第16話 黒衣の男と、確率論の敗北
美月が颯爽と去り、俺と黒木だけがファミレスの前に残された。
「…なあ、黒木」
「なんだね、葛城くん」
「俺たち、もしかして、とんでもねぇ奴と手を組んじまったんじゃねぇか?」
「…ああ。だが、後悔はしていない」
黒木は、そう言いながら夜空を見上げた。
その横顔は、どこか遠い昔を思い出すような、懐かしさに満ちていた。
「おい、黒木?」
俺が声をかけても、彼は答えない。
ただ、小さく呟いた。
「…ああ。ピースは、全て揃った…」
「は? 何が?」
「葛城くん。君は、なぜ私が『運』を研究しているか、知りたくはないか?」
「いや、全然」
「では、話そう。全ては――一人の男との出会いから始まった」
「いや、聞けよ俺の返事!」
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「――当時の私は、科学と確率論だけを信奉する、傲慢な天才少年だった!」
黒木は俺の腕を掴み、公園のベンチに強引に座らせる。
完全に逃げ場を失った俺は、ため息をついた。
「また始まったよ…」
「カードカウンティング、心理学、確率計算!
それらを武器に私はあらゆるゲームを支配し、大人たちを次々と打ち負かしてきた!
そしてついに――国内最大のポーカー大会決勝まで勝ち進んだのだ!」
「へー、すげーな。……で、オチは?」
「オチじゃない! ドラマだ!」
「私の前に現れたのは、一人の男。ノーデータ、ノーマーク。
黒いスーツを隙なく着こなした、表情の読めぬ男だった」
「お前と同類じゃねぇか」
「黙りたまえ! 彼は私とは違う!
非科学の権化! 確率論を無視するかのように、あり得ない手札で勝ち続けた!」
「まーた盛るなぁ…」
黒木の眼鏡がギラリと光る。
「私は科学の優位を証明するため、全財産を賭けた!
勝率は99.9%! 科学的に私の勝利は確定していた! だが――!」
「出た、まさかの“0.1%”か」
「そう! 最後に開かれたのは、デッキに一枚だけ残っていた奇跡のカード!
ロイヤルストレートフラッシュだったのだ!!」
「いやもう、それ運負けじゃん」
「そうだ! 科学が“運”に敗北したのだ!!!」
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「私は震えながら問うた。『なぜだ! どんなトリックを使った!』と!
だが男は、静かに微笑んで言ったのだ――」
黒木は一拍置き、顔を上げて言い放つ。
「『運が良かった。ただ、それだけだよ』」
「うわ、中二病が過ぎるな」
「納得できるか!? 私は、男の正体を暴くため、翌日からストーキングを開始した!」
「昔からやってること変わんねぇな!」
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「男は、商店街の片隅でアンティークショップを営んでいた。
私は福引機の確率を計算した!
特賞“北海道ペア旅行”の当選率、0.01%!」
「その計算、人生で一番ムダな時間だと思うぞ」
「しかし! 男は一回で特賞を引き当てたのだ!」
「……自分の店で福引やるの、倫理的にどうなんだ?」
「細かいことはいい! 問題は確率だ!」
黒木は興奮しながら続ける。
「次の日、商店街を歩く男の頭上で、古びた看板がギシリと鳴った!
危ない、と叫ぶより早く、男はふとショーウィンドウの猫の置物に目を留め、足を止めた!
直後、その頭上を巨大な看板がかすめ落ちた!」
「ドラマかよ!」
「ドラマではない! 現実だ!」
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「私は、その場に立ち尽くした。これはイカサマではない。
因果が彼を守った。そうとしか思えなかった!」
黒木の声は震えていた。
「いつしか、私は“イカサマを暴く”という目的を忘れた。
あの男が操る――いや、彼を包む“運の流れ”を、純粋に知りたいと願うようになったのだ!」
その熱弁の横を、通りすがりのカップルが通り過ぎる。
「ねえ、あの人、ずっと一人で喋ってない?」
「うわ、こっち見んなよ…」
黒木は夜空に拳を突き上げた。
「そして今、気づいたのだ葛城くん!
私が求めていた答えのピースが、すべて揃ったと!
君は運に触れる!
美月くんは運に愛されている!
ウンちゃんとグータは運そのもの!
あとは、私の科学で“奇跡”を証明するだけだ!!」
「……」
黒木は振り返る。
「どうだね、葛城くん! これが私の――」
誰もいなかった。
ベンチは、すでに空っぽ。
「……いない、だと?」
公園の静寂に、黒木の声が虚しく響く。
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その頃、田中はスマホを見つめながらぼやいた。
「“黒猫 肩こり お祓い”……いや、“猫 除霊 安い”のほうがいいか…?」




