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ファントム・ポジション  作者: 浦賀やまみち


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ファントム・ポジション




 幻肢痛。

 失ったはずの手足に痛みを感じる症状である。


 傷口ではなく、脳が『まだそこにある』と認識してしまうことで起こる。

 存在しない部位が痛むため、触れても、冷やしても、痛みは消えない。




 ******




「あっ!」

「んっ?」



 トイレから教室へ戻る帰り道。

 隣を歩いていた親友が、目を見開いた。



「ハルナ、また!」

「……おおう」



 右手を取られ、私は自分の過ちに気づいた。

 反省しよう。


 私は、一か月前まで、俺だった。


 理由は、分からない。

 分かるやつがいるなら、今すぐ説明してほしい。


 女子制服にも、スカートの下の心許ない感覚にも慣れた。

 トイレも、お風呂も、生理も、最初は大騒ぎだったけど、今では問題ない。


 しかし、私の脳にはいまだに、ひとつだけ厄介なバグが残っていた。




 ******




(うーーー……。)



 それは、いつどこで起こるか分からない。

 ふとした瞬間に、脳が勝手に『昔の身体』を思い出す。


 もうそこには何もない。

 脳が誤認しているのだ。


 ツルツルでスッキリしているはずなのに、脳が強烈な『違和感』を訴えかけてくる。

 右寄り、だと。


 そう、『ちんポジ』だ。



(落ち着け、俺……。いや、私!)



 ちんポジ。


 男性器の位置や収まり具合を意味する俗称。

 それは、男なら誰もが行っている微調整である。



(自慢じゃないが、私は可愛い……。

 この一か月で、告白を二度もされた)



 下着の中で圧迫されない位置。

 歩いても、座っても違和感のない位置。


 ほとんどの男は、何も考えずに処理している。



(女になって分かった。

 俺もそうだったけど、男は胸ばっかり見ている)



 女性には一生理解できない悩みだ。

 いや、今の俺は女だった。



(そんな私が授業中に……)


(ダメだ! 触るな!)


(今の私は美少女! イメージダウンになる!)



 意識を逸らそうとする。


 だが、ますます『ちんポジ』が気になってしまう。

 黒板に書かれる数学の公式が、すべて右向きの矢印に見えてくる。



(うーーーっ!)



 腰をわずかにもぞもぞ動かしてみる。

 しかし、駄目だった。



「先生!」

「んっ? どうした?」



 隣の席のイケメンが、突然立ち上がった。



「金剛さんの具合が悪いので、保健室へ連れていきます」

「……えっ」



 どうやら、イケメンは魂までイケメンだったらしい。


 男だった頃は、いけ好かないやつだと思っていたが、評価を上方修正しよう。

 少なくとも、俺だったらできないことをやったのだから。



「ほら、行こう」

「あっ……。うん」



 だが、男だ。

 視線が、勝手に下へ向かう。



(お前はいいよな。気楽で……。)



 そんなことを思ってしまった。




 ******




「でさー」

「へー」



 教室の窓辺に腰を預け、親友とたわいもない会話を交わす。

 それは、前触れなくやってきた。



『警告:ポジションを今すぐ修正してください!』



 脳内でアラートが鳴り響いた。

 存在しないはずのモノが、右横に寄っている。



(うーーっ!? 最大級が来やがったっ……。)



 限界だった。

 長年培われた男としての生存本能に抗えない。



「ふーーーん」

「むっ、反応薄い」



 親友の不満げな声を聞き流しながら、私は決断した。


 幸いにして、私は今立っている。

 座っていたり、歩いていたら困難だった。



「だからさ」

「そっかー」



 スカートのポケットに右手をイン。

 巧みな指さばきで『上』から『左下』へ。


 幸せ。


 もちろん、そこには何もない。

 強いて言うなら、パンツのリボンがあった。


 あまりの幸せに、もう一度繰り返す。


 次の瞬間。



「ハルナ!」



 いきなり親友がきつく抱きついてきた。

 まるで、教室中の視線から私を守るように。



「えっ!? えっ!? えっ!?」



 私は戸惑うしかなかった。

 お昼休みの教室も戸惑いに包まれ、ぴたりと静かになった。


 親友が耳元で囁く。



「教室で何してるの!」

「えっ!?」

「そういうことは、家でやりなさいよ!」

「えっ!?」

「我慢しなよ!」

「……あっ」



 少し遅れて、親友が何を注意しているのか分かった。

 確かに、傍目にはそういう動作に見えてしまう。


 元男だった俺は、美少女になった初日にそれを学んでいる。

 昨夜も学んだ。


 顔が熱くなるのを感じた。



「ち、違う! これは右側に!」

「何が右側よ!」

「ほ、ほら、触ってみて! そ、そんなことしてないから!」

「ちょ、ちょっ!?」



 私と親友は、百合の噂が立った。


 ほんとごめんね。




 ******




 私と『ちんポジ』との戦いは、まだ始まったばかりだ!


 第一部完!




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