとる。
「瀬木ちゃん、止めよう?そんなことしたって手が痛いだけだよ。それよりも今は聖誕祭をどうにかするのが大事なんじゃない?」
「そうそう!アエリデキューブ?とか言うヤツをバシッと俺たちで守ればいいだけやんか!」
「ライト、アエリデキューブがどんなんかわかってるん?」
「それくらいわかってるわ!えっと……聖壇の真ん中にある……白いヤツやろ!」
「……うん、間違ってはないな」
2人の会話を聞いて、私たちは吹き出した。ライトはちょっと不満そうだったけど。そうだ、へこんだって仕方がない。とりあえず今は聖誕祭を無事に終わらせるんだ!
「帰って……来た?」
「みたいやな。しかもご丁寧なことに生徒会室や」
皮肉満載で明日香が吐き捨てる。
「1週間後……こっちに来るって言ってたな」
「うん……絶対阻止すんで?」
「言うと思ったわ……」
「まあ、今回ばっかは……」
「頑張ろうな」
4人で笑いあって決意を固めていると、バタン!と勢いよくドアが開き息を切らせて入ってきたのは……。
「纒先生!」
「……アンタら無事でよかった!」
そう言っていきなり抱きついてきた。……どういう状況?私的にはむしろ境界を壊してむっちゃ怒られると思ってたんだけど。他のメンバーもそうらしく、みんなクエスチョンマークを浮かべている。
「えーと……纒先生?」
「もー!光にスパイに言ったって聞いた時は肝が冷えたで……」
「す、スパイぃ~?」
一体誰が……ま、いいか。事実を知られるよりはマシだ。
「で、纒先生何しに来たん?」
「何しに来たんはひどない?……まあ、アンタら元気そうやしいっか」
『国会議事堂行くで。報告会や』
――『ロレステキューブ』は『破壊の象徴』。『アエリデキューブ』は『再生の象徴』。2つの物によって目覚めるは――。