ファントム・ポジション
幻肢痛。
失ったはずの手足に痛みを感じる症状である。
傷口ではなく、脳が『まだそこにある』と認識してしまうことで起こる。
存在しない部位が痛むため、触れても、冷やしても、痛みは消えない。
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「あっ!」
「んっ?」
トイレから教室へ戻る帰り道。
隣を歩いていた親友が、目を見開いた。
「ハルナ、また!」
「……おおう」
右手を取られ、私は自分の過ちに気づいた。
反省しよう。
私は、一か月前まで、俺だった。
理由は、分からない。
分かるやつがいるなら、今すぐ説明してほしい。
女子制服にも、スカートの下の心許ない感覚にも慣れた。
トイレも、お風呂も、生理も、最初は大騒ぎだったけど、今では問題ない。
しかし、私の脳にはいまだに、ひとつだけ厄介なバグが残っていた。
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(うーーー……。)
それは、いつどこで起こるか分からない。
ふとした瞬間に、脳が勝手に『昔の身体』を思い出す。
もうそこには何もない。
脳が誤認しているのだ。
ツルツルでスッキリしているはずなのに、脳が強烈な『違和感』を訴えかけてくる。
右寄り、だと。
そう、『ちんポジ』だ。
(落ち着け、俺……。いや、私!)
ちんポジ。
男性器の位置や収まり具合を意味する俗称。
それは、男なら誰もが行っている微調整である。
(自慢じゃないが、私は可愛い……。
この一か月で、告白を二度もされた)
下着の中で圧迫されない位置。
歩いても、座っても違和感のない位置。
ほとんどの男は、何も考えずに処理している。
(女になって分かった。
俺もそうだったけど、男は胸ばっかり見ている)
女性には一生理解できない悩みだ。
いや、今の俺は女だった。
(そんな私が授業中に……)
(ダメだ! 触るな!)
(今の私は美少女! イメージダウンになる!)
意識を逸らそうとする。
だが、ますます『ちんポジ』が気になってしまう。
黒板に書かれる数学の公式が、すべて右向きの矢印に見えてくる。
(うーーーっ!)
腰をわずかにもぞもぞ動かしてみる。
しかし、駄目だった。
「先生!」
「んっ? どうした?」
隣の席のイケメンが、突然立ち上がった。
「金剛さんの具合が悪いので、保健室へ連れていきます」
「……えっ」
どうやら、イケメンは魂までイケメンだったらしい。
男だった頃は、いけ好かないやつだと思っていたが、評価を上方修正しよう。
少なくとも、俺だったらできないことをやったのだから。
「ほら、行こう」
「あっ……。うん」
だが、男だ。
視線が、勝手に下へ向かう。
(お前はいいよな。気楽で……。)
そんなことを思ってしまった。
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「でさー」
「へー」
教室の窓辺に腰を預け、親友とたわいもない会話を交わす。
それは、前触れなくやってきた。
『警告:ポジションを今すぐ修正してください!』
脳内でアラートが鳴り響いた。
存在しないはずのモノが、右横に寄っている。
(うーーっ!? 最大級が来やがったっ……。)
限界だった。
長年培われた男としての生存本能に抗えない。
「ふーーーん」
「むっ、反応薄い」
親友の不満げな声を聞き流しながら、私は決断した。
幸いにして、私は今立っている。
座っていたり、歩いていたら困難だった。
「だからさ」
「そっかー」
スカートのポケットに右手をイン。
巧みな指さばきで『上』から『左下』へ。
幸せ。
もちろん、そこには何もない。
強いて言うなら、パンツのリボンがあった。
あまりの幸せに、もう一度繰り返す。
次の瞬間。
「ハルナ!」
いきなり親友がきつく抱きついてきた。
まるで、教室中の視線から私を守るように。
「えっ!? えっ!? えっ!?」
私は戸惑うしかなかった。
お昼休みの教室も戸惑いに包まれ、ぴたりと静かになった。
親友が耳元で囁く。
「教室で何してるの!」
「えっ!?」
「そういうことは、家でやりなさいよ!」
「えっ!?」
「我慢しなよ!」
「……あっ」
少し遅れて、親友が何を注意しているのか分かった。
確かに、傍目にはそういう動作に見えてしまう。
元男だった俺は、美少女になった初日にそれを学んでいる。
昨夜も学んだ。
顔が熱くなるのを感じた。
「ち、違う! これは右側に!」
「何が右側よ!」
「ほ、ほら、触ってみて! そ、そんなことしてないから!」
「ちょ、ちょっ!?」
私と親友は、百合の噂が立った。
ほんとごめんね。
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私と『ちんポジ』との戦いは、まだ始まったばかりだ!
第一部完!




