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017 ⛩ 変化の兆し⑦

 普段通りの放課後に、普段通りの教室。

 違うことがあるとすれば、円の取り巻きが次第に私から距離を置くようになっていたことくらいだろうか。それは転入生という私に皆が飽きてきたという証拠でもあったが、同時にクラスに馴染んできているということなのだろうと思っている。

 また、大半の部活が親善交流会に参加することになっているらしいが、ダンス部はチアだけで他のチームは不参加だったことも影響して、私は独りで帰宅する準備を進めていた。


 ふと私が自分の汚い机の中を弄っていると、1枚の可愛らしい封筒に入った手紙が出て来た。

 迷わず開ければ、そこには私の名前が書かれてある。内容は短い。


『宮本さんへ。

 今日の放課後、もし時間があるようでしたら、例の能力のことで少しお話をしませんか?

 同意して頂けたら、終礼後の1時間以内に、旧校舎の脇の噴水広場でお待ちします。』


 教室の時計を見上げれば、既に終礼後から40分は経ってしまっていた。

 能力のことと言われて、思い当たる差出人は1人しかいない。

 鞄を引っ掴み、私は慌てて教室を飛び出していた。



 3号舎の教室を出て1階に降り、渡り通路を通って2号舎へ。


 高校職員室の脇を通って正門で先生に挨拶をし、

 施設棟の1階の吹き抜けを反対側まで突っ走り、

 旧正門……通称旧門の脇を抜け、

 更に半分焼け落ちたらしい(しかし見た目には解らない)旧校舎の脇を抜け。


 ようやく噴水広場に辿り着く。


 噴水広場から先には闘技場があるらしいが、新善交流会の後日に行われる『超能力者決定大戦』でしか使用されないらしい。

 そんな闘技場を目の端に見ながらも広場に足を踏み入れてから、広場に結界が張られていることに気付かされた。


「ここは闘技場の結界が影響しているのデショ」


 広場の向かい側からこちらに少し歩んで来た紗穂里がそう言った。

 私は首を傾げる。


「それなら、ここで勝負をしても安心ということ?」


 警戒しながら訊ねれば、紗穂里はクスリと可愛らしく笑った。


「そういうことにはなるデショ。でも、ボクは戦うつもりで宮本さんを呼び出した訳じゃないことくらい、解っているデショ? それとも、ボクと戦いたい?」

「いや」


 即答してから、私は紗穂里に近付いて行った。


 広場の中央には噴水があったらしいオブジェが残されている。しかし既に水は涸れ、代わりに雑草が少しだけ生えていた。


 そのオブジェの傍で紗穂里と向かい合う。


「ズバリ、宮本さんは "水神" なのか?」


 あまりに突拍子もない質問に、私は思わずキョトンとしてしまっていた。

 紗穂里の表情も至って真面目で、いつも香穂里と一緒に居るような感じでは無い。


 すると紗穂里が私を覗き込んで来た。


「4つの属性の神様が居ると、図書館の本で読んだ。その "水神" が宮本さんで間違いない?」

「そうだけど、と言ったら?」

「やっぱり! なら、どうしても聞きたいことがあった」


 紗穂里は嬉しそうにそう言いながらも、傍にあったベンチに腰をかけた。

 どうやら私が座れるように、先に来て綺麗にしてくれていたらしい。お尻のあたりだけが綺麗にされてあった。

 隣に座れ、と手で指示されたので素直に座る。


「他の神様と出会ったら、直感で『この人も神様だ!』って解るものなのか?」


 どこか嬉しそうに紗穂里は私を見つめていたが、残念ながら私は暗い顔をしてしまう。


「そうでもないかなぁ。私の場合は、相手の金色の目を見るまで、神様だって気付かないくらいに弱いみたいでね。咲九と初めて出会った時も、咲九が本性を現すまで気付かなかったくらいだから ……」

「あれま」


 紗穂里はそう答えて、うーんと唸った。

 なので私が逆に訊ねる。


「そもそも、何でこんな質問を?」

「…… 香穂里が "炎神" かもしれないって思ったから」


 少し間を空けてから紗穂里はそう答えていた。

 足元を見ていた紗穂里が私を見る。


「水神や炎神だけじゃない。属性神の全員に会って、他の神様とどう違うのかを知りたい。そう思った。

 本には様々な神様のことが色々と書いてあったけど、属性神のことだけが詳しく書かれていなくてね。凄く気になっていたのだよ」


 理解はした。しかし、私には残念なことしか答えられない。


「私が弱いのは多分、他の神様と違って、過去の記憶が無いから …… だと思う」

「…… どういうこと?」


「普通の神様は、人間でいう心臓のようなモノに、過去の記憶を保持する機能があるらしいの。この心臓のようなモノが次の世代の神様に直接引き継がれるから、神様は神様としての自覚が持てるのだと思う。

 だけど、私の場合はいつの間にか水神の能力が宿っていた、という感じで何となく水神という自覚はあっても、水神の過去の記憶を持っている訳じゃないから、前の世代の水神がどういう神様だったのか、今の私は本当に水神なのか、正直なところ解っていないのよね」


 そう答えてから私は深い溜め息をついていた。

 と、何故か紗穂里も溜め息をついている。


「つまり曖昧なのか ……」

「うん。何か、ごめんね」


 私がそう答えてから、2人の間に沈黙が流れた。



 どのくらい経っただろうか。不意に紗穂里が私を見てきた。


「宮本さんは、他の属性神に興味はないの?」

「興味が無い、と言えば嘘になるかな。(理事長の)おじちゃんが神様について調べた古書や、お母さんが集めている古い巻物なんかは読んでいるから。でも、それも属性の神様に関しては書かれていないのよね」

「なるほど」


「でも多分、属性神は全部で5人、だと思う」


 私はそう答えながら、足元にあった小石を蹴った。

 小石は転がって反対側の垣根にぶつかる。


「属性は、"水、"風"、"炎"、"地" の他にもう1つ、"雷" があったと思う。記憶がある訳じゃないし、どの本にも5つ目の属性が書かれていないんだけど、どこかでそう聞いた気がしたんだよね」

「如月さん、とか?」

「残念ながら、咲九じゃないことは確かだよ。あぁ見えて咲九は情報屋だから、こういう能力に関する本に載っていない話は、適度な情報料を支払わないと教えてくれないみたいでね。これが結構、高いんだよね。…… あ、だから絶対に咲九ではないよ」

「そうなのか。意外とケチなんだなー」


 紗穂里の呟きに私は思わず噴き出してしまった。

 私の反応に紗穂里も微笑む。


「でも、それなりの情報料を払えば教えてくれる、ということだろ?」

「咲九の情報料は何でも有りだけど、一番安く済むのは、咲九が持っていない情報を提供することだけどね」

「…… それ、一番難しくないか?」

「うん。だからといってお金だと、かなり高額になっちゃうよ。1万とか2万の世界じゃないから ……」

「えっ?! いくらなんでもそれは高過ぎ …… でもないのか ……」


 何を思ったのか、紗穂里はそう答えていた。私も頷く。


 本にも巻物にも載っていないということは、つまり一部の民族間での伝承でしか残されていないということ。下手すれば既に消滅している民族も当然ながら考えられる。

 いくら咲九が音神であったとしても咲九の能力 "集音" は、どんなに集中しても精々1キロくらい先までしか聴こえないらしい。1キロと言ったら、人間が歩いて15分くらいの範囲。確かに普通の人間よりは地獄耳ではあっても、その範囲まで近づかない限り伝承を聞くことはできない。

 そう考えれば、咲九が苦労して入手した伝承であることに間違いはないだろうと思う。情報料は、その咲九の苦労分と思えば高くなってもおかしくは無い。まして、咲九は学費をそれで稼いでいるのだから。


「…… 如月さんが持っていなさそうな情報、ねぇ」


 紗穂里が遠い目をしていた。


「思い当たることでも?」

「あるには、ある。ただ ……」

「ただ?」

「これを言って世間にバレる方が、怖い」


 紗穂里の言葉に私はビクッと肩を揺らしてしまっていた。

 誰だって秘密の1つや2つはある。それを紗穂里は売ろうとしているらしかった。

 私はぞっとして慌てて紗穂里の手を握る。紗穂里は驚いた様子で私を見上げた。


「それは、言ったらダメだと思う! 秘密は秘密にしておいた方が良いよ!」

「あ、いや、でも ……」

「それに咲九は、相手がそこまで頑なに守りたい秘密は、相手の声を消音にしてでも絶対に言わせない …… と噂で聞いたことがあるし」

「そんなこともできるのか!」


 紗穂里は違う所で驚いていたので、逆に私が脱力してしまった。紗穂里が気付いて失笑する。


「何かごめん ……」

「いや …… 良いけどね ……」

「ところで宮本さんのこと、何て呼べば良いデショ?」


 急に方向転換されて、私は驚いて紗穂里を振り向いた。

 紗穂里はふふふと可愛らしく笑って私の手を握り返してくる。


「ボクのことは紗穂里で良いデショ」

「んー。千尋でも、ちーちゃんでも、ちっひーでも。何か色々な呼ばれ方があるから、好きなように呼んでもらえれば」

「じゃぁ、フツーに 千尋 って呼ぶデショ」


 そう言って紗穂里は私の手を握ったまま、勢いを付けて立ち上がった。


「これから宜しく、千尋!」


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