第2話『理屈と運と、新人バイト』
「今日から新しく入った、白鳥美月さんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
店長の紹介で現れた新人バイトは、冗談みたいに綺麗な――いや、反則級の美人だった。
透き通る白い肌に、知的な光を宿した目元。
腰まで伸びた黒髪が、動くたびさらりと揺れる。
やっべ、超タイプだ。
俺は一瞬で心を射抜かれた。
「白鳥美月です。本日よりお世話になります。皆様にご迷惑をおかけしないよう、精一杯努めますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
完璧すぎる挨拶。
俺は下心を悟られぬよう、必死に“先輩風”を装った。
「お、おう、葛城だ! よろしくな! わかんないことあったら、俺に何でも聞いてくれよ!」
美月は小さく会釈し、完璧な笑顔で答える。
「お心遣いありがとうございます、葛城さん。ですが、マニュアルは昨夜のうちに全て暗記してきましたので、おそらく問題ないかと思います」
ピシャリ。
無言のシャッターが下りた音がした。
ちくしょう、手強い。
「へぇ、そりゃすげぇや。じゃあ、実践編だ。このコーヒーメーカーの掃除とか、マニュアルに載ってないコツがあってだな――」
俺が我流のやり方を見せようとした、その瞬間。
「葛城さん、申し訳ありません。その手順ですと、マニュアル72ページの『洗浄時のノズル破損リスク』に該当します。こちらの公式手順が、最も推奨されております」
俺の“先輩威厳”は、勤務開始15分で粉砕された。
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◇
事件が起きたのは、その数時間後。
レジ前で、ガラの悪い中年男が主婦パートの鈴木さんに詰め寄っていた。
「だからよぉ! この弁当、温めが足りなくて冷てぇじゃねえか! 食えたもんじゃねえよ、金返せ!」
カウンターに叩きつけられた弁当容器。
……中身、三分の二無くなってる。
典型的なイチャモンだ。
鈴木さんは気が弱い。完全に涙目。
「申し訳ございませんお客様……ですが、ほとんど召し上がられているようですので、返金は……」
その時。
バックヤードから出てきた美月の表情がスッと変わった。
クレーマーを一瞥し、完璧な営業スマイルで前に出る。
「お客様。当店の防犯カメラの記録によれば、お客様がそのお弁当を食された時間は約15分。成人男性の平均咀嚼回数から逆算するに、三分の二を消費するのは妥当な範囲かと。よって規約7条に基づき、返金は――」
まずい。
火に油どころか、ガソリンぶっかける気だ!
俺は美月の肩をポンと叩き、止めた。
「いや、白鳥さん。こういうのは理屈じゃねえんだ。先輩の俺に任せな」
「……葛城さん?」
“なぜこの非効率な先輩が割り込むのか”という目。
だが俺は気にせず、レジ前へ出た。
「お客様、代わります」
クレーマーがギロリと睨む。
俺は何も言わない。ただポケットの中で――青く光る“運の塊”を握った。
欲しいものが“当たる程度の幸運”をもたらす、青色の運。
俺は自分勝手に祈った。
(あーもう、マジで面倒くせぇ……! この場が、俺にとって最高の形で丸く収まりますように!)
ポケットの中で、運がじんわり溶けた。
直後――
「ビッ、ビビビビッ!」
男のポケットでスマホが震えた。
「あぁ!? 今忙しいんだよ!……なんだ、明日の結婚式のスーツ? え? ポケットから何か出てきた? キャバクラ『Club Jewel』の名刺? いや、それは同僚の……!もしもし!? おい! すぐ帰る! 帰るから!」
顔面蒼白。弁当のことなんか忘れ、
「お、覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて店を飛び出していった。
……嵐のようだった。
「葛城くん、ありがとう! 助かったわ!」
鈴木さんが涙ながらに感謝する。
俺は頭を掻きながら、ドヤ顔。
「まあ、何とかなるっしょ」
だが――美月だけは違った。
冷静な目で一部始終を見ていた。
あまりにも“都合が良すぎる偶然”。
彼女は直感した。
この店員は、“運”を動かした。
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バイト終わり。着替えを済ませた俺を、美月が待っていた。
冷たい声で、静かに言う。
「先ほどの件です。あなた、一体何をしたんですか?」
「……しばらく、あなたを観察させていただきます」
ゾクリと背筋が凍った。
俺は、ただ「え?」と間抜けに声を漏らすしかなかった。
◇
その頃田中は、隠していたDVDコレクションが、彼女に見つかり絶体絶命になっていた。
最後にいきなり出てきた田中ですが、この物語の最重要人物(?)ともいえる存在です。
温かい目で見守って下さい。




