第10話 これからの予定とベヒモスの問い
「おはよう。良く眠れたかしら?」
目を開けると、リナベルの顔が視界いっぱいに映っていた。
「ぎゃああ……むぐ」
叫ぼうとした俺の口を、リナベルが素早く塞いだ。
「失礼ね、こんな美人の顔を目いっぱい眺めといて」
「むぐぐぐ……」
「ああ、ごめんごめん」
リナベルが手を外してくれた。
「その様子ならもう大丈夫そうね」
「おかげさまで。リナベル、収納魔法が使えるようになったかも気になるんだけど、俺の花畑のとこで血を吸わなかったか?」
「ぎく」
リナベルの動きが一瞬止まった。こりゃ黒だな。
「やっぱり吸ったんだな」
「ご、ごめん、ほんとに美味しそうでつい……」
「あー、もう終わってることだからしょうがないけどな。時と場所を考えてくれよ、他の人に見つかると……」
「じゃ、見つからないとこならいいのね?例えば今みたいに知ってる人しかいない時とか?」
言うなりリナベルが俺に覆い被さってきた。
「ちょ……! 全然反省してないだろ!あっ……!」
やられた!俺の首筋にリナベルの犬歯が刺さった。
「……朝からお楽しみのところ悪いんだけど」
コーディが目の前のテーブルにティーカップを置いて椅子に座った。
「全く楽しんでないからな!むしろ助けてくれ!」
俺は抗議した。どう見ても被害者だろ!
「今日の予定なんだけど、昼すぎに女王様に謁見できることになった」
華麗にスルーか。やるなコーディめ。
「朝一で城からの御使いの人が来てね。昼食後ぐらいに馬車が迎えに来ると伝えられたよ。それともう一件、ギルドからも連絡があって、査定が終了したらしい。こっちはいつでもいいとのことだったよ」
「リナベル!どうすんだ?」
ようやく満足したのか、リナベルは顔を上げ、俺の手当てをした。
「ふ〜、ごちそうさま。やっぱり君のは美味しいわ〜。おかげで朝からつやつやよ。あ、どうするかって話ね。じゃあ昼までにギルドの方を終わらせときましょうか。お金はいくらあっても困らないしね」
「了解」
そう言うとコーディはそそくさと準備をはじめた。
「……俺はもうちょっと休ませてもらってもいいか?」
ジト目でリナベルを見たら、リナベルは少し引きつった笑顔をうかべた。
「わ、わかったわ、じゃあライト君はお留守番ね」
よし、昼ご飯までの休憩時間をゲットしたぜ。
そのあと、割とすぐにリナベルとコーディは冒険者ギルドへ出発していった。
「あ〜、朝からひどい目にあった」
俺は独り言を呟くと、ティーカップに紅茶を注いだ。
そこに置いてあったパンに手をのばす。
「サービスが充実してる、良い宿だな。さすがSランク様が泊まるとこは違うなぁ」
一度だけ、師匠と一緒にどこかの宿に泊まったことがあったけど、あの宿もいろいろ良かったことを思い出した。
「ま、田舎に戻る身としちゃ、ここのこともいい思い出になるんだろうけど」
〝お前はあの景色を実現しないのか?〟
本当に突然、ベヒモスが部屋の中に現れた。
「え!? ちょっと、部屋壊さないでね、お願いします……」
結構みっちりつまってる感じだったので、俺は若干混乱しながらそんなことを呟いていた。
〝心配せずともそんなことにはならん。それよりも我の問いに答えよ〟
「あの景色……実現?」
ベヒモスは何を……あ、まさか、俺の夢をどこかで知ったのか?
「何でベヒモスが知ってるんだ? 俺、話したことあったっけ?」
〝最初にお前に触れた時だ。ヴィジョンが視えた〟
「ヴィジョン?」
〝そうだな……、その者が願っていることが映像としてあらわれる感じだ〟
まぁ確かにできたらいいなと思ってるけど、そこまで強く願ってるかと言われると……、あ、ベヒモスと出会った時はかなりの極限状態だったから……願ったんだろうな。
「実現できたら最高だけど、現実はけっこう厳しいからな」
〝そうか。ならば諦めるのか?〟
「まさか。いつになるかわからないけど、出来ることからこつこつと、だな。俺の代で出来なかったら、次の世代に引き継いだっていい。必ず実現させる、……あ」
ベヒモスは俺の決意が鈍っていないかを聞きたかったのか。さっき田舎に戻るって言っちゃったからな。
〝ならば良し。我は今しばらくそなたと共に行こう〟
そう言うと、ベヒモスは空気に溶けるように消えていった。
「……本当に突然だったよな。よかった、部屋壊れてなくて」
俺はほっと胸をなでおろした。