第30話 時給換算1万5千円と、ロジカルな奴隷契約
黒木のタワマンの一室。
巨大モニターの前で、美月が静かに座っていた。
社長席、占拠完了である。
……
俺は向かいのソファで縮こまる。
校長室に呼び出された小学生ムーブ。膝、震えすぎ。
(やべぇ……パチンコ200pt、絶対バレてる……!)
美月はタブレットを指先で弾く。
冷蔵庫より冷たい温度だ。
「では、『開運堂』の正式な業務を開始しますわ」
ビクッ。肩が勝手に跳ねた。
俺は条件反射で手を挙げる。
「あ、あの、その前に俺に……」
美月がようやく一瞥。
冬の湖みたいな目。
「ええ。トイレ休憩の行動について、ですわね」
(来た……! 雷パート!)
「黒木さん、データ解析を」
美月は視線も向けずに言う。
「フハハハ! 最高のデータだ!」
黒木が前のめりになり、スライドを連打する。
「君の自己申告なき200pt使用により、ストレス耐性の限界値が――」
……
美月、ガン無視。
黒木「無視ィ!? せめて聞いてるフリくらいを!」
「葛城さん」
「は、はい!」
「あなたは『開運堂』の最重要業務資産=収集した運を、私的利用で無断浪費しました。
これは一般企業で言うところの――業務上横領ですわ」
「業務上横領!?」
「本来なら即時解雇、いえ、損害賠償ものです。
ですが、あなたにはまだ借金という負債があります」
「そんな理由で温情!? ブラック企業の美談かよ!」
美月は淡々と続けた。
「よってペナルティとして、浪費200ptに加え、追加利息50pt。合計250pt、元本に加算します」
「利息ぅ!? 闇金より高ぇ!」
「感情は無駄ですわ。それが組織のルールです」
バッサリ。
心のHP、赤点滅。
「そして、これがあなたの契約書です」
美月は一枚の紙を叩きつけた。
『開運堂・業務委託契約書(仮)』
「お、おう……」
俺は震える手でサイン欄を見る。
(でも時給1万5千円って言ってたよな……!)
「よし、これで時給1万5千円だ! すぐ返せるぜ!」
勢いそのままにサイン。
スッ
美月が無音で契約書を回収する。
「サインしましたね。では、第5条3項に基づき――業務開始ですわ」
「おう! で、俺の時給1万5千円はいつから……」
「当該報酬は、管理者が査定した成果(pt)に応じて支払われる完全歩合制とする」
「……は? ぶ、歩合制?」
「ええ。時給換算1万5千円というのは、あなたの能力ならそれくらい稼げる可能性があるというキャッチコピーですわ」
「キャッチコピーぇぇ!?」
「依頼がなければ報酬は0円です。ああ、お茶代500円、借金に追加しておきますね」
「だあああ! それもう奴隷契約じゃねぇか!」
「平社員に拒否権はありませんわ」
ロジカルなブラック企業、開幕。
俺が「奴隷契約だー!」と床を転げ回っていると、美月のスマホが静かに鳴った。
「……ええ、お久しぶりです、健太さん。……はい? ……バズ?」
美月がモニターに、あの就活生・健太君のSNSアカウントを映し出す。
そこには、健太君の感謝の投稿に偶然映り込んでいた、俺の後ろ姿があった。
『#謎のイケメン(背中)』『#就活の神様』
ネットの悪意と偶然が、手を組んだ瞬間だった。
「うおっ!? 俺の後ろ姿バズってるじゃねぇか!」
床から顔を上げた俺が叫ぶ。
美月は通話を終えると、小さく息を吐いた。
「……健太さんのところに、どこでお願いしたらいいんですか?というDMが届き始めている、と。
ただし、まだ依頼は一件も(開運堂には)来ていません」
「おお! 客キタ! 俺の仕事(金)キタ!」
「……はぁ。ですが、このバズり方はノイズが多すぎますわ」
美月が忌々しげに『#謎のイケメン(背中)』のタグを睨む。
「#就活の神様……これでは虫(詐欺師)も寄ってきます」
「仕方ありません。我々が本物の窓口だと公知にする必要がありますわ」
「さて。次は集客ですわ」
美月は『開運堂』の公式アカウントを瞬時に作成し、エンターキーを押した。
世に、放たれた。
その、直後だった。
「ピンポーン」
「え!? 誰!? 客!? 俺の仕事キタ!?」
俺はソファから飛び起き、モニターを覗き込む。
完璧な営業スマイルの、イケメン。
「……噂をすれば。健太さんのSNSを嗅ぎつけた、一番タチの悪い虫の来訪ですわ」
美月が冷ややかにモニターを見つめる。
「え?虫Dこんなイケメンが?」
「ええ。開運堂の本格的な業務は、この詐欺師との正面対決から始まりますわよ」
「対決!? 俺の初仕事、バトル系!?」
──第1部・完。
これで一旦陸の物語は締めとなります。
また、反響などがございましたら続きを執筆するかもです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




