(2/5)意気地がない男、白神君
オフィスに30名ほど集まっている。
前に立った課長が挨拶をする。
「皆さん、ありがとうございました。皆さんの頑張りで無事にプロジェクトが完了しました。特にフロントエンドリーダー黒江彩佳さん、バックエンドリーダーの白神達郎君、2名の存在は大きかった。みんなからも二人に拍手をお願いします。」
2名が前に出ると大きな拍手が起き、和やかなムードに包まれる。
集合も解散となるが。2名に関する会話があちこちで聞こえる。
「黒江さんって、正にできる女性技術者って感じでカッコいいですよね。美人だし背が高いし」
「白神さんはどう?押しが弱そうに見えるけど」
「白神先輩は実力があるから、いいんです」
そんな噂話も聞こえずオフィスの休憩スペースでコーヒーを飲んでいる白神達郎。その背後から近づき肩を叩く黒江彩佳。
「うわっ、コーヒーこぼすかと思ったよ、やめろよおふざけは」
「いいじゃない、もう休暇モードだし。ブリスベンオリンピックは見た?」
「そんな余裕あるわけないだろう。黒江は優秀だからそれでいいけど、俺はまだ残務処理があったりするわけよ」
「明日でいいでしょ、せっかく終わったから何かおいしい物でも食べにいかない?」
「そうだな、ひさびさに同期連中を集めるか」
ちょっと溜息をつく黒江と、それに気づかない白神。
黒江が左手を握り締めている事に気付いた白神が黒江に言う。
「その左手のグーは何だよ。誰か殴りにでもいくのか」
「願掛けよ」
ふーんと軽く流そうとした白神の頭にある考えが渦巻く。立ち上がって黒江に向かって言う。
「黒江、ちょっと左手を開いてみろ」
少し困ったような顔をして左手を開く黒江。その掌には青いアザが浮き出ている。
「黒江、それって、、、」
「そう、キルスイッチタイマーよ」
「待て待て待て、それって条件をクリアできない死んでしまう奴だろう。」
あたふたと黒江を問いただす白神。
「正確には、キルスイッチの発動条件と発動日を設定するので、その発動日に条件を満たしていたら、キルされるって事。白神の言い方だと逆ね」
何と答えて良いか言葉につまる白神を残し黒江は立ち去った。
数日のうちに、黒江のキルスイッチタイマーの件が会社内を駆け巡る。
フロアの隅に女子社員が会話している。
「黒江主任、何をかけているんでしょうね」
「部の売り上げを倍にするとか。このフロアのエースだから」
「独立するとか」
「あー、ありそう」
「あ、白神先輩が来た。ちょっと聞いてみようよ」
打ち合わせブースの横を、丁度通りかかった白神が捕まる。
「白神さん、当然黒江主任のキルスイッチの話、聞いてますよね」
「まあ、聞いたけど」
「黒江主任はなにを目標にしているんですか?どう転んでも、黒江主任がいなくなる未来しか見えないんですけど」
「いや、オレも何も知らないんだ」
「聞いてくださいよ。黒江主任が一番信頼しているのが白神さんでしょう」
「そんなことは無いと思うけど」
「いえ、数年前黒江主任のプロジェクトが炎上したとき、影で火消しをやったの白神さんですよね。黒江主任はちゃんと気づいてますよ」
白神の返事を待たず解散する女子社員たち。
白神は一人ため息をついた。
駅の裏の公園。夜の10時だが街灯で明るい。遊んでいる大学生や
若いカップルが目に付く。その公園のベンチで一人座る黒江。
そこに一人の男が近づいて来て隣に座る。
「黒江は悩んだときはよくここにいるんだよな」
「白神、、、」
「左手を見せてくれ」
手のひらを開く黒江。
「アザが赤色になっているな、期限が近いんだろう。なぜ、こんな無茶をするんだ。月並みだけど命を粗末にするもんじゃない」
「知っているでしょう。キルスイッチタイマーが出てきて命が軽くなったこと」
「それでも、オレは黒江にそのようなことをしてほしくない」
「なぜ?」
「なぜと言われても困るが、黒江がいなくなるのはイヤだ」
「話はそれだけ? じゃあ、私は帰るから」
立ち去る黒江をただ見送る白神。
マンションに帰宅しベッドに黒江が寝転んでいるときに、スマホがなる。
同期のうちで一番仲が良い桃園恵理子からだ。スマフォをスピーカーモードにして寝ながら会話する。
『黒江、あんたキルスイッチタイマーをかけたって?』
「そうだけど」
『その条件は、白神からみでしょう?』
「はぁ、そんな訳ないでしょう、何言ってるの」
『あんたの猪突猛進は昔からだね。極端すぎると思わない?それとも、そのくらいしないと踏み出せないくらい、奥手なんだっけ?』
と桃園が話を切り込んでくるので黒江彩佳もことばに詰まる。
『黒江のスイッチの発動条件は何?協力してあげるから。年末までに白神の奴と結婚できなかったら発動とか?』
「そ、そこまでは、、、」
『じゃぁ、肉体関係?』
「キスできるかどうか、なんて」
『はぁっ!!! 中学生か?! いくらスイッチ時代とはいえ、そのレベルで命かけるか?』
「いろいろ考えていたら、つい、、、」
スマホの向こうから、やれやれという声が聞こえたそのとき、黒江のマンションのドアチャイムが鳴る。
インターフォンを見ると白神の顔が写っている。
「黒江、開けてくれ。話がしたい」
「こんな時間に何やってんの」と玄関のドアを開ける黒江。
「これを見てくれ」
と出された白神の手のひらに赤いアザが見える。
「白神、あんた、何やってんのよ」
「君を失いたくない。ずっと一緒にいたい。だから黒江のスイッチの条件クリアも一緒にやろう」
「で、その左手のアザは何?」
「これは、まぁ俺の決意の証明みたいなもので、、、」
「だから、条件は何よ?」
「君と一緒になれないなら、オレは死ぬ」
「はぁ!!」
『はぁ!!』
黒江と花園の声がかぶる。
「あ、桃園との通話、切ってなかった」慌てる黒江彩佳。
「そのスマホは桃園か?」と白神は叫ぶ。
『あ~~白神。面倒くさいから黒江を押し倒していいよ』桃園が面倒くさそうにスマフォの向こうから言う。
「白神、本当に私といたい?」と黒江が真剣に聞いてくる。
「もちろん」
「いつから、そう思っていた?」
「ここ数年ずっとだ」
「なのに何も言ってくれなかったじゃない」
「今、言った」
「ばか、、、」
黒江彩佳の肩を抱いてキスをする白神達郎。
「黒江の発動条件を教えてくれ」
左手を白神に開いて見せる黒江。赤いアザが消えている。
「私はこれで十分」
困ったような顔をして笑う白神。
「すまん、黒江。オレの方の条件はもう少し激しいんだ」
「それは、死ぬかも、、、」




