第14話 黒猫の名はグータ、そして最悪の仮説
「うまっ! このチョコブラウニー、神じゃん!」
俺たちが息を飲んで田中の肩を見つめる中、当の本人はそんな視線など一切気にせず、運ばれてきたパフェを夢中でかき込んでいた。
その肩の上で、あの黒猫は悠々と毛づくろいをしている。
つややかな黒毛が照明を柔らかく反射し、深紅の瞳が細められる。
まるで「下等生物どもが何を騒いでおるか」とでも言いたげだ。
「おい……マジでなんなんだよ、あの猫。ウンちゃんが完全にビビってんぞ……」
俺は、パーカーのフードに潜り込んで震えるウンちゃんをそっと庇いながら、小声で言った。
「……あいつ、全然動かねぇな。ぐうたらしてる。……よし、決めた。あいつの名前は、『グータ』だ!」
俺の安直な命名に、美月がため息をついた。
「またですか、その即興すぎるネーミング……。でも、毎回『あの黒猫』と呼ぶのも不便ですしね。不本意ながら、『グータ』で構いませんわ」
「名前などどうでもいい! 問題は、あの黒猫の正体そのものだ!」
黒木が、ゴーグルの奥で目を輝かせた。
まさにその時だった。
田中のスマホが、ブブッと短く震えた。
「うおっ、マジか! ずっと欲しかった限定フィギュアの再入荷通知だ! 瞬殺で売り切れたやつ! ついに俺の時代が来たわ!」
田中は震える指で通知を開き、販売サイトへ飛び込む。
「よっしゃ! 在庫あり! ポチる! 俺は今、ポチるぞおおお!」
その瞬間――。
今まで微動だにしなかった黒猫が、ゆっくりと顔を上げた。
王が退屈を破る瞬間のように、優雅で静かだ。
そして、まるで極上のデザートを味わうかのように、ペロリと空気を舐めた。
次の瞬間、田中のスマホが切り替わる。
【ご好評につき、完売いたしました】
「…………なんでだよおおおおおお!?」
田中の絶叫がファミレスに響く。
その直後、黒木が――
「Eurekaaaaaa!!」
案の定、店員が来た。
「お客様。他のお客様のご迷惑となりますので、絶叫はお控えください」
冷たい視線に、黒木と田中は縮こまる。
「す、すみません……」
「……もういっそ、私ごと通報してください」
黒木はそれでも興奮を抑えられず、小声で叫んだ。
「見たまえ諸君……! 今、歴史が動いた!
田中くんの幸運期待値が極大化した瞬間! あの黒猫は“幸運そのもの”ではなく、“満タンになって溢れた上澄み”だけを捕食したのだ!」
黒木の声は、完全に発見者のそれだった。
「田中くんの運の総量は、わずか三百。器が小さいゆえ、わずかな幸運でもすぐ満タンになる。
だからこそ、上積みを効率よく採取できる――理想の養分体!
そして黒猫グータは、運を循環させず、自らの美食のために田中くんへ“投資”している。
普段は七割で安定を保ち、満タンになった瞬間だけ“上澄み”をぺろりと頂く!
なんという完璧な循環構造だ!
彼は美食家であり、投資家であり、そして――運の支配者だッ!」
美月が冷たく返す。
「……つまり、田中さんは“美食家の餌場”ということですわね」
「語弊がある! 共生関係だ!」
「搾取的共存、ですわね」
「言い方が冷たい!」
俺は、黒木の難しい話は分からなかったが、一つだけ理解した。
「てめぇ……俺のダチで美味い思いしやがって……! 絶対に許さねぇ!」
田中はスマホを握りしめたまま、力なく呟いた。
「……わりぃ、俺、もう一個パフェ食っていい?」




