第19話 完璧超人の弱点を探せ
店長救済作戦の、即席の成功祝賀会。
黒木のタワーマンションで、俺はコンビニで買ってきた一番高いビールを片手に、完全に上機嫌だった。
「俺たち、マジで最強じゃね!? 人助けもできて、ヒーローみてぇじゃん!」
「素晴らしいデータだ! 店長の幸福度上昇に伴い、コンビニ周辺の幸運素濃度が0.03%上昇したぞ!」
俺と黒木が浮かれていると、美月が冷ややかに場の空気を凍らせた。
「計画の七割は私の情報収集と誘導の賜物ですが、何か?」
くそっ……! いっつもいっつも偉そうにしやがって……!
あの完璧超人、マジで弱点とかねーのかよ? よし、暴いてやる!
あの完璧超人の、ダッセェ弱点を!
祝賀会が終わったあと、俺は黒木に声をかけた。
「おい黒木! お前もムカつかねぇか、美月のやつ! 協力しろ! あいつの弱点、暴き出すぞ!」
「なんと! 女神の脆弱性に関する考察! それは私の研究テーマの根幹に関わる、最重要課題だ!」
こうして、俺たちの、どうでもいい調査が始まった。
◇
翌日。
俺たちは、美月の大学の前で張り込みを開始した。
「おい黒木! ちゃんと隠れろって! 体半分はみ出てんぞ!」
「問題ない! このコートは最新の光学迷彩技術が――」
「ただの黒い布だろ、それ!」
電信柱の影で俺が小声でツッコむ横で、黒木は上空のハト型ドローンの映像を満足げに眺めていた。
「ふむ……女神の歩行パターンは黄金比に基づいている……実に美しい!」
当然、俺たちのポンコツな尾行は美月にバレバレだった。
彼女は気づかないフリをして、大学の駐車場に停まっていた黒塗りの高級車へ向かう。
運転席からは、執事服を完璧に着こなした初老の紳士。
恭しく後部座席のドアを開ける。
「な……! なんだあのオッサン! まさか、パパ……!?」
「いや、違うな。あの男は使用人だ。実は先日、彼女の生態調査中に、偶然クリアな音声データを録音できてな……」
黒木はドヤ顔でスマホを操作し、録音を再生した。
『お嬢様、本日のご予定は……』『ありがとう、影山さん』
「じ、執事……!? マジかよ、どこまで完璧超人なんだよ……! ていうか、お前、それ犯罪だぞ……」
◇
その日のバイト終わり。
急なシフト変更で、バイトが一時間早く終わった。
美月はスマホを取り出し、執事の影山に連絡しようとしたが、手が止まる。
「……まずいですわ。影山は今、別の用事で……」
ほんのわずかな動揺を、俺は見逃さなかった。
「美月さん、どうしたんすか? いつもなら、さっさと帰るのに」
にやにやしながら声をかける。
美月は一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに完璧な表情へ戻る。
「……あなたには関係ありませんわ」
「はーん、さては困ってんな? 一人で帰れないとか?」
からかう俺に、美月の眉がピクリと動いた。
「……失礼な。一人で帰れない訳がないでしょう」
プライドを傷つけられた美月は、自信満々に地図アプリを起動し、駅とは真逆の方向へ颯爽と歩き出した。
俺と黒木は顔を見合わせ、ニヤリ。
こっそりと後をつける。
案の定、美月はまったく知らない神社の前で立ち尽くしていた。
「おかしいですわね……この神社、地図には載っていないのですが……」
物陰で、俺は笑いをこらえる。
「ぶっ……! くくく……!」
ついに完璧超人の弱点を発見し、俺は歓喜に打ち震えた。
その横で黒木も興奮気味に呟く。
「なんと……完璧な知性を持つ彼女が、空間認識能力にのみ致命的な欠陥を……! このアンバランスさ、実に興味深いサンプルだ!」
「仕方ねぇ、助けてやるか! いいか、ウンちゃん。お前の初仕事だ! バレないように、そーっと美月を駅まで誘導するんだ!」
俺の言葉に、ウンちゃんは「きゅふん!」と力強く頷き、茂みから飛び出した。
足元で小石を転がし、「きゅ、きゅん……」と小さく鳴く。
不器用ながらも必死に誘導を試みる姿は、涙ぐましい。
「素晴らしい……! 聴覚と視覚、両方からのアプローチで、対象の行動心理を巧みに誘導している……!」
「いけいけ! ウンちゃん! その調子だ!」
俺と黒木が小声で必死に応援していた、その時。
「……いい加減に、出てきなさい」
氷のように冷たい声が境内に響いた。
美月が、ウンザリした顔で俺たちの隠れる茂みを睨む。
「あなたたちが、さっきからずっと後をつけているのは、分かっていますのよ」
ウンちゃんがビクッと飛び上がり、ゆっくり振り返る。
「ご、ごめなさい……」と言いたげなウルウルの瞳。
その人間くさいリアクションと、作戦開始からわずか三分での失敗。
こらえきれずに俺は腹を抱えて吹き出した。
「ぶっはははは! だっせー! ウンちゃん、お前、秒でバレてやんの! ていうか美月! お前、とんでもねぇ方向音痴じゃねーか!」
俺の大爆笑が、静かな境内に響く。
美月は顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「ち、違いますわ! これは、その……地理的な特異点を調査していただけで……!」
しかし俺は、最高の笑顔で言った。
「いやー、安心したわ! お前も、ちゃんと人間だったんだな!」
その裏表のない言葉。彼女の『完璧さ』ではなく、『不完全さ』を初めて肯定する言葉だった。
美月は一瞬呆気に取られたが、すぐに顔をそらす。
「……うるさいですわ、馬鹿」
その横顔が、ほんの少しだけ赤く染まっていることに、俺はまだ気づいていなかった。
そして、彼女が再び駅とは真逆の方向へ、自信満々に歩き始めたことにも。
◇
その頃田中は、会社の窓のブラインドを指で下げ、妙にカッコつけて外を見ていた。




