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016 ☉ 変化の兆し⑥ *

 同級生の話題が修学旅行のことばかりでつまらなく感じていた私は、そのことに怒りを感じながらも演劇に集中する日々が続いていた。


 私らの学年の修学旅行が終わったら、親善交流会までは1週間ほどしか時間が無い。

 しかしその間に、(放課後に部活動が出来なくなる)授業参観や(大聖堂を使った中学3年生と高校1年生に対しての)進路説明会などが催されてしまうので、全員揃って大聖堂で練習できる時間は1回あれば良い方、ということになる。

 つまり、下手すると1回も全員で練習出来ずに本番を迎える可能性も考えられた。


 体育館と大聖堂ではサイズが異なる。大聖堂は何倍も広い。

 その分、動きも激しく、大振りにしないとバランスが悪くなる。また小道具が小さすぎても、後ろの人が見えなくても困る。声だって張り上げなければならない。主要メンバーの体調面も心配だ。


 だから修学旅行は永瀬と同じ班になれても、きっと部活のことばかり考えてしまうだろうと思う。紗穂里には悪いけど、素直に楽しめないかもしれない。




 そんなこんなで時間は過ぎ、修学旅行を数日後に控えたある日。


 何故か唐突に円から、放課後に旧校舎に来るよう呼び出されていた。


 旧校舎の3~5階は穴が空いたようにポッカリとしていて吹き抜けのようになっていたが、6階から上は今も教室があったフロアとして顕在している。

 当初、あまりに中央が抜け過ぎたために、本来ならこの6階から上はすぐにでも取り壊す予定では居たらしい。が、そのタイミングで理事長が変わり、方針を一気に近代化したことと、旧校舎にあった分の教室を他の場所に早急に作らなければならないという理由から、予算の都合で後回しにされたままになっている。


 今では、この旧校舎の最上階は円のアジトのような場所に改変されている。円が何かの作戦を立てる時や、それに同意した仲間を集めては、ここで話し合いをしている。


 今回もそんなところだろうと思いながらも、念の為に警戒しながら旧校舎の6階に足を踏み入れた。

 沢山の教室が並ぶ中、最奥の教室の、開け放たれた後ろの戸から堂々と入る。


 既に来ていた瞳がこちらを振り返り、ニヤリと笑った。


「…… 円は?」

「まだ来ていない。が、急いでいるなら伝えることは出来るぞ?」


 私が体操着だったことで、これから部活に向かうことが解ったのだろう。瞳はそう言ってニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。

 確かに急いではいるが、私は頭を横に振る。


「アンタに用事はないから、円を待つわ」


 瞳はムッとしていたが、私は敢えてそれ以上は言わなかった。




 しばらくして、円が1枚の用紙を片手に教室に入って来た。


「あら。お待たせしてしまいましたわね」


 そう言いながら円は私にその用紙を渡してきた。

 私がその用紙を見れば、そこには私の過去が書かれてあった。


 ―― あぁ、これは、ダメだ。


 嫌な汗を流しながらも円を睨む。

 と、円はニヤァと嗤った。


「それがどういうことか、解りますわよねぇ?」


 内容に間違いは無い。しかも、その用紙は雑誌の記事になるだろう原稿をコピーしたモノらしい。つまりは、原稿は違う場所にある、ということなのはすぐに解った。


 問題は、その中身。

 もしこのことが公になれば、私だけではなく海外に居るパパも只事では済まなくなる。


「このこと、記事にはされたくないでしょう?」


 円は私の顔を覗き込みながらも、口元は嗤っていた。

 私は頷くことさえ出来ずに円を見つめる。


 しかし、はっきり言って凄く困惑している。

 どこからこの情報が漏れたというのか ……。


「私の言うことを聞いて頂けるのでしたら、記事にはしないように手配してもよろしくてよ?」


 これは脅迫だった。

 しかし、聞くしかない。


 私は小さく頷いた。

 円はそれで満足だったらしい。顔を離してくれた。


「修学旅行中に、如月の弱点を見つけてオレらに教えて欲しい」


 いつの間にか私の隣まで来ていた瞳がそう言った。

 仕方なく、私は頷き返す。


「もし弱点が見つからなかった、又は弱点ではなかった場合は、このことを大々的な記事にさせる。

 もちろん、弱点ではあったが意味が無かった場合も同上だ!」


 そう怒鳴った瞳は私の髪ごと頭を無造作に掴んで壁に押し付けてきた。


 が、こんなことは幼い頃から慣れている。


 私は黙って瞳の様子を窺った。


 屈することが無いことに気付いたらしい瞳は、そのまま私を地面に向けて強制的に引っ張ろうとしていたが、その手を円が握って止めている。


「それ以上はいけませんわ」


 そう言って、円は瞳の手を離させていた。


 私は怒りを抑えながらも円を睨む。

 円はいつも通りに微笑んでいた。


「私達が本気なのは解って頂けたかしら?」

「えぇ」


 と答えながらも、私は思考だけを様々な方面に張り巡らせている。


 円が呼び出したことには違いないらしい。

 手を離させられた瞳は舌打ちをして円を軽く睨んでいた。故に、本気で如月を殺りたいのは瞳だけなのだろう。


 しかし、あの完全無欠そうな如月に欠点など存在するのだろうか。

 そもそも、瞳はどうしてあそこまで如月に怒っているのか。


 確かにムカツク奴ではあるが、それは私の前の席で常に目に映るからであって、如月と全く接点が無いと思われる瞳が怒る理由に見当もつかない。

 もっと気になるのは、如月に怒っているということは、つまり如月から私の情報を得た訳ではないということ。そうなれば、一体誰からあの情報を得たというのだろうか ―― 問題のあった、()()()()も既に無いというのに。


 もっとも、こういう時の瞳には何を言っても、何を聞いても無駄だということは、何となくだが解っている。だから、ここは素直に黙って聞いておくべきだということは、私の体が良く解っていた。


 私が黙っていたことで、逆に瞳が不気味に感じたらしい。変な表情で私から少し距離を置いていた。

 円は相変わらず同じ立ち位置で私を見つめている。


「…… いつもの貴方らしくないですわね」


 円はそう言って私を訝しんでいた。

 私は仕方なく溜め息をつく。


 ここで下手なことを言えば、また瞳が噛み付いて来る。それよりは、今は私が冷静になっているべきだと思っていた。


「修学旅行で嬉しいのは解るんだけど、それから親善交流会まで部活の全員で練習が出来そうにもないの。だから今の内にきちんとやっておかないと、舞台で部員の誰かが恥をかくことになってしまうのよ。しかも、相手は英語圏の人ばかり。一方、私らは独学で英語を猛勉強中。イントネーションが少しでも違うだけで相手に意味は通じなくなってしまうの。だから、凄く申し訳ないけど、修学旅行までは部活のことだけを考えていたかった。そう思っていただけよ」


 正直に答えれば瞳の顔が鬼になっていたが、しかし円は同じような道の人 …… これだけで理解をしてくれたらしい。逆に円が瞳を睨んでいた。

 このことで、瞳は怖じ気付いたらしい。少しだけ身を竦めている。


「焦るその気持ち、解りますわ。

 親善交流会 …… 英語劇でしたのね? 私、何も知らなくて」


 円は睨むのを止めてから私を見、そう言ってくれていた。

 私は胸を撫で下ろしながらも、相手は女優。警戒して答える。


「ううん。私こそ、申し訳ない」


「だから最近、紗穂里さんとあまり楽しそうにお話をしていなかったのですね」


 そこで紗穂里を出すのは酷いと思いつつも、私は敢えて気にしないことにした。

 ここで気にしていては、円の思うつぼだ。


 故に、私は本心から(紗穂里に)申し訳ないという表情をする。


「…… 解りました、もう良いですわ」


 円はそう言って私に背中を向けた。

 私は軽くお辞儀をして教室を去る。


 やっと解放された!


 階段を降り始めた私は、いつしか走って体育館に向かっていた。


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