第20話 メロンパンの誘惑と、絶対女王の裁き
完璧超人・白鳥美月の『方向音痴』という致命的な弱点を暴き、
俺たちが勝利の凱歌を上げたあの日の翌朝。
俺、葛城陸は、コンビニのバックヤードで完全に上機嫌だった。
いやー、昨日はマジで傑作だったな!
隣では、美月が完璧な無表情でドリンクの補充をしている。
美月さーん、今日も一人で来れましたかぁ? 交番スキップできました?
美月はピタリと手を止め、絶対零度の視線を俺に向けた。
……葛城さん。そのIQ三くらいの言動を続けるおつもりなら、
店長に『葛城さんが廃棄弁当を不正に持ち帰っている』と報告しますが、よろしいですの?
すいませんでした。
俺は光の速さで土下座した。
頭の上のウンちゃんが、きゅふ……? と困惑した声を上げる。
いや、ウンちゃん、これが生きる知恵ってやつだ。
それより葛城さん。そろそろ品出しに戻られてはいかがですの?
店長が、あなたをお探しでしたわよ。
マジで!?
俺は慌ててバックヤードを飛び出した。
背後で、美月の小さな笑い声が聞こえた気がした。
◇
午後。
俺たちは黒木のタワーマンションに集まっていた。
おお、我が女神よ……。
今日の君も、まるで知性の女神のように麗しい……!
黙りなさい、変態。
ぐふっ!
おい黒木、お前、毎回同じパターンで撃沈されてんな……。
黙りたまえ、これは私なりの挨拶だ。
どんな挨拶だよ……。
で、いつになったら俺たちは金稼ぎ始めんだよ?
ボランティアもいいけど、家賃ヤバいんだけど。
その瞬間、モニターの一つがピコン!と鳴り、赤い警告が表示された。
ウンちゃんが、きゅん!? と跳ねる。
む……?
黒木は画面を睨みつけた。
葛城くん。今朝、君のデータに異常な変動があった。
午前8時12分、幸運素が5pt上昇し、即座に消費。何か使ったかね?
ゲッ!? こいつ俺まで監視してやがるのか!
監視ではない。科学的観測だ。
美月が静かに口を開く。
……葛城さん?
氷点下の声だった。
今朝、あなたはパン屋の袋を提げて遅刻してきましたわね。
あの幻のプレミアムメロンパン、でしたわよね?
俺の背筋が凍る。
い、いや、あれは偶然買えただけで……!
ふぅん。では、なぜ周囲を見回していたのかしら?
美月はスマホを掲げた。
そこには、袋を持って挙動不審にキョロキョロする俺の姿。
うわっ! いつ撮ったんだよ!?
証拠は常に押さえておくものですわ。
◇
美月の笑顔と黒木の「データは嘘をつかない!」の前に、俺は白状した。
リビングの中央で正座。
ウンちゃんだけが心配そうに、きゅふん……と鳴いている。
これはただのルール違反ではありません。
……。
『チームの資源を私的に流用する』という、最も悪質な背任行為です。
つまり、あなたは『人助け』を掲げながら、結果的にメロンパンを優先した人間、ということですわ。
……すんませんでした。
(俺の中で“メロンパンの悪魔”が泣いていた)
では、罰を与えますわ。
えっ。
あなたは一週間、菓子パン禁止です。
えぇ!?
さらに、今回の件に関する5000字の反省文を、明日の朝までに提出なさい。
ご、ごせんじ!?
将来的な給与査定に影響しますわよ。
まだ一円ももらってねぇんだけど!?
美月はため息をつき、宣言した。
これより、私たちの活動は『試験期間』に移行します。
……あなたがもう少しマシになれば、正式に“開運堂”を名乗ってもよくしてあげますわ。
なにそれ!? 絶妙にダサい!
お黙りなさい。
こうして、俺の一個のメロンパンのせいで、
俺たちの活動は「ボランティアの試験期間」として正式に始動したのだった。
◇
マンションを出た俺は、ため息をついた。
はぁ……反省文5000字とか、マジで無理なんだけど……。
ウンちゃんが、きゅふん、と慰めるように鳴く。
ありがとな、ウンちゃん。お前だけが俺の味方だよ。
きゅふん♪
よし、帰りにカップ麺でも……あ、菓子パン禁止だった。クソッ。
俺は、美月の完璧な管理体制に、早くも挫折しそうになっていた。
まあ、何とかなるっしょ。
根拠のない自信だけは、相変わらず満タンだった。
その頃田中は、夕陽に照らされながら、朝焦がしたトーストの黒さを思い出していた。




