第5話 旅立ち
次の日の朝。
「それじゃ、そろそろ行ってくる」
俺は出発をじいちゃんに告げた。
「ちょっと待てライト。お前にこれをやろう」
じいちゃんは手のひらサイズの透き通った水色の牙をくれた。
「これ……あのきれいな玉に感じが似てるな」
「そうなのか。これも大巫女様から伝わる品じゃ。精霊竜との契約を可能にし、その力を借り受けることができるという」
「契約……できるのか!?」
「お前ならおそらく大丈夫じゃろう。ベヒモス様とも未だ繋がっておるようだし。……幼い頃からその力の片鱗でも見せておれば、みっちりと鍛えてやったものを。もしくは昔の儂の目の節穴具合を嘆くべきか……」
おう、じいちゃんが遠くに行ってしばらく帰ってこないかもしれない。
「もしもし?じいちゃん?俺そろそろ行くよ?」
「おお、そうじゃった。冒険者のお二方に悪いが、少し寄り道をしてもらえんじゃろうか。ここインディアから北東に『原素神殿』と呼ばれる古い建物がある。そこにこやつを連れていって精霊竜との契約を手伝ってもらいたいんじゃ。報酬は……」
「いらないわよ」
ほんとかよ!? リナベル太っ腹だな。
「いいのか?」
「ええ。これからたくさん貰えるかもしれないから」
リナベルは意味ありげに俺を見た。えっ!? まさか俺が払わないといけないのか!?
俺の動揺をよそに、じいちゃんが俺の肩に手をかけた。
「ライト、あまり迷惑をかけるんじゃないぞ」
俺は動揺を隠しながら答える。
「わかってるって。じゃあ行ってくるよ」
「気を付けてな」
こうして俺たち3人はインディアを後にし、原素神殿に向けて出発した。
「じゃあ改めて。私はリナベル・スカーレット」
「僕はコーディ・ラグナレク。二人で“悠久の翼”っていうパーティ、というかコンビを組んでるんだ。よろしくね」
あれ、まだちゃんとした自己紹介してなかったっけ?
「俺はライト・アルトノート。こっちこそよろしくな」
俺は二人と握手を交わした。
「ねえ、ライト君、おじいさんに知られたくなかったんでしょ? 本当は冒険者やっててBランクだってこと」
しばらく歩きながら話していると、リナベルがそんなことを言ってきた。やっぱり気付かれてたか。
「ああ。俺、アーイディオンポースの学校に通ってたことがあって、その時に冒険者に登録してたんだ。じいちゃんの後を継ぐって決めて、こっちに戻ってくる時にやめたんだけどな。最終はBランクで合ってるよ、師匠に追い付きたかったけど、さすがに無理だったな」
「師匠がいたの?」
「うん。“真紅の薔薇”って通り名のSランク冒険者。名前はマリーって言ってたけど、俺は師匠って呼んでたな」
赤い長髪で背が高いその姿を俺は思い出していた。
「“ブラッディ”マリー……ね」
リナベルはもう一つの通り名をつぶやいた。
「……それは禁句だったよ」
文字通り血の海に沈められた人が何人もいた。師匠はいろいろ容赦のない人だったから。 でも不思議と俺には良くしてくれた。
「魔法陣符の使い方を教えてくれたのも師匠だった。……元気にしてるかな?」
俺は魔法陣符を見ながら呟いた。
「彼女なら健在よ。ソロでSランクがちょっとやそ
とでくたばるもんですか。……ところでその魔法陣符はライト君が描いてるの?」
「ああ、落ち着いて描けば大丈夫だけど、戦いの途中で描くとダメなんだ。あせってんだろうな。まぁ懐に余裕がある時は魔道具屋で描いてもらってるけどな」
その時コーディが左側に視線をやったと思ったら、例の銃をぶっぱなした。
「!!?」
「魔物の集団がいたから倒したよ。牽制にもなったと思うから、しばらくは魔物に襲われる心配はないよ」
俺はコクコクとうなずいた。魔物の集団を一撃だって!? Sランク怖え……!
コーディは優しそうな顔つきだから油断しそうになるけど、敵には容赦がない。Sランクってみんなそうなのか?
……というか、ここからあの距離って結構離れてるんだけど、どんな視力してるんだ?
それからしばらくして、俺たちは原素神殿とやらに到着した。そこは少し緑が残っており、まばらに木が立っている中に石をピラミッド状に積み上げた建物があった。
「こんな土地がまだあったなんて……」
リナベルがやけに感動していた。
「いい所だよな。ちょっと心が落ち着くような……ん?」
紐を通して首からかけていた、透き通った水色の牙が仄かに光っている。
「呼んでる……気がする。そっちか」
俺は迷わず神殿の入口へと進んでいった。二人の冒険者たちは顔を見合わせて後をついてきた。
原素神殿の中はそこまで広くはなかった。部屋の中央に台座に乗せられた玉があり、奥の壁に4体の精霊竜のレリーフがある。
「サラマンダー、レヴィアタン、ティアマト、ヨルムンガンド……。原素神殿ってそういうことね」
リナベルは納得したという風にうなずいた。
「おもしろい名前だなと思ってたけど。……ライト君?」
リナベルの呼びかけに、はっと気付いた。どうやら少しぼーっとしてたらしい。
「ずっと誰かに話しかけられてるんだ。よく聞き取れないんだけど。……多分、その玉に触れろ、みたいなことを言ってると思う」
二人の冒険者たちは台座に乗せられた玉を見た。
そしてちょっと考えたあとにリナベルが提案した。
「せーので触ってみようか。……いくよ、せーの」
三人同時に玉に触れると、どこか別の空間に転送される感覚が訪れた。




