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003 ☈ 4月の編入生③

 ホームルームが終わり、私はホッと胸を撫で下ろしていた。


 去年まで、私は束縛を強いられていた。その束縛は、今は無い。

 だからクラスメイトがどのように私に接してくれるか、不安で昨日は全く眠れなかった。

 蓋を開けた今日は、最初こそ私の姿に驚かれたものの、私の心までは触れずにいてくれた。


 帰り支度をしていたら、図書委員の集まりがある紗穂と、恐らく今日から活動があるらしい演劇部の岸間の2人が、私への挨拶もそこそこにしてクラスから去って行った。

 私がちんたらと荷物をまとめていれば、そんな私の元に髪のやけに長い編入生がやって来る。


「3号舎の205号室、と言われました」


 そう言って私の前の席の椅子に鞄を置いた。


 如月 咲九という奴は、学年一に髪が長いと言われていた紗穂よりも、髪が長いと思われた。他のクラスメイトが気付いているか解らなかったが、どこぞの巫女のようにきっちりと、しかし緩そうにまとめられた髪の内側は編まれているようにも見える。


「アンタは巫女か何かなのか?」


 思わず、私は口に出して如月に訊ねていた。

 如月は少し間を空けてから答える。


「神社でお世話になっていますから?」

「何で疑問形 …… まぁ、いいや」


 私はとりあえず重い腰を上げた。

 面倒だが、まずは美化委員会の仕事内容から説明することになりそうだ。知らないと、私の負担が大きくなる。


「向かいながら話そうか」


 私の一言に、如月は不思議そうに首を傾げていた。



 教室から出てしばらくしてから、私は後ろを付いて来る如月に向けて言葉を放つ。


「美化委員は、校内美化をメインにして活動していて …… まぁ、今日みたいに招集されることは滅多に無い。代わりに、朝の清掃後、各々の清掃箇所で綺麗度をチェックして回って、清掃しても綺麗にならなかった所を委員会の担当の先生に報告する。酷い場所は清掃会社を呼んでもらえるらしい。まぁ、基本はそれだけだ」


「あとは、行事の時に時間を指定されてゴミを回収して回るくらいですよね?」


 如月から返答があり、私はあぁ、とだけ答えていた。

 が、しばらくしてハタと気付く。


「…… 誰かに聞いたのか?」

「お弁当の時に、クラスの皆が話しをしていたので?」

「なるほど」


 私は納得して頷いた。

 クラスメイトの話題は、意外にもかなりの情報量が秘められている。それは、よく1人で居る私にも解ることではあった。

 ただ、それを実際に言われたのが初めてだったので、私は会話のネタを失くして黙り込んでしまう。


「それよりも私は、不登校だった貴方が学校に来られたことの方が驚きかも」


 その一言に、私は一気に背筋を凍らせていた。

 立ち止まり、振り返れば、如月が先程と変わらぬ無表情で私を見つめて来ている。その距離も、教室での距離と大差ないように思えた。


 何てことだ …… 編入生にまで、私が不登校児であったことを知られているとは!

 いやいや!少し待て、自分。もしかしたら私の噂を誰かがしていて、それを聞いただけかもしれない。


「そ、それを、誰から ……?」


 声を震わせる必要なんてなかったのに、私の声は何故か震え、更に裏返っていた。口の中が異様に乾くが、どうにもできなくて唾を飲み込んで対処する。

 如月は悩んでいたのか、しばらくしてから答える。


「誰からと聞かれても ……」


 私は馬鹿か?!

 良く考えて見れば、編入して早々、クラスの名前と顔が一致するはずもない。ましてや、もう片方の編入生と違い、こっちは誰にも見向きすらされていないじゃないか。


 私がそんな感じで頭を悩ませていれば、如月はうーんと、困惑した表情で私を見つめていた。




 とりあえず美化委員会の顔合わせは無事にクリアし、ドアに近い人から次第に人が減っていく。

 奥に座らせられていた私らは、他クラスの同じ委員と喋ることが無いまま、しばらく2人で黙ったまま人が減るのを待っていた。


 そんな私を見ていた、中1の時のクラスメイトが声をかけてくる。


「永瀬さん、学校復帰、おめでとう」


 あまり触れてほしくないところを喜ばれた。

 あまりにムッとしたために私が睨んで返せば、その子は困惑した表情をしつつ、仲間と共に教室から出て行ってくれる。ホッとしたのも束の間、今度は如月がゆっくりと立ち上がった。


「帰るのか?」

「校内探検でもしようかと?」


 編入生らしい、普通の答えだった。


 私は溜め息をつきつつ、少し悩んだ末に、

「案内してやろうか?」

と答えてやった。


 この学園は校舎同士が非常に複雑に入り組んでいる。

 平地の男子校とは違って、そもそも山の上に広がっている女子校は、建築物の法定ができる以前に造られていた建物や校舎を除き、全て7階以下に納めなければならなかったらしい。にも関わらず、様々な教室を作成しなければならなくなった。そこで地下に広げた結果、蟻の巣のように広大な迷路が完成してしまったらしい。

 なお、1年次の頃は教室移動の度にクラスメイト全員で迷子になっていた。


 しばらく悩んでいた如月だったが、コクリと頷いて私を見てきた。


「じゃぁ、お願いしようかな」

「随分悩んでいたみたいだが、どこか行きたいところでも?」

「うん。ちょっと気になっている場所があって」

「どこ?」

「調理室と、大聖堂と、旧校舎」

「また変なチョイスだな ……」


 今居る教室は通称 ”205号室"。正式名称は大会議室。大聖堂もここの7階にある。中学生は基本、この3号舎で大半の学校生活を過ごす。

 ちなみに、2号舎は主に高校生が使用し、中学生には無縁の存在なので良く解らない。


 調理室は5号舎の一番下、地下5階にある。しかし、調理室には包丁があるので、普段は生徒でも授業が無い限り入れないようにされている。

 大聖堂はここの上なので問題は無いが、今は岸間の所属する演劇部が使用している可能性が高い。それに、私が居なくても既に行けるだろう。

 残るは旧校舎こと1号舎なのだが、こちらは正直、足を踏み入れたくは無い場所でもある。というのも、私が入学した年から既に使用されていなかったということもあるが、実は頻繁に出会うというのだ …… お化けに。


「う。ど、どこにも行きたくない ……」


 思わず発した言葉に如月はやっと笑ってくれた。意外と愛らしい。


「だから良いよ。それに、私が探しているモノは、お姉さんにとっては一番遭いたくないモノだろうから」

「あ、出るって知ってて、お前まさか……?!」


 巫女の質問に否定していなかったし、ありえる …… のか?! なんて色々と妄想を膨らましてしまう。

 もっとも、超能力者の世界を良くは知らない。だから憧れから妄想に発展することは多々あった。その妄想だけで一日が終われる私からしてみれば、如月の教室のチョイスには首を突っ込みたい思いも強い。


「うん。あ、でも、調理室は別だよ? あそこ、開かずの扉があるでしょ?」


 そんな思いを他所に、思わず顔を青ざめさせていた、と思う。

 調理室の開かずの扉は、一度開けたらなかなか閉まらないらしく、何重にも有刺鉄線で巻かれ、強制的に閉められている扉のことだと思われた。

 そもそも、あそこを覗いたことがある先輩曰く、何故か1台の白いピアノが置いてあるのだとか言われている。その白いピアノは、音楽の担当教師が流している『呪われた白いピアノ』の噂のモノと完全に一致していたために、大半の生徒はそれを信じて誰も踏み入れようとは思わない。


「あの開かずの部屋に用事があるのよね」

「あそこには白いピアノがあるっていう噂だが ……」

「うん。それに用事があるの」


 あっさりと如月は答え、私を見つめる。


「皆が何でお化けだの何だの言っているのか、一緒に来れば解ると思うけど、どうする?」

「…… お前、本当に編入生、なんだよな?」


 如月はニヤリと笑顔を返してきたが、私はどうにも信じられなかった。




 で。


 興味本位で一緒に来てしまったのだが、如月はまるで道を解っていたかのように先頭を歩いていたので、私が特に心配することも無かった。

 開かずの扉は調理室までの狭い階段を降りて、今、目の前にある。


「さてと、」


 そう言うなり、如月は有刺鉄線を軽く摘んだ。が、それだけで有刺鉄線が取れるはずもない。


「うん、やっぱり結界が張ってあるわね」

「結界って …… ことは、」

「ここに重要なモノがあるってことよ」


 なんて答えたものだから、私としては唖然としてしまう。


「そっちじゃねぇ!!」


 思わず怒鳴れば、如月は不思議そうに私を振り返る。

 そして、あぁ、と納得した表情をした。


「前の学校からの編入生は、全員、超能力者だよ。知らなかったの?」


 なんてあっさり答えられ。

 しかも、いつの間にか有刺鉄線が壊されてポロポロと下に落ちていた。


「ちょ …… え、えぇぇぇ?!」


 私が驚いている間にも、如月はさっさとドアノブに手をかけていた。


「ん?」


 私の悲鳴に対し、如月は不思議そうに私を振り返っている。


「『ん?』じゃねぇよ?! 今、どうやって …… ってか、そもそも、超能力者って、」

「うーん。全部、説明しなきゃ、ダメ?」

「いや、ダメだろ」

「面倒だし、誰かに見つかってもヤバイから、とりあえず中で話すよ」


 如月はそう言うなり、その扉を平然と開いていた。



 中には白い大きなグランドピアノが1台だけ置かれてあった。それ以外には、本当に何も無い。

 違和感があったのは、その部屋の内装。私が入学した当初の、修繕される前のトイレの壁のタイルが残されていたから。


 如月が扉を普通に閉めたので、扉が閉まらないというのは、事実では無かったらしい。


「結界があるから、ここで会話しても誰にもバレないよ」


 そう言いながら如月は閉めた扉に寄り掛かった。

 私は恐る恐る、その白いピアノに触れる。何てことはない …… 普通の古いピアノだった。しかもこのピアノは、今では珍しい木製。ところどころ色が禿げて木らしい色を覗かせていた。


「ね? 普通のピアノでしょ?」

「あ、あぁ …… にしても、この部屋は、一体 ……」


「この部屋は、元々はお手洗いの予定だったみたいよ」


 その如月の言葉に私は背筋を凍らせた。


「でも、その計画当時は水を引っ張って持って来ることができなかった。この隣が調理室になったのは、恐らくここ最近のこと。戦前、ここは見張り場だったと聞いているわ」


 そう言って如月が歩き出す。

 数歩ほど進んだところで如月が壁を叩く。


「ここだけ、外から入って来る音量が違うの。多分、この後ろは空洞 …… つまり、窓があるということ」

「…… で、アンタは何でここに来たんだ? そもそも、どうしてここの存在を知っていたんだ?」

「私の死んだ祖母が、この学園の生徒だったから?」


 首を傾げながら如月はそう答えていた。


「その白いピアノは、私の祖母が、同じくここの生徒だった祖母の妹と一緒にお金を出し合って購入し、寄付したモノらしいの」

「そういうことか ……」

「ちなみに、今はこの奥が調理室らしいけど、昔は音楽室だったらしいよ? ほら、戦時中って音楽活動、禁止されていたとか、歴史で習わなかった? 特に家族以外が集まっているだけでも反逆罪に問われていた時代 …… まぁ、ここに隠れて音楽をやっていたってことね」

「…… なるほどなぁ」


 そう答えた私は、ピアノの底に刻まれていた文字を発見していた。既に風化している為か、その文字は読みにくくなっている。

 が、"如月" という文字がかろうじて読みとれた。


「私が超能力者ということは事実だし、居候させてもらっている神社で巫女を営んでいるのも本当のこと。多分、聞いたことはあるんじゃないかな?」


 私が不思議に思って如月を探せば、如月はピアノの下に居た私を覗き込んできていた。


「”美島の超人"」


 確かに、聞いたことがある。

 数年前、まだ私が小学生だった頃、私のハゲの親父が仕事の関係で出会ったという、私と同じ歳にして凄腕の占い師のことだ。私は親父から話を聞かされていても驚かなかったが、親父は占い師よりも心理学者寄りの少女だと言っていた。

 それからこの学園に入学して6月頃、その占い師が凄い!と雑誌に載っていたらしい。あの馬鹿(すずき)が喚き散らして黄色い声を上げて廊下を走り回っていたのだから、良く覚えている。


「それ、私のことだよ」

「……へぇ」


 そう言って、無関心を装った。

 本当は無関心でもない …… 少しは気になるし、占って欲しいとも思う。

 しかし、そうすれば私の去年までの生活が転入生に完全にバレることになる。それだけは絶対に避けたかった。


「…… 言いたく無ければ、言わなくて良いよ」


 目の前の如月はそう言いながら私に手を伸ばしてくれた。


「ちなみに、この部屋が封じられているのは、単純に超能力者以外は結界の中、つまりこの部屋に入れないからだと思う。一般の人が見れば、扉の中の壁に人が消えるようなもの」

「驚かせない為の学校の処理、ということか?」


 人間が消える壁。何も知らないと恐ろしく思う。このあたりでお化けの噂が立っていたのは、もしかしたらこの壁の所為かもしれない。いや、これがきっとお化けの正体なのだろう。

 もっとも、私が入ろうとした時はそんな感じはしなかったし、壁にも見えなかった。


「そういうこと。まぁ、今の時代だと超能力者の割合も多いから、この部屋の存在が公にされても、誰も大して驚かないと思うけど」


 如月はそう言いながらも、如月の手を取った私をピアノの下から出してくれていた。

 相変わらず笑顔の時間は短く、常に仏頂面のように思えるが、心は見た目に反して優しいらしい。それに、私がお化け嫌いだということも表情から察してくれていたし、今も納得した私にしっかりと答えを教えてくれている。

 ―― 今まで、こんな奴と出会ったことが無い気がする。


「もっとも、旧校舎に居る幽霊の噂は本物だから、お姉さんは独りで絶対に近付かない方が良いよ」


 あっさり恐ろしいことを口にした如月に、私はつい頷いて答えていた。


「あぁ。あそこには嫌な思い出もあるしなぁ ……」

「んー …… 正直言っちゃおうかなぁ。あそこ、お姉さんが去年まで仲良くしていた人の悪霊が住んでいるのよね」


 ビクッ

 私は思わず如月を驚愕と恐怖の目で見つめてしまっていた。

 如月は平然と、私の前で首を傾げている。


「驚いた?」


 驚くも何もない。そもそも、どうして今日転入してきた如月が、去年の私のことを知っているというのだ。

 そんな思考を巡らせていたら、不意に先程の単語を思い出す。


「”美島の超人”」


 親父曰く、その子には様々な別名があると言っていた。情報屋、心理学者、怪物、などなど。そのどれもが ”心” に纏わる異名で、実際に見た親父は、まるで心を読まれているかのようだと言っていた。


「お姉さんは雑誌記者の永瀬 静(ながせしずか)さんの独り娘さん、でしょ?」

「…… ハッ! もしかして親父が何か言っていたのか?!」

「まさか。でも、得意先の相手と個人情報は忘れないわよ」


 如月は少し笑っていた。


「この学校の情報は、編入する前に調べておこうと思ったの。ほら、今はインターネットなんていう凄く便利なモノがあるでしょ?」

「あ、あぁ …… つまり、そこで旧校舎の幽霊の噂を知った、と」

「うん。そこにお姉さんの名前も書かれてあったからね。あと、この学校にも幽霊が見えてしまう超能力者は居るのでしょ?」


 全部、本当のことだった。

 私は仕方なく溜め息をついていた。

 旧校舎の噂は知っていたし、無論、私もその噂は耳に入ってきていた。もっとも、噂好きの岸間と紗穂が私に言わない訳がないのだが。


「アンタ …… まさか、その霊を祓いに来たのか?」

「うん。

 と言いたいけど、別の目的があったから来た、が正しいかな?」


 如月はそう答えながら、またも首を傾げていた。

 どうやら、これが彼女の癖らしい。


「千尋 …… あぁ、同じクラスのもう1人の編入生ね。彼女の夢を応援したかったから、少しでも手伝おうと思って付いて来た、が正しいかな?」

「夢?」

「うん、夢」


 夢の中身を聞きたかったのだが、そこまでは答えたくないのか、如月は笑顔を私に見せつけていた。


「聞きたいなら本人に聞けば良いよ。でも多分、相当に仲良くならないと教えてくれないけど」

「普通に考えればそうだろうな!」

「祓うのはそのついで。でもね、私が祓っちゃうと霊になってまでも伝えたかったことが本人に伝わらないまま祓われることになる」


 それはそれで、私としては有難かった。既に死んだアイツの伝えたかったことなんて知りたくもない。


「その伝えたいことがお姉さん宛てだって、どうして解るの?」

「えっ?!」


 私は今、口に出しては言っていなかったはず。なのに、如月はまるで心を読んだかのように私に話しをしてきた。しかも如月に指摘されたことで、私は更に嫌な汗を背中に掻いている。


「アイツは …… オレにストーカー行為をしていて。好意があったことは、気付いていたから …… でも、オレが不登校という形で逃げていたから …… いや、そもそも、どうしてアンタは、」

「さっきお姉さんが思っていた通りの能力だよ?」


 そう答えた如月は、不思議そうに私を覗き込んで来る。

 怖いのに、目が離せない。


「でも、普段から出していたら頭が情報を処理し切れないから、こうして少人数の時にしか出さないけどね?」

「能力を出す、出さないって、自分で決められるものなのか?」

「うん。自分の能力を道具に封じることも出来るからね」


 納得したくは無かったが、納得してしまっていた。

 前の学校が超能力者だけの学校だったとかいう、紗穂から耳にしていた編入生の噂は事実なのだろう。言うなれば、能力のエキスパート。


「それで、お姉さんはどうして(幽霊の)伝えたいことがお姉さん宛てだと解ったの?」


 ―― すっかり忘れていた話しを、ぶり返されてしまった。


 私は、仕方なく如月に去年の出来事を話すことにした。


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