【第1ステージ・邂逅】
ある日突然、世界に魔法という概念が生まれると同時に世界が大きく2つに裂けた。
政治も変わっていく。権力が年代ごとに分割されるようになり、学生の中で最高権力を握っているのはこの黒曜高校の生徒会『ハンド』なのは間違いないだろう。『ハンド』は晴嵐高校の教職員プラス生徒による壮大な選挙で、まず『ハート』――生徒会長が決められる。そして生徒会長として選ばれた人物が自分の部下として相応しい『スペード』、『クラブ』、そして『ダイヤ』を選抜する。ハート以外に役職の規定は無いが、代々スペードは書記、クラブは会計、ダイヤは副会長をすることが主である。だが、役職を決める時、重要となるのはそのマークが何を象徴しているかである。
ハートが表すのは『心核』。字のごとくいないと全体が機能しないほどの偉大な人物。
スペードが表すのは『正義』。ただ優しくするのは正義ではない。真偽を見定めるような鋭い観察眼を持つ人物。
クラブが表すのは『知能』。その知識でハンドをより良い方向に導いていける人物。
ダイヤが表すのは『偶像』。聞こえが悪いが侮ってはいけない。何事も目に見える象徴がなければ認められない。ダイヤが存在するからこそハンドが崇拝されると言っても過言ではない。みんなの目を惹くような人物。
今年ハンドは30代という記念すべき年を迎えた。ハートは前田芹、スペードは中川明日香、クラブは井上翔志、ダイヤは河上悠莉が務めており――。
「ははは!やばっ、これ面白すぎ!」
スペード――明日香がある1枚の紙を見て爆笑している。また何かしてサボっているようだ。
「お前は仕事しろって!」
「いやいや芹さん。これマジでおもろいから。見てみ?」
明日香の出してきた紙を悠莉と翔志こと鴨(1回自分は生徒会のカモだ、という発言をしたことによりそう呼ばれるようになった)も覗き込む。
「社研新聞30周年記念号?」
「そうそう。知らんかってんけど、今年でこの高校30周年やねんて。で、記念号出すから検閲頼まれてんけど……中身が傑作やねん!」
明日香はまた笑い出す。よっぽど面白かったのか。まあ、明日香は元々笑いの沸点が低い節があるが。
「特に生徒会のとこ!芹が偉大とか……ははっ、提出物出さんヤツのどこが……」
「う、うっさいねん!アンタがスペードの方がおかしいわ!」
「いやいや、新聞に書いてる通り私選んだん芹さんやから。あん時心地よく寝てたのに起こしてきたんは芹さんやん!」
「まあ、無理矢理連れてこられたのは納得」
「ひど!?鴨はそんなこと言わんやんな?!」
「え……いや……無理矢理ここに引っ張ってきたの誰ですか?」
鴨にこれまで言われるとは……。うなだれると、明日香が愉快そうに笑ってる。ムカつく、そのヘラヘラした顔どうにかしやがれ……。
「まあまあ。何やかんやで芹はスゴい人ってことやんな~!」
「そうそう。会長スゴーい」
「……ま、まあなっ!私スゴいから!」
「言いくるめられてますけど、会長……」
鴨、細かいことは気にするな、禿げるぞ。と、ベルが鳴った。これは〈学生エリア〉のどこかで問題が起こった時に鳴る。私はパネルを起動させる。目の前にパネルが現れて表示されたのは……。
「また境界異常?」
「今月何回目ぇー?『大人』のお偉いさんは何してるん?」
「2人共、悪いのはこちらじゃないかもしれないんだし……」
不満を言う悠莉と明日香をなだめようと鴨がフォローを入れる。私はパネルをタッチして詳しい内容を見る。どうやら境界の一部分だけ空間の歪みが起こっているようで、現在〈大人エリア〉から人材が派遣されて今修復中、とのこと。ようするに直してやるからお礼持ってこいやぁ、ってことだろうか。……めんどくさい。
ここでこの世界の仕組みについて説明しておく。ある日、世界に魔法という概念が生まれ人類は空想上のものだと思われていた魔法が使えるようになった。人々は大いに喜び、それに伴って科学も目覚ましく発展した。そこまではよかったのだ。しかし、神様は何を思ったのか人類を光か闇、どちらかの魔法しか使えないようにしたのだ。魔法が深く根付いて来たことにより光の魔法を使う者と闇の魔法を使う者の間に大きな亀裂が生じ――ついに人々は争うようになった。国籍、性別、年齢は関係無い。魔法によってすべてが分けられた戦争だった。長らく続いた戦争だったが、『間者』という存在が介入してきたことにより今から30年ほど前、条約が結ばれようやく終戦を迎えた。だが、実質休戦状態のようなもので、魔法で作られた結界が成層圏まで張られている境界では常に兵士が目を光らせているのが現状である。教育だってそうだ。相手の民がどれだけ悪いヤツなのか、率直に言えば『刷り込み』が幼稚園の頃から行われているのである。ちなみにハンドのメンバーにはその『刷り込み』にまったく影響を受けなかった人物を選んだつもりである。そして今現在、僕たち
は富士山で隔てられた境界の西側――闇サイドに住んでいる。
闇、というと暗いイメージがあるかもしれないが、決してそんなことは無い。普通に人間が明かりのある下で生活している。そもそも光と闇で分けられたところで、元は同じ人間なのだから当然だろう。現在、政治の核はこの日本に集まっている。闇サイドでは政治が年代ごとに別れている。0から12歳までは『子ども』。しかし、形式上で別れているだけで政治をしてないに等しく、実際、これといった会議などもない。13から高校生の18歳までが『学生』。今の私たちがこれに当たる。『学生』になると親のもとを離れて皆それぞれの学校の寮に入る。『大人』と同じくらいの勢力に成長してきているのがここである。生徒会が地方分権の一端のようなもので、本部はもちろんここ、黒曜高校の生徒会『ハンド』である。大学生の18歳から50歳までは『大人』。察しの通り、全体の中で最高権力を握っている。内閣は大人が参政権を持つ選挙で選ばれる。最後に50歳からは『老人』。これは内閣の一部でご意見番のようなものである。よって行政を担当するのは大半が『学生』と『大人』なのである。以上、説明終了。
「どうするの芹さん、また視察?」
「ふっふっふっ……皆さん。そのことで提案があるのです!」
そう言えば3人に思いっきり顔をしかめられた。いや、ホントのことだってば!
「うわぁ……嫌な予感しかせえへんわ……」
「私パスな、会長」
「何も言ってへんのにいきなりそう言うの止めてくれる?!」
「で、会長は何を企んでるんですか?」
「鴨まで……まあ、率直に言うとね!」
『光サイドに行ってみいへん!?』
「……はあ?」
「境界異常に巻き込まれました~ってことにすれば問題ならんと思うし!それに……向こうの人とも会ってみたいねん。絶対大人がよく言うような悪人ばっかやないと思うねん!で、上手くいったら私たちが架け橋になれんかなぁ、と」
「―――――しょうがないなぁ」
最初にため息を吐いてそう言ったのは明日香だった。
「ほっといたら芹ほんまに1人で脱け出してでも行きそうやん?ゲームみたいで面白そうやし」
「え~、明日香行くん?」
「悠莉ちゃんは行かんの?」
「だってめんどいし。てっきり明日香はこちらやと思ってたのに……」
「何言ってるん。私は『スペード』。芹さんの部下やねんから、上司の言うことはちゃんと聞かな!」
そう言って笑う明日香を見て、悠莉が不服そうな顔をする。自由奔放そうに見えて、与えられた命令はどんなものであれ結局文句を言いながらも受け入れる明日香と、本当に自分の気分で物事を決めてしまう悠莉。普段はめんどくさがり同士で気が合ってるとは言え、ここで意見が食い違ってしまうのは致し方無いことのような気もする。
「えー、ゆーうーりぃー。いーこーうーやー」
「嫌」
「光サイドやで?闇サイドには無い珍しい魔具があるかも……」
そこでピクッと悠莉が反応した。さすが魔具を扱う天才。こっちに反応したか。
「悠莉ぃ~?」
「……こんなこと今回限りやから」
「よっしゃあ!」
1番の難関キャラを攻略して、思わずガッツポーズを決め込んでしまう。と、鴨が自分を指差して、
「あの……僕は?」
「「「え?」」」
「鴨は元から行くの決定やろ?」
「行く以外に何かあんの?」
「鴨は強制に決まってるやろ!」
「……僕って結局そんなキャラですか……」
鴨が何か呟いたけど、ぼそっと言うものだからよく聞こえなかった。明日香が『気にしたらあかんって!』と肩をバシバシ叩きながら(力の加減というものを知らないのだ)言っていたから、いつもの卑屈発言だったのだろうか。
一方、その頃。
「あ、瀬木ちゃん」
「どうしたん?」
「また境界異常やって~」
「またか……川手とライトは?」
「篝はどっか行って、ライトは部活やけど……そろそろ帰って来るかな?」
「なんやねん、どっか行ったって…………。最近多いなぁ、何もないとええねんけど」
「大丈夫やって!あ、私校長先生に今月の報告書渡してくるな~」
「了解~」
そしてまた舞台は戻る。
「で、どうやって境界突破するん?そこそこ頑丈やからな、これ」
そう言って明日香が境界を叩く。幾つもの魔法を重ねてできた境界はもはや分厚いガラスのようになっていて、人間は通れないようになっている。
「境界異常やねんから、原因を探るために今は境界は薄くなってるハズ。やとしたら……私たちやったらぶち抜くことができるとも思わへん?」
「まあ、主に頑張ってもらうのは明日香やけど」
「え、私?!」
「目には目を、歯には歯を、魔法には魔法を、や!と、言っても魔具使ってもらうねんけどな」
その発言を合図に有理は明日香に一見バズーカに見える魔具を渡した。明日香が首を捻る。
「芹さん、私が超コントロール下手くそで悠莉ちゃんのお気に入りのヤツくらいしか使われへんの知ってる?」
「それくらいわかってるわ」
明日香は莫大な魔力の持ち主だが、魔力の調節が下手なので魔具を使おうとすると一気に魔力を注いで、魔具が許量オーバーになってしまい、安物だとすぐ壊れてしまうのが常だった。しかし、これは違う。
「これは最新式バズーカ型M082。消費魔力1500」
「燃費悪すぎやないか!?」
鴨の言うことも尤もだ。元々、魔具は魔力の消費を抑えようと考えて作られたものだから消費魔力は20から多くても100程度である。1500という数値は圧倒的に多すぎて、大人でも1、2発が限界だろう。しかし、家のスペードはひと味違う。
「1500?それやったら100発くらいは撃てると思うけど?」
そうやってけろっと言いのけてしまうのが明日香である。てか、100発撃てるとか……少なくとも最大魔力値は15万はあるのか。本当に明日香の魔力は規格外だ。
「まあ、中川なら大丈夫やろうな……」
「何や鴨、私のこと信用してないん?」
「いや、そんなワケじゃ!お願いだからそれこっちに向けないでください!」
「大丈夫、特注品だから壊れはせえへん自信ある。明日香、テストがてらぶっぱなして」
「了解!」
明日香は不敵な笑みを浮かべると、腰を少し落としてバズーカを構え、見事にぶっぱなした。轟音が鳴り響き、あれだけ何も通さないと有名だった境界に私たち5人が余裕で通れる穴が開いた。……うん、確かにこの威力では燃費が悪くても致し方無い。あと、これはよっぽどのことがない限り使用禁止だ。
「お~、開いた!……ん?」
「あれ?」
「体が……」
「引っ張られてる?」
なぜか私たちは進んでもいないのに、境界に近付いていた。ちなみに境界の先は真っ暗で見えず、まるで異次元である。
「ちょっ、待って?!境界がブラックホール製とか聞いてないわ!」
「変なこと言うなって!ほんまにブラックホールやったら僕たちぺしゃんこですよ?!」
「悠莉、なんか切り裂ける系の魔具は?」
「残念、銃しかない」
「何でお前はそんな余裕やねん!……って、うわあぁぁぁぁ?!」
私たちはそのまま境界に吸い込まれていった。
「――――おい、起きろ」
「痛っ」
ぺち、と地味に痛そうな音がすると、巨大なディスプレイの前でうたた寝をしていた男は目を覚ました。だが、まだ完全には起きていないらしくディスプレイの光しかない部屋でうとうとしている姿が浮かび上がっていた。起こした男は呆れたように男を見る。
「まったく……ちゃんと仕事したのか?」
「はいはい、しましたよ~。ちゃんと闇魔法型転移装置を起動させて闇サイドのハンドたちは命令通りの場所にお送りしましたー」
「なら、いい」
「それにしてもビックリ!闇サイドの『正義』の女の子?M082で境界に穴開けちゃったから焦りましたよ~。あと何センチかずれて撃たれてたらあの装置お陀仏でしたね~」
僕もあんなことができたらな~、となおも喋り続けそうな男に、
「じゃあ、次の仕事な」
と、容赦なく紙の束を突きつける。
「えー、また仕事?」
「毎日10時間も寝てたら十分だろう。働け」
「お腹空いた~」
「お前それで過去何回サボった?」
「今回は本当ですぅ~。ではさよならー」
「あ、おいっ!」
いつの間にか転移装置を起動させていたらしく、男の床から光が浮かび上がり、そして消えていった。今頃本人の言ったことが嘘でないならばリビングにいるだろう。
「ったく、ねるね……後でシメる……」
忌々しげに男はそう言うと、机の上に資料を乱暴に置いて、部屋をあとにした。
彼の名前は東雲。光と闇、どちらにも属さない情報屋である。
〈続〉