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第9話 プロジェクトT 〜戦慄のリアルタイム不幸実況〜

20時59分。

駅から田中が住むアパートへと続く、まだ賑わいの残る商店街。


雑然と並ぶ看板の明かりの陰に、完璧なまでの不審者が二人、息を潜めていた。


「来るぞ……! 世紀の瞬間が……!」

黒木はストップウォッチを片手に、少年のように目を輝かせ、小刻みに震えている。


その隣で、美月は心底呆れた顔で腕を組んだ。

「私は一体、こんな所で何をしているのでしょうか」


時刻は、21時00分00秒を指した。



その瞬間。俺、葛城陸は、自室のベッドの上でスマホを握りしめ、歓喜の雄叫びを上げていた。


「うおおおお! やったぜえええええ!」


金色の運を解放し、祈りを込めてタップした先。

抽選倍率500倍。決して手に入らないと諦めかけていた超レア限定版ゲーム機の公式通販サイト。


画面に表示されていたのは――

【ご購入ありがとうございました】


神々しいまでの文字列。


奇跡的なシステムエラーで価格表示がバグり、100円になっていたのを、俺は偶然見つけてしまったのだ。


「神ゲーならぬ神バグ! 俺、マジで神かもしんねぇ!」


俺が最高の幸運を噛み締めていた、まさにそのとき

その遠く離れた場所で、親友の田中は、人生で最も濃密な“不幸のフルコース”を味わうことになろうとは、知る由もなかった。



「観測開始!」

黒木の鋭い声が、商店街の喧騒に響く。


最初の不幸は、あまりにも些細なものだった。


喉が渇き、自販機でジュースを買おうとする田中。

150円を投入し、ボタンを押す。


ガコン――音はする。だが商品は出てこない。

お釣りも返ってこない。


田中は悲しそうに数回ボタンを押したが、こういう理不尽に慣れているのか、早々に諦めてその場を去った。


「観測完了! 事象A-1『対価交換の不履行』! 素晴らしいデータだ!」

「ただのお金の飲み込みでは」


美月の冷静ツッコミを皮切りに、不幸の連鎖は加速する。


歩き出した田中の目の前に、テイクアウト専門の焼き鳥屋。

ちょうど風向きが変わり、店先から立ち上る猛烈な煙が、すべて田中を直撃した。


全身が、香ばしい匂いの囚人となる。


「ぬぅ! 嗅覚への直接攻撃! 環境を利用した複合的な不幸だ!」

「……最低ですね」


近くのコンビニで、缶コーヒーと雑誌、そして夕食用の弁当を買い、お釣りの500円玉を受け取った直後。


ツルリ、と手が滑る。

500円玉はカランと軽い音を立てて地面に落ち、まるで意志を持ったようにコンビニの入り口へ転がり始めた。


まずい、と思った時にはもう遅い。


ちょうど客が店に入ろうと、自動ドアが「ウィーン」と間抜けな音を立てて開く。

500円玉は、そのわずかな隙間を、奇跡的かつ絶望的な軌道ですり抜けて店の外へ。


そしてそのまま、歩道の側溝の網目へ――

「チャリン」

という、勝利宣言のような最後の音を残して吸い込まれていった。


「見ろ白鳥くん! 複数の事象が連鎖し、一つの完璧な絶望を生み出した! これぞ『しわ寄せの法則』の真髄だ!」

「……もう見ていられません」


コンビニの袋を片手に、意気消沈して歩く田中。

そのすぐ横を、猛スピードの宅配デリバリーの若者が乗る自転車が、警告もなしに走り抜けた。


「うわっ!」


驚いた田中が飛び退く。

店の前の掃除用の汚れ水が入ったバケツに、見事に足を突っ込む。


そのまま派手に仰向け転倒。

蹴り上げられたバケツが宙を舞い、前を歩いていた怖そうなお兄さんの後頭部にクリーンヒット。


中の汚水が、お兄さんの高級そうなスカジャンを濡らす。

お兄さんが、ギギギ、と効果音がつきそうな勢いで、ゆっくり振り返る。


田中、顔面蒼白。


次の瞬間。田中は“人生の危機感ランキング1位”のスピードでダッシュ。

背後から聞こえる怒号をBGMに、必死に角を曲がる。


なんとか撒いた、と思った束の間。

手に持っていたコンビニの袋の底が、「ビリリ!」と音を立てて抜けた。


買ったばかりの缶コーヒーと雑誌、そして夕食ののり弁が、ドサリと無残に地面へ散乱。


全てを悟り、絶望して膝から崩れ落ちる田中。


その時、商店街のスピーカーから、皮肉めいたタイミングで応援ソング『負けないで』が流れ始めた。


「完璧だ……! 完璧なデータだ……! 精神的ダメージを最大化するBGMまで……!」

黒木は感動のあまり打ち震えていた。


「……もう帰りましょう」

美月は心底うんざりした声で言う。



散らばった荷物を拾い集める、哀愁漂う田中の背中を遠目に、黒木は満足げに頷いた。


「間違いない……彼が『しわ寄せ』の受け皿だ」


黒木はリュックからタブレットを取り出し、先ほどこっそり撮影した田中のデータを表示する。


「運の最大値……300pt。一般人の3分の1以下だ。

だが、回復速度が1日100pt。通常の10倍……!」


「10倍……」

美月はデータを見つめながら呟く。


「つまり、多少の不幸に見舞われても、一晩寝れば精神的に立ち直る、と」

「その通り。この異常な回復力こそが、彼が『しわ寄せ』に耐えられる理由だ」


黒木はタブレットを閉じると、美月を真っ直ぐに見つめた。

「白鳥さん。この真実を、葛城くんに告げるべきだと思うか?」


美月は数秒考え、首を横に振る。

「……いいえ。言わない方がいいでしょう」

「理由は?」

「だって、面倒じゃないですか」


黒木が少し驚いた顔をする。

「面倒……だと?」


「ええ。葛城さんに真実を告げれば、彼は絶対にパニックを起こします。

『俺のせいで田中が!』と騒いで能力を使わなくなる。

もしくは逆に、自暴自棄になって暴走する。どちらにせよ厄介です」


美月は腕を組み、冷静に分析した。

「それに……あの人、まるでギャグ漫画の主人公みたいですね。どんな不幸に見舞われても、一晩寝たらケロッとしてる」


黒木も、深く頷く。

「ならば、わざわざ波風を立てる必要もないでしょう」

「では……田中さんのためにも、黙っておきましょう」

「ああ、田中くんのためにもだ」


完全に言い訳である。

二人は、妙に意気投合して小さく笑い合った。



30分後。


超レア限定版ゲーム機の購入に成功し、気分が最高潮の陸は、ベッドの上で跳ね回りながら田中へメッセージを打ち込んでいた。


『激レアゲーム機ゲット! マジ俺最強! 今度貸してやるよ!』


その時、田中は転んだ時にアパートの鍵を落としたことに気づき、静かに絶望していた。


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