011 ※ 男子校の3人(閑話)
早朝。
僕は鼻歌交じりに台所に立っていた。
「貴が好きなのは甘くした卵焼きと、焼き鮭と、から揚げと、ウズラの卵と、……」
「ちょっと量が多くない?」
「うあわわわわっ?!」
急に僕の背後に立っていた姉さんがそんなツッコミを入れて来た。
気配が無さ過ぎるよ、この咲九!
「今日は3人分なのだっ! あ、姉さんの分はちゃんと別に作ってあるよ」
「なるほど。貴君、ねぇ」
そう言いながら姉さんが僕のメモ帳を見て言っていた。なので僕は隠す。
しかし、もう遅かったらしい。姉さんはテーブルの方に歩きながら言った。
「風見一族 …… 忍者の生粋な末裔、ね」
「え?」
僕は驚いて姉さんを振り返っていた。
姉さんはいつの間にか作ったらしい紅茶を、自分の席に着いて飲んでいる。匂いからしてダージリンらしい。
「私のクラスに、風見 純って子が居るの。多分、その子の弟だわ」
「…… あれ? 確か結構前に、その風見って人と姉さん、面会していませんでした? でも確か男の人だったと思いましたけど」
「したわよ。もうかなり昔の話しだけど」
姉さんはそう答えて紅茶をすすっていた。
僕にとってはたった2年前のような気がしたが、そこは敢えてツッコミを入れないことにする。姉さんに対してツッコミを入れてもあまり意味が無いのだから。
「でも、待って下さい。忍者の里で暮らすはずの人が、どうして僕らと同じ学園に居るんです? それっておかしくないですか?」
「何も全員が里の中で暮らす訳じゃないってことでしょ? 驚くことじゃないわ。時代は進化しているのに里の中だけ進化しない、なんてことは出来ないの。そのままだと、何れその一族は里ごと滅亡するでしょうね。それを避ける為にも、新しい風は必要なのよ。…… 多分」
「まぁ、それはあながち間違っていなさそうですけど」
そう答えつつ、僕は姉さんから目を離す。
3人分の弁当を先に作ってしまわないと、話しにも集中出来なさそうだった。
「まぁ、多分、それだけじゃないでしょうね。あの頑なに外部の者が里に入ることを拒んでいる首領だから、何か違う理由があって2人を外に出しているのではないかしら? 又は、本人達がそのように望んだのか。そこまでは、私の範疇ではないけど」
姉さんはそれだけ言うと、さっさと洗面所のある方向に行ってしまった。どうやら顔をまだ洗っていなかったらしい。水を流す音が聴こえて来ていた。
あっという間にお昼休みはやって来た。
僕は普段通りに、しかしいつもより大きめの弁当片手に教室を飛び出す。その後ろを貴が追って来ていた。
貴が超能力者であることは姉さんに言われなくとも解っていた。少なくとも、僕と同じくらいは実践も積んでいるだろう。そこで僕は、試してみることにした。
「最後まで僕に着いて来れたらリュウ様に逢えますよっ」
元気良く貴の耳元で言ってやった。
「ただし、他の人に少しでも "顔を" 見られたら失格ね。あと、追跡されてもNGだからっ」
「了解っ」
僕はその返事を聞いてニヤリとしていた。全く、僕も人が悪い。
早くも、僕は6階の階段側の窓から、すぐ下に設置されていた外の足場に飛び下りた。その足場から、今度は階段の側面を通って行く。気配から、貴は問題無く着いて来ていた。
その側面から先は、足場が一定間隔で無くなっている。それをジャンプして越えながら進めば、角の隅に何かしらのパイプが上下に伸びている。そこを、パイプの節を上手く使いながら登って行く。これも貴は難なくクリアしていた。
そのパイプの先にはほぼ無人の7階がある。この7階は、6階と同じような道を戻る。そして割れている窓から中に侵入し、今度は教室からベランダに出る。
ここで隠遁の術を使う。使わないと男子校側の校庭から丸見えになってしまうためだった。しかし、ここから大ジャンプならぬ飛躍すれば屋上に出られる。
ここが、いつもの昼食場所でありゴールだった。
もっとも、ここまで来られた貴だから苦戦するようなこともなく、平然と清々しい表情で僕の隣に着地している。
屋上には、先にリュウ様ことお兄さんが瞑想をして待っていた。僕だけでは無く貴が一緒だったことで、警戒はしていたらしい。隠遁では無く結界で多少は見えにくくされている。
「お兄さん、結界を解いて下さいよー。"試練" を越えて来た子なのですから」
僕の一言でお兄さんは結界を解いてくれた。
そして瞑想を止めたのか、ゆっくりと顔を上げてこちらを睨んで来る。
「俺は聞いてないぞ?」
「それは言っていな ……」
「本物だっ!!」
僕の発言の途中だというのに、隣に居た貴はそう叫んでいた。お兄さんは大きな溜め息をつき、僕は耳を痛くしたために抑えてしまっている。
が、それすら気にせず貴はお兄さんの方に向かって行ってしまった。
「初めまして! 俺は ――」
「風見 純の弟、だろ? 忍者一族の末裔で、首領の実の弟の」
お兄さんの言葉に、貴は近寄るのを止め、代わりに身構えてしまっていた。構えはどこからどう見ても、暗殺を生業とする者の構え。しかし、お兄さんは平然と座ったまま口を止めない。
「小学校は里の中だったから、まだ外の世界をあまり知らないんだったっけ?」
「何故、それを知っている?!」
「…… お前なら、姉と違って実の兄貴から聞いているんじゃないか? ”音神との交渉” について」
途端に、貴は構えるのを止めていた。しかし警戒は続けている様子。
「どこまで御存じなのですか?」
僕と初めて会話をした時のように、穏やかな敬語でお兄さんに訊ねていた。
お兄さんはやっと立ち上がって貴に近寄って行く。
「交渉に関してとその時の会話内容は全部。俺もアイツも知っている」
アイツが僕であることに気付き、貴は僕を軽く睨んで来た。僕はニッコリと笑顔を返す。
そんな間に、お兄さんは貴の前で距離を保って立ち止まる。
「まぁ、そういうことだ。そういうアイツは、何も知らずに知り合ったみたいだがな」
「本当ですよ! 事実を知ったのは今日の朝のことだったので、偶然にしても驚いてしまって!」
僕は必死で伝えたが、貴は軽くどころかしっかりと睨みを利かせてしまっていた。
うう …… どうにかして弁解したいっ。
「まー、敵ならアイツの作ってきた弁当の中に毒が盛られているかもしれないが、俺も食う奴だからな。そんなことしていたら俺がアイツを殺すから安心しろ。それに、アイツの飯は絶品なんだぜ?! 絶妙な加減で巧妙な味覚をしているからか、すんげー美味いんだ!」
そう言いながらお兄さんは貴の肩をガッチリと掴んでいた。驚愕し過ぎて呆然とする貴はそのまま僕の方へと連れて来られている。
「それに、この場所は俺が常に結界を張っているから誰も来ないしな。例え隠遁していても網に引っ掛かる。ここでは安心してくれて良いんだぜ?」
と言ったお兄さんは僕に指を出して合図をしたので、僕は弁当を包んでいた布を広げてレジャーシートに変貌させた。更に弁当にかけていた結界を解き、本当の大きさに戻す。
「すげぇ! 今、何をどうやったの?!」
不意に目を輝かせて貴が僕に訊ねて来た。先程までの睨みは既に無い。僕は少し嬉しくなって自慢げに答える。
「これは僕が元から持っていた能力ですよ。だから自分でも良く理解せずに使っています」
「へぇぇぇ! そんなこともあるんだ?」
「忍者の末裔にしては、能力のことはからっきし解っていないみたいだが?」
「そうなんです ―― ハッ?!」
お兄さんの質問に、貴は何かに気付いて口をすぐんで噤んでしまった。が、お兄さんはそんな貴の背を叩く。
「言っちまえよ! 言っただろ? ここは誰も入れねぇって。聞き耳立てられていても俺の結界からは何も聴こえないし、何も見えない …… むしろ自殺行為だな」
その発言と共に、1羽のカラスが結界の外の屋上に落ちて来た。そのカラスが次第に砂と化してゆく。
それを見ていた貴が目を丸くさせてお兄さんを見上げた。僕は溜め息をつく。
「常に見張られていることって大変だよなぁ?」
「そうですね。味方なのにどうして見張りを付けるのか、僕には不思議で堪りませんよ」
僕はお兄さんに答えながらも、その砂と化したカラスの砂を、軽く足蹴りした風の勢いで屋上の床から下に落とした。それを見ていた貴が何故か涙ぐむ。
僕らはそのまま、貴が泣き止むのを待つことにした。




