第21話 噂を信じて、最初の依頼人(ただし、時給は発生しない)
俺のたった一個のメロンパンが引き起こした、くだらない内戦から三日後。
俺、葛城陸は、5000字の反省文という地獄から、なんとか生還していた。
「……腕が、腕がもげるかと思ったわ……。文明開化した21世紀に、手書き5000字って何の罰ゲームだよ」
深夜のコンビニのバックヤードで、湿布だらけの右手首をさすりながら、死んだ魚のような目で呟く。
頭の上のウンちゃんが、「きゅふん……」と心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ありがとな、ウンちゃん。お前だけが俺の味方だよ」
ウンちゃんは「きゅふん♪」と嬉しそうに鳴いた。
◇
大学四年生・鈴木健太は、自室のベッドの上で絶望していた。
「……はぁ。またお祈りメールかよ……」
スマホに表示された「今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」。
これで不採用通知、通算50社目。
「もう、どうすりゃいいんだよ……。履歴書書くたびに寿命縮んでる気がする」
ベッドに突っ伏し、枕に顔を埋める。
そこへ母親の声。
「健太? 夕飯、食べないの?」
「……いらない」
少し間をおいて、再び。
「ねえ健太、変な話だって分かってるんだけどね。お母さんのバイト先の若い子たち、なんか“持ってる”みたいなの」
「……」
「店長も、あの子たちに相談したら、娘さんと仲直りできたって……」
(はぁ? なんだよそれ、胡散臭すぎだろ……)
だが、五十連敗という絶望が、彼の判断を麻痺させていた。
(……藁にも、すがるか)
◇
ある日の深夜。
湿布の匂いしかしない右手で、いつものように品出しをしていると、一人の青年が店に入ってきた。
目の下にはクマ、顔は絶望そのもの。
ウンちゃんが「きゅん!」と鳴いて、俺の髪の中に隠れる。
(うわ……面倒くさそうなのが来たな……)
青年はまっすぐ俺の前に立ち、震える声で言った。
「あの……葛城さんですよね。俺、パートの鈴木の息子です。母から噂を聞きまして……」
「え、鈴木さんの息子!?」
青年――鈴木健太は深々と頭を下げた。
「お願いします……! 相談に乗ってくれるって聞きました……! なんでもいいんです、話を聞いてもらうだけで何か変わるかもしれないって……!」
その声は、深夜のコンビニにやけに響いた。
◇
「はぁ? 相談? 俺、カウンセラーじゃねーんだけど」
バックヤードに戻った俺は、美月と黒木がいるグループLIMEに悪態を打ち込む。
健太くんはイートインで、ゾンビのような顔で待っている。
即座に既読が二つ。
まず、女王様。
美月:『葛城さん。その方の詳細を聞き出しなさい。これは“開運堂(仮)”試験期間における第一号案件です』
美月:『それにしても、就活に失敗したフリーターが、就活に悩む大学生を救う……“溺れる者は同じく溺れる者に助けを求める”とは興味深いケースですわね』
(俺への皮肉が的確すぎて刺さる)
続いて、あの変人が噛みついた。
黒木:「おお、我が女神よ! その怜悧な分析力、そして就活50連敗という最高のサンプル! 素晴らしい! 今すぐそちらに向かう!」
すぐさま、美月の冷気を帯びた返信。
美月:「その不純な動機、実に不愉快ですわ」
黒木:「ぐふっ……!(致命傷)」
(お前、どこで誰にでも刺されるタイプのやつだな、黒木……)
(だと思ったよ)
俺はスマホの電源を切った。
◇
その頃、田中は、動画サイトで「5分で寝られる音楽」を1時間ループ再生していた。




