013 ⛩ 変化の兆し④
いつも通りの放課後。
私はいつも通り、ダンス部で練習をしていた。今日は自由練習とあって人は少ないが、それでも各々のチームで2~3人くらいは練習に集中しているようだった。
円は仕事があるらしく、昼過ぎにはいつも通りに早退している。
しばらくダンスをしていると、何人かが慌てた様子で駆けこんで来る。そしてその内の1人が全員に向かって叫んだ。
「みんなぁ!! は、早く逃げて!!」
あまりに突拍子もない言葉に、練習をしていた誰もが顔を見合わせていた。
しばらくして、チアの女性のリーダーがゆっくりとその数人に近付いて行く。
「どうしたの? 逃げるって …… そもそも何が起きたのかが解らないと逃げようがないじゃない」
「えっと、」
「何か、変な集団が、体育館の脇で、変なことやっていたの!」
「俺も見ちゃったよ! あれはどう考えても変質者だわー」
リーダーの質問にその数人が口々に答えていた。リーダーが頭を抱える。
「えっと、つまり、その集団が変なことをしていたから、逃げろと?」
「明らかに変だったんだよ!!」
「うーん。でもまぁ、確かに変質者だと困るし …… ちょっと様子見て来るわね。念のために、この建物に居る他の代表と連絡して行ってみるから、皆は練習を続けていて頂戴」
そう答えると、リーダーは壁際に置いてあった自分の荷物の上着を着つつ、体育館から出て行ってしまった。
そんなことがあってから30分くらい経つだろうか。
休憩をとることになり、(練習していた中で最年少の)私がチーム全員の飲み物を地下の売店で調達する為に1階を通りかかっていた。1階の出入り口からは何も見えなかったので、気にせず地下へ続く階段を数歩進んだ時だった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
急に耳を劈くような劈く悲鳴が聴こえて来た。
私は慌てて、その声がしただろう体育館の外へ向かう。
外に出るとすぐに、その異様な集団が目に入った。
先程の話し通り、確かに一目だけでも異様だと解る。
目元に黒い面を着け、それ以外に見える肌の部分は全て黒で塗り潰されている。着用しているのはどう見ても学校指定の制服だったが、そこから上の部分は確実に生徒では無いように感じられた。放つオーラもかなり黒い。
しかし、今までに一度だけ見たことがあった。
―― 私の兄を、殺したオーラと同じ感じがする。
そして次の瞬間には、その集団によって叫んだ生徒が目の前で消されてしまう。もちろん、殺された、の意味ではない。まるで空気になってしまったかのように消えてしまったのだから、私は唖然とするしか無かった。
その集団は、まるで生徒が居なくなったことを喜んでいるかのように踊り狂っている。
「何よ、これ ……」
私は信じられなかった。しかも、足が竦んで動けない。つまりは、私は恐怖していたらしい。
―― 私も殺されるのではないか。
その間にも、集団は私の方に少しずつ近づいてきていた。
それでも、足は動きそうにもない。
声も出せずに居れば、いつしかその集団の輪の中に放り込まれていた。
『さぁ、君も一緒に踊ろう?』
目の前に、先程の悲鳴を上げた生徒が立っていた。しかし声だけは不気味に思えて身震いしてしまう。
そんな間にも、生徒は私の顔に黒い仮面のようなモノを近付けて来る。私は、反射的に顔を背けていた。
『君もほら …… 気持ち良いよ?』
と、次の瞬間だった。
目の前の生徒と集団と、私との間に巨大な壁が地面から出現してきた。そして私の視界を遮る。
私が驚いている間にも八方が塞がれ、外側では何者かが集団と戦っているらしく、鉄板が跳ね返るような奇妙な音が聴こえて来ていた。
ふと足元を見ると、私の足は樹のツルのようなモノで固定されていることに気付かされた。しかも、そのツルには無数の不気味な虫が付いている。一気に背中まで悪寒がした私は、手の平から水鉄砲を出して虫を攻撃した。すると、虫が地面に落ちるのと同時にツルが外れ、足の竦みが取れる。
怖かった訳ではないらしいと理解し、すぐに壁の外の人に向かって叫んだ。
「足元の変な虫を取ったので、援護します!」
すると、壁は一気に地面に戻って行った。壁の外を見れば、既に大半の生徒が倒れていたり、蹲ったりしている。
「おお ……って、やっぱり宮本さんだったのデショ」
急に背後から、しかも自分の名前を呼ばれたので振り返れば、重そうな鉄板を持って振り回す紗穂里の姿があった。驚くことに、紗穂里は鉄板1枚(?)でこの集団を壊滅させたらしい。
最後の1人を殴って気絶させれば、私を中心とした周りに人間の死体の輪が出来上がっていた。まぁ、死体と言っても気絶程度なのか、痙攣を起こしてピクピク動いてはいる。
「えっと。とりあえず、ありがとう」
私は呆れつつ、素直に紗穂里に言っていた。
紗穂里はうーんと背伸びしてから、鉄板を建物の外の壁に立てかけている。
「助かって良かったデショ」
照れ臭そうにそう言って、紗穂里はさっさと建物の中に戻ろうとしていた。
私は慌てて追い駆けると、紗穂里の方から振り返ってくれる。
「何デショ?」
「こういう変質者って、結構な頻度であるの?」
「いや。むしろ初めてデショ。でも、いつまで経っても委員長が帰って来ないから見に来たら、生徒が1人ずつ吸い込まれるように集団に参加して行って。よもや操られているのではないか?と推理して、試しに1人をそこにあった鉄板で殴ったら、仮面は外れたけど様子を見ていた集団が襲い掛かって来て。で、中にまだ1人居ると気付いたから助けただけデショ」
紗穂里はそう答えてから、首を傾げる。
「むしろ、あの集団は宮本さんの前の学校では良くあったこと?」
「そんな訳は無い! …… いや、確かに変わった学校ではあったけど、さっきみたいな変質者は居なかったわ」
「そう。それなら、気にしない方が良いのデショ。さっき宮本さんに壁を作った時に、恐らく操り手だと思われる青い鬼の仮面をした人物が一瞬だけ見えたデショ。きっと、何かしら意図があったと思う」
紗穂里はそう言うなり背中を向いてしまった。
「それに、ボクがここで能力を使ったことは、ボク達だけの秘密デショ」
「どうして?」
「香穂里に怒られちゃうから、デショ」
そう言って、紗穂里はさっさと階段を駆け上がって行ってしまった。
残された私は茫然としつつ、しかし、すぐに外の集団の身が気になって外に戻ってしまっていた。
外の集団は1人ずつ起き上がって来ていた。仮面はいつの間にか回収されたのか、地面にも見当たらない。肌の黒かったのは見間違いだったのか、もしくはあの仮面の影響なのか。生徒には一切黒い肌の人は居なかった。
ただし、先程の人数よりも若干数が少なくはなっている気がする。
「大丈夫ですか?」
私が手前に居た人に訊ねれば、うーんと不思議そうな顔をしていた。
「私は何を ……?」
他の人達にも訊ねたが、全員が記憶を失っているようだった。それまでどこにいたのかすら覚えていないらしい。
私は溜め息をつきながらも、その場に居た全員が命に別状がないことを確認して念の為に保健室に向かわせ、私は独り売店に向かった。
売店の時計を見ても、体育館を出てからまだ15分程しか過ぎていなかった。




