第1話 お葬式
眼下には、にぎやかな街並みがどこまでも広がっていた。
ビル群の光が、夜の闇を眩しいほどに煌めかせている。四十九階建てのビルの屋上にしゃがみ込んで地上を眺めていた男は、何かに気付くと、三度笠をわずかにずらした。
「ん、始まるのか」
星々と夜空に同化するような漆黒の姿は、まるで人ならざる者のよう。きらめく地上を一瞥すると、その背中の黒い片翼を広げた。
身体よりも大きな翼からふわっと羽が抜け落ち、ビルの下へ舞った。次の瞬間、そのまま身を宙に投じた。
「ったく、めんどくせーなあ」
その左側だけの翼で上手くバランスをとりながら滑空し、見渡す様にゆっくりと地上に降り立った。そっと翼をしまう。そこは人通りがある商店街で、夜でも活気があった。袴のポケットに手を突っ込み、散策するように練り歩いた。
街を行く人々は、楽しげに笑い合っていた。酒の缶を手に、下品な笑いをして盛り上がっていた一団が、その男の体をすり抜けていく。
「おっと、俺様の体を無断ですり抜けんじゃねえ!」
当然ながら一団は反応せず、何事もなかったように笑いながら通り過ぎていく。男はちっと舌打ちをしたが、あまり構わずに下駄をカラコロ鳴らしながら、足早で目的地に向かった。
そこは、葬儀場だった。明るい商店街とはまるで正反対で、辺りはシンと静まり返っていた。『まごころセレモニーホール』と書かれた看板を一瞥し、建物の中にそっと入った。
「あんなに馬鹿みたいに騒いでいる奴らもいるのにな」
哀れみや怒りでもなく、淡々と男は言った。厳かな雰囲気の中ではゆっくりと歩いた。受付の前で足を止めると、
「あのおー、律花ってやつ知らないですか?」と尋ねた。
しかし反応はない。男はカウンターに肘をつき、身を乗り出して続けた。
「ねえねえ! 律花って知らない!? 俺の五億八千二百五番目のクライアントなんだけどー。ん? あ、そっか。俺、死神だから、生きてる人間には見えないのか!」
死神は自分の頭をコツンと小突いた。
受付を通り抜けて、辺りをキョロキョロと見回した。すると奥の部屋からすすり泣く声や、悲鳴にも似た号泣が聞こえてきた。
「あ、ここか。いたいた。おーやっぱり地獄絵図」
三度笠の奥で、死神はにやりと口元を歪めた。
部屋の中央には棺が置いてあり、若い女性が眠っていた。棺の周囲を大勢の参列者が取り囲み、それぞれが悲しみに打ちひしがれている。時折、名前を呼ぶ絶叫が部屋を震わせた。まるで凍り付いた空間で、男だけが不敵に笑っている。しかし誰一人として、その男を認識できない。
「律花……」
参列者の大毅が呟いた。顔面蒼白で頬はこけ、ひどくやつれている。棺の中に眠るのは妹だった。冷え切った頬を触れようと手を伸ばすが、震える手は躊躇して髪を撫でた。その髪もパサパサで、精巧な人形にさえ思えた。その隣では、母親が両手で顔を覆い、嗚咽を堪え切れずにいた。
「律花……どうして。なんで」
母は顔をあげることすらできない。
その様子を眺めている薄ぼんやりとした影があった。棺の中に眠る女性と、まったく同じ顔をしている。棺の女性は死装束を纏っていたが、その影は白いパーカーに、ゆるめのデニムズボンを履いている。
死神はその影に近づいた。影は死神に気付くと、伏せていた目を大きく見開き、思わず声を漏らした。
「あなたは……」
死神は背が高く細身だった。着物を纏い、下駄を履いている。三度笠を深く被っていて、その顔は伺い知れない。全身真っ黒なその姿は明らかに異様で、不気味なオーラを放っている。だからその影――律花はすぐにピンときてしまった。
「まさか……死神なの?」
「いかにも」
「……私、死んだんだね?」
「ああ。それも自ら」
「…………」
「お前が律花だな?」
「なんで私の事を知ってるの……?」
「哀れなもんだよ」
表情は分からないが、死神は静かなトーンで言った。
「放っておいて」
「いや、悲しんでる奴らがだよ」
「え……」
「お前は自分で決めたのだから、納得してるんだろ」
「……納得とかそういうことじゃない」
律花は目を逸らした。
「よう分からんけど、死にたいんじゃなかったのか?」
「そうだけど……」
「ふーん」
興味なさそうに言うと、死神は背負っていた鎌を持った。
「な、何それ……!?」
「ここじゃお話にならないからな。とりあえず冥土行くぞ」
律花の反応はお構いなしに、死神は空を鎌で切り裂いた。すると、空間に切れ目ができた。禍々しい色をした深い闇がどこまでも奥に続いている。
「ん」
「ん……!?」
「いや、入るんだよ。ここに」
「なんで……!?」
「そりゃーお前もう肉体焼かれるからな。現世では器がないと魂は迷子になる」
棺の中で眠っている律花は葬儀スタッフに蓋を閉められていた。
「意味よく分からないけど……これから私、骨になるんだ……」
「早く入れよ、ほら」
「……嫌だって言ったら?」
「仕方ねえなあ。あんまりやりたくなかったけど……」
律花はとっさに身構えた。
「あ、あれなんだ!? UFO!?」
死神はそう言い律花の後ろを指差すと、律花はまんまと「え?」と振り返った。その瞬間、トンっと律花の背中を押した。その切れ目の闇の中へ真っ逆さまに落ちていった。




