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第2話『理屈と運と、新人バイト』

「今日から新しく入った、白鳥美月さんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」


店長の紹介で現れた新人バイトは、冗談みたいに綺麗な――いや、反則級の美人だった。

透き通る白い肌に、知的な光を宿した目元。

腰まで伸びた黒髪が、動くたびさらりと揺れる。


やっべ、超タイプだ。


俺は一瞬で心を射抜かれた。


「白鳥美月です。本日よりお世話になります。皆様にご迷惑をおかけしないよう、精一杯努めますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


完璧すぎる挨拶。

俺は下心を悟られぬよう、必死に“先輩風”を装った。


「お、おう、葛城だ! よろしくな! わかんないことあったら、俺に何でも聞いてくれよ!」


美月は小さく会釈し、完璧な笑顔で答える。


「お心遣いありがとうございます、葛城さん。ですが、マニュアルは昨夜のうちに全て暗記してきましたので、おそらく問題ないかと思います」


ピシャリ。

無言のシャッターが下りた音がした。


ちくしょう、手強い。


「へぇ、そりゃすげぇや。じゃあ、実践編だ。このコーヒーメーカーの掃除とか、マニュアルに載ってないコツがあってだな――」


俺が我流のやり方を見せようとした、その瞬間。


「葛城さん、申し訳ありません。その手順ですと、マニュアル72ページの『洗浄時のノズル破損リスク』に該当します。こちらの公式手順が、最も推奨されております」


俺の“先輩威厳”は、勤務開始15分で粉砕された。


---



事件が起きたのは、その数時間後。


レジ前で、ガラの悪い中年男が主婦パートの鈴木さんに詰め寄っていた。


「だからよぉ! この弁当、温めが足りなくて冷てぇじゃねえか! 食えたもんじゃねえよ、金返せ!」


カウンターに叩きつけられた弁当容器。

……中身、三分の二無くなってる。

典型的なイチャモンだ。


鈴木さんは気が弱い。完全に涙目。


「申し訳ございませんお客様……ですが、ほとんど召し上がられているようですので、返金は……」


その時。


バックヤードから出てきた美月の表情がスッと変わった。

クレーマーを一瞥し、完璧な営業スマイルで前に出る。


「お客様。当店の防犯カメラの記録によれば、お客様がそのお弁当を食された時間は約15分。成人男性の平均咀嚼回数から逆算するに、三分の二を消費するのは妥当な範囲かと。よって規約7条に基づき、返金は――」


まずい。

火に油どころか、ガソリンぶっかける気だ!


俺は美月の肩をポンと叩き、止めた。


「いや、白鳥さん。こういうのは理屈じゃねえんだ。先輩の俺に任せな」


「……葛城さん?」


“なぜこの非効率な先輩が割り込むのか”という目。

だが俺は気にせず、レジ前へ出た。


「お客様、代わります」


クレーマーがギロリと睨む。

俺は何も言わない。ただポケットの中で――青く光る“運の塊”を握った。


欲しいものが“当たる程度の幸運”をもたらす、青色の運。


俺は自分勝手に祈った。


(あーもう、マジで面倒くせぇ……! この場が、俺にとって最高の形で丸く収まりますように!)


ポケットの中で、運がじんわり溶けた。


直後――


「ビッ、ビビビビッ!」


男のポケットでスマホが震えた。


「あぁ!? 今忙しいんだよ!……なんだ、明日の結婚式のスーツ? え? ポケットから何か出てきた? キャバクラ『Club Jewel』の名刺? いや、それは同僚の……!もしもし!? おい! すぐ帰る! 帰るから!」


顔面蒼白。弁当のことなんか忘れ、

「お、覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて店を飛び出していった。


……嵐のようだった。


「葛城くん、ありがとう! 助かったわ!」


鈴木さんが涙ながらに感謝する。

俺は頭を掻きながら、ドヤ顔。


「まあ、何とかなるっしょ」


だが――美月だけは違った。


冷静な目で一部始終を見ていた。

あまりにも“都合が良すぎる偶然”。


彼女は直感した。

この店員は、“運”を動かした。


---


バイト終わり。着替えを済ませた俺を、美月が待っていた。


冷たい声で、静かに言う。


「先ほどの件です。あなた、一体何をしたんですか?」


「……しばらく、あなたを観察させていただきます」


ゾクリと背筋が凍った。

俺は、ただ「え?」と間抜けに声を漏らすしかなかった。



その頃田中は、隠していたDVDコレクションが、彼女に見つかり絶体絶命になっていた。


最後にいきなり出てきた田中ですが、この物語の最重要人物(?)ともいえる存在です。

温かい目で見守って下さい。

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