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第23話 潜入計画と、悪魔のシナリオ

「『ビルに潜入する』という方針は決まりましたが、問題は具体的な方法ですわね」。


「よし! 任せろ!」


俺は自信満々に立ち上がり、両手を広げて宣言した。


「夜中に、俺がこっそり裏口から忍び込む! 映画のスパイみたいで、カッコいいだろ!」


頭の上のウンちゃんが、「きゅふん♪」と嬉しそうに鳴く。


しかし、美月は深いため息をつき、絶対零度の声で一蹴した。


「監視カメラに5秒で映り込み、警備員に30秒で取り押さえられ、10分後には警察署でカツ丼を食べている未来しか見えませんわね。却下です」


「はっや! しかも最後カツ丼かよ!」


「あなたの知能では、そうなる確率が99.8%ですわ」


美月の冷たい断言に、ウンちゃんが「きゅふ……」と同情の声を上げた。


「…はぁ。仕方ありませんわね」


俺が使い物にならないと判断した美月が、一枚の企画書をテーブルに叩きつけた。


「あなたのような素人考えでは、日が暮れてしまいますわ。作戦は、すでに私が立案済みです」


「はぁ!? いつの間に!?」


「昨夜ですわ。睡眠時間を三時間削って作成しました」


「マジで!?」


美月は企画書をめくる。


「この企業では、学生向けに『OB・OG訪問』を随時受け付けています。これを利用して、正面から堂々と入ります」


企画書には、ビルの見取り図、セキュリティの薄い時間帯、社員の勤務シフトまで完璧にまとめられている。


「すげぇ…! どうやってこんな情報集めたんだよ!」


「企業の公式サイト、SNS、そして私の人脈ですわ。情報収集は基本中の基本」


美月はターゲットとなるOB社員の写真を指差した。


「ターゲットはこの方。私と同じ大学の先輩で、以前、私に好意を寄せてくださっていた方ですわ」


その瞬間、部屋の空気が一瞬で凍りつく。


「え…?」


「は…?」


俺と黒木が同時に固まる。


美月は俺たちの動揺を無視し、冷徹に続ける。


「彼が、今も私に少なからず関心を持っている可能性は92.4%。その『好意』という名の脆弱性を利用すれば、他の社員よりも容易にビル内部へのアクセス権を取得できます。最も合理的で効率的な判断ですわ」


その悪魔のようなシナリオに、俺は戦慄した。


(うっわ、マジかよ…。美月、悪魔だ…。いや、悪魔よりタチ悪ぃ…! ぜってー敵に回さねぇ…!)


ウンちゃんも「きゅふ…」と引いた声を出す。


黒木は恍惚と震えていた。


「な、なにぃ!? 我が女神ミューズに想いを告げた愚か者がいること自体、万死に値する!」


彼が椅子から立ち上がる。


「だが、その愚かな感情すらも、作戦成功のための駒として利用するだと!? なんという、完璧なまでの合理性! なんという、冷徹なまでの知性!」


黒木は両手を天に掲げた。


「ああ、我がデウスよ! あなたになら、この心臓すら捧げよう!」


「黙りなさい、変態。あなたの心臓など、何の役にも立ちませんわ」


美月の即答に、黒木は「ぐふっ」と妙な声を漏らして撃沈した。


「おい黒木、お前、毎回同じパターンだぞ…」


「黙りたまえ、葛城くん。これは私の愛の表現だ」


「どんな愛だよ…」



美月は俺を一瞥し、人差し指を立てて言った。


「ただし、この作戦の成功確率は私と葛城さんの二人で実行した場合の数値です。黒木さん、あなたは留守番です」


「なっ…!?」


黒木が立ち上がろうとするのを、美月が冷たい視線で制する。


「当然ですが、作戦決行は明日ではありません。明後日ですわ」


「は? なんでだよ?」


「あなたを、私の『同級生』として同行させるための準備期間が必要だからです」


美月は白紙のカードを取り出す。


「明日の朝までに、これにあなたの顔写真を埋め込み、完璧な偽造学生証をご用意します。アポイントは明後日の午前十時で取得済みですわ」


「偽造学生証って…お前、犯罪じゃねぇの!?」


「大丈夫ですわ。ですが、リスクはあります。見つかれば大問題ですから、そこは慎重に」


「いや、バレたら犯罪だから!」


「ちなみに、あなたの学部は経営学部、学年は三年、サークルはテニスサークルという設定です。覚えておきなさい」


「細かっ!」


ウンちゃんが「きゅふぅ…」と心配そうに鳴くその時、黒木が突然立ち上がった。


「断じて認めんッ!!」


今まで撃沈していた黒木が激昂する。


「我が女神ミューズを、この男(陸)と二人きりで敵地に送り込むなど、言語道断! 私が盾となる! 私も同行する!」


「あなたがいると、作戦のリスクが500%上昇します」


「それでも構わん! 科学の発展のためにも、私は行かねばならんのだ!」


黒木は拳を握りしめた。


「一流企業で働く企業戦士たちの、あの澱んだストレス! そこから生まれる特殊な幸運素ラッキオンの歪みを、間近で観測できるまたとない機会なのだぞ!」


「…はぁ」


美月は深いため息をついた。


「つまり、あなたは嫉妬と研究欲、二つの不純な動機で動いていると」


「不純ではない! 純粋な学問的好奇心だ!」


「どこがですの」


(うわ、面倒くせぇ…。完全にダダこねてるじゃん…)


美月と黒木の正論と暴論の応酬が数分続く。


「私も行く!」

「却下です」

「行く!」

「却下です」

「行くと言ったら行く!」

「子供ですか、あなたは」


このやり取りが10回ほど続いた後、ついに美月が折れる。


「……はぁ。分かりましたわ」


「本当か!?」


黒木の目がキラリと輝く。


「ただし、条件がありますわ」


美月は鋭い視線で黒木を睨む。


「あなたも来なさい。ただし、私の命令には絶対服従ですわ。それと、その怪しいゴーグルは、絶対に持ってこないでくださいまし。見つけ次第、叩き割りますわ」


「む…!」


黒木は数秒考え、渋々頷く。


「承諾しよう。だが、観測装置なしでは私は丸腰も同然だぞ」


「構いませんわ。あなたには荷物持ちという重要な任務がありますから」


「荷物持ちだと…?」


俺は心の中で叫んでいた。


(マジかよ! 一番ヤバい爆弾、持ってくのかよ!)


美月はパン!と手を叩き、議論をまとめた。


「方針は決まりましたわね。決行は明後日の午前九時、ビルの前に集合。服装は就活生らしいスーツで。遅刻したら、分かっていますわね?」


「わ、わかったよ…」


「異論なし…」


こうして、俺たちの無謀な潜入作戦の、全ての準備が(無理やり)整った。


その頃、田中は会社で「明後日、有給取ろうかな」と、平和な休日の計画を立てていた。


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