第9話 精神世界の冒険
私、リナベル・スカーレットは眠ったライト君をそっと抱きとめた。
「じゃあちょっと潜ってくるから、辺りの警戒よろしくね」
「了解」
答えたコーディにうなずき返すと、私はライト君の精神世界へとダイブした。
「緑の大地……」
私の目の前には絶景が広がっていた。切り立った崖から眼下に広がるのは見渡すかぎりの緑。ところどころにある花畑から、花弁が風に乗って舞っている。
私は懐かしさで胸がいっぱいになった。
「でも、どうしてライト君はこの景色を知っているのかしら?」
精神世界は人の記憶と密接に結び付いている。大体はその人物が今まで生きてきた中で、強く印象に残っている景色が1番に見えることが多いのだけど。
〝これはこの者が実現させたいと思っている世界だ〟
声が聞こえて振り向くと、黒紫の大きな竜がそこにいた。
「ベヒモス……まさか、ここに住んでるの?」
〝そうだな。ここは居心地が良い〟
私は開いた口が塞がらなかった。精霊竜のはしくれであるベヒモスを住まわせているなんて、とんでもない精神力の持ち主だわ。収納魔法は精神力の強さに比例して広くなる傾向があるから、すごく広い空間になると思う。
「そうなのね。……私はライト君の精神領域の鍵を探しに来たの。ただ、これだけ広いと……」
探すのがものすごく大変なのよね。
「……近くに落ちてないかなぁ。ベヒモスは知らないわよね?」
〝ん? これのことか?〟
ベヒモスは金色に輝く物体を私に放ってきた。
私は慌ててキャッチして手の中をのぞく。
「! これよこれ……!ありがとうベヒモス!」
〝鍵穴はどこにあるかは分からんがな〟
「あう〜、そうよね。ま、地道に探すしかないか」
この鍵を鍵穴に差すことで、ライト君は自分の精神領域にアクセスすることが可能になる。
どんな仕組みなのかって?私もよくわからないけど、一説には普通の人は精神領域に過度な負担がかからないようにロックがかかってて、アクセス出来ないようになってるらしい。
これはそのロックを外す行為だって言われてる。
収納魔法は亜空間にアクセスする魔法で、その際自分の精神領域を経由しないといけないから、自分の精神領域にアクセスできないと使えないってわけ。
エルフや永遠を生きる者の一部、あと通信士の適正がある人は生まれた時からそれが出来るみたいだけどね。
「さて、どこに行こうかな。……え?」
私の目がおかしいのかな。金色の小さな竜が飛んでるように見えるんだけど。
気になったので金色の小さな竜を追いかけることにした。
「飛翔」
金色の小さな竜はかなりのスピードで飛んでいく。
花畑のある丘を通り過ぎ、川に沿って飛んでいくと海が見えてきた。海を越えた先に平原があり、さらに飛んでいくと森があり、その向こうには山頂に雪が積もった高い山が見えた。
「すごいわね。ここまでスケールの大きい精神世界は初めてよ」
世界がまるごと一つ入ってるんじゃないかしら。
金色の小さな竜はその山頂に降りていった。
「とっても寒そうだけど、行くしかないわね」
少しずつ高度を下げていき、雪の上に降りる。
そこは少し開けた空間だった。
「あっ……!」
金色の小さな竜の傍に鍵穴があった。
「もしかして……あなたが教えてくれたの?」
金色の小さな竜はうなずいた様だった。
「ありがとう。ほんとに助かったわ、こんな広い所……どこを探していいか分からなかったから」
鍵穴を探す時、普通は場面が切り替わるような感じで、どちらかといえば物語の中に入り込む感覚に近い。時にはジャマが入ることもあるから、こんなに親切なのは初めてだった。
私はベヒモスにもらった鍵を鍵穴にさしこんで回した。
その瞬間、世界が暗転した。
「え……!?」
私は驚いて辺りを見回した。
金色の小さな竜が変わらずそこにいることに安堵し、少し落ち着くことができた。
「何が起こったのかしら……」
〝心配することはない、この者の深淵の扉が開かれただけだ〟
私の背後から声が聞こえた。
「深淵の扉……。まだ深い精神世界があるの……?」
〝その通りだ〟
いつの間にかベヒモスも山頂へ来ていたらしい。
目が慣れてくると、ベヒモスの向こう側に明るい星があるのに気付き、夜空を仰ぎ見た。
そこには落ちてくるんじゃないかと思うほどの満天の星が煌めいていた。
「美しいわね……」
時折流れ星が横切っていく。
私はしばらく星空を眺めていた。
〝そろそろ帰る時間ではないのか?〟
ベヒモスからそう言われる程、長い時間そこにいたらしい。
「うっかり戻れなくなるところだった、助かったわベヒモス」
〝礼にはおよばん〟
「それから、あなたも。ありがとう」
金色の小さな竜も頭をゆるゆると振った。
〝この者を守ってやってくれ、ひとり立ちできるまで〟
「わかったわ、任せてちょうだい」
安請け合いすると後々大変なことになるのは分かっていたけど、これほどの精神世界を持っている人間を、寿命を全うさせずに亡くすのは素直にもったいないと思った。
それから私は目を閉じ、現実世界へと戻っていった。
「お帰り。長かったね」
私が目を開けると、コーディが声をかけてくれた。
「今は……ええ!? もう夕方!?」
「うん、次の日のね」
「えっ……!?」
コーディはその手の冗談を言う訳ないから、本当に1日以上経過していることになる。
「ライト君は大丈夫?」
「たぶんね。……すごかったわよ、ライト君の精神世界」
私はそこであった出来事をコーディに話した。
「こうやって見てると、ただの少年にしか見えないけどね。そんなに綺麗な世界なら、僕ものぞいてみたいな」
「本人の許可が出たら一緒にダイブするのもおもしろいかもしれないわね」
コーディがそんな風に他人に興味を惹かれるのは珍しいわね、と思いながら私は答えた。
「……今から帰ると間に合わないかしら?」
「ギリギリかも。行くだけ行ってみよう」
閉門時間になんとか間に合い、私たちは半月亭に戻って来ていた。コーディが抱えていたライト君をベッドに寝かせ、遅めの食事を摂ることにした。
「あはは、あれは傑作だったわね」
「もう! 僕はあれが正式な抱え方だって聞いてたから!」
慌てて検問所に駆け込んだところ、コーディがライト君をお姫様だっこしていたため、あらぬ誤解を生んでしまったのだ。ライト君が起きてたら、さらにカオスなことになってたに違いない。
「ん……あれ?ここ……」
お姫様……じゃなかった、ライト君が目を覚ましたらしい。
「気分はどう? 大丈夫?」
「 あー……、なんかぐるぐる目が回ってるな……。もう少し寝ててもいいか?」
「ええ、もちろんよ。ゆっくり休んでね」
「ありがと……」
それだけ言うと、ライト君は再び寝息を立てはじめた。
同意があったとはいえ、普通の人間が精神干渉を受けるのはこたえるみたいね。通信士みたいに精神干渉能力を持ってる人なら割と大丈夫みたいだけど。
「さて、私たちも食事が終わったら早めに休みましょうか」
「そうだね、また明日も忙しくなりそうだし」