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第三話

 新歓活動が落ち着きを見せ、あれだけいた人たちはどこへ行ったのだろうと不思議に思うくらいにキャンパスの人口密度が減った頃、少し過ごしやすくなった大学構内で、わたしは必修の英話の授業で仲良くなったサトちゃんとお昼ご飯を一緒に食べる約束をしていた。サトちゃんが来るのを待ち合わせ場所の学食近くのベンチに座って待っていた。

 サトちゃんは、授業内のグループワークのときにわたしの持っていたペンケースを、それすごいかわいいねと話かけてくれて、お互い文房具や雑貨好きなところから話が弾んで、自然と仲良くなれた子だった。

 何も全員が全員、出身高校名を一様に、熱心に尋ねてくるような場所に来てしまったというわけでもなさそうだ、と思えてきた頃だった。


「あの、隣いいですか?」

 ヒッチハイカーやフリーハグ挑戦者が首から下げているようなダンボール製のボードを同じく首から下げた、肩につくくらいのロン毛で、ウェーブがかった黒髪をした、目鼻立ちのはっきりした筋張った印象の顔の、シンプルでカジュアルな服装の男性に声をかけられた。重低音の落ち着いた声だった。

「あ、どうぞ」端の方へさらにつめる。

「ありがとうございます」

 その男は礼を言った。

 何秒間かの沈黙が流れる。

「カクテルって興味ないですか?」唐突に男が尋ねる。

 男が首から下げているボードをよく見ると《カクテル同好会 部員募集》と書いてあって、サークルの勧誘だと気づく。

「カクテル……ですか、興味……、うーん、飲むのは好きですけど、そう言えるくらい知らないっていうか、よく知られたものしか飲んだことないんですよね」

 警戒心もあるけれど、それより好奇心の方が勝って会話に応じる。

 首から下げられたボードがちゃんと定規で下書きを引いて、まっすぐ丁寧に切られたような仕上がりで、その細部に、なんとなく悪い人ではなさそうだなという印象を抱く。

「なるほど。僕、ほんとカクテル好きで、でもいわゆる飲みサーみたいな感じで飲むのはちょっとちがくて、で、僕今三年生なんですけど、ちょっと長く大学にいて、あの、興味ないかもしれないんですけど、一応詳しく説明すると、一年生と二年生を二回ずつやって、今三年生なんですよ。四年間も大学にいるとすこしずつなんですけど知見がたまってきて、それで今年、自分でサークルを立ち上げようと思って、ついこの間新設したんですよ。まだ大学公認サークルではないんですけど。あの……、現時点で詳しくなくても全然いいんで、カクテルってほんとうに楽しいものなんで、ちょっとでも興味あるってことだったら、今度試飲会っていうのをやろうと思うんですけど、よかったら来てもらえませんか?あの……、参加費は無料なんで。あ、そうか、何年生ですか?というか、おいくつですか?」

「一年ですけど、この前二十歳になりました」

「そうなんですね。よかったです」

 男は安心した様子を見せた。

「あ、ちなみに僕申し遅れたんですが、フジサキジュンって言います」

「フジサキさんですね。フカザワスイです」

 フルネームを名乗り返す。

「あ、どうもスイさん…、スイちゃん……?」

 遠慮がちに顔色を窺われる。

「なんて呼んでもらってもいいです」

「じゃあスイちゃんって呼ばせてもらいます。僕のこともできれば下の名前で呼んでもらえるとうれしいです」

「じゃあ、ジュンさんって呼びますね」

「日程三日間用意してて、えっと……」

 ジュンさんは肩にかけていた生成りの布製エコバッグの中から何かを取り出す。取り出したものは紙製のコースターで、いろいろな線や円、三角形、四角形などの図形を組み合わせた幾何学的なデザインのロゴが印刷されていて、その裏には試飲会の日時と場所、《※二十歳以上の部員を募集します》との注意書きと連絡先のQRコードが印刷されていた。

「日程はこの三日間で、どこか都合のいいところに来てもらえるとうれしいです。あ、もちろん全日程来ていただくのも大歓迎ですけども」と言って、一枚手渡してくれた。

「友達って、誘っても大丈夫ですか?」

「もちろんです……!あんまり大勢だと会場のキャパがあまりないので困っちゃうんですけど、そうですね……二人くらいまでなら大丈夫です」

「あ、じゃあ友達と相談して、行く日決めてご連絡しますね」

「お待たせ、ごめんね」 

 そのときサトちゃんがやってきて、ジュンさんを訝しげに見る。

 ジュンさんはサトちゃんからの尖った視線を浴びながら申し訳なさそうに、

「お時間いただいちゃってありがとうございました。では失礼します」と言って、立ち去った。

「あの人だれ??」

 サトちゃんはジュンさんの姿が見えなくなると、そう尋ねた。

「なんかね、新歓?」

「え、この時期に?ひとりで?」

「うん」

「なんのサークル?」

「カクテルだって」

「え、カクテルってお酒の?」

「そう」

「大丈夫なの?危なくない?」

 サトちゃんの言うことはごもっともだった。

「行くとしたら友達誘って行くから多分大丈夫だと思う」

「そうなんだ、あぁ、あの仲良い二浪の人?気をつけてね」

 サトちゃんはそう言って、まだ何か言いたげではあったけど、それ以上は何も言ってこなかった。


〈カクテルサークルの新歓興味ない?〉

 その夜、オサジにメッセージを送る。

〈何、すこぶる唐突じゃん 興味ある〉

〈なんかね、新設のサークルなんだって 無料で参加できるらしい 友達二人までなら誘ってもいいって言われた〉

〈そうなんや〉

〈あ、でも二十歳以上じゃなきゃダメらしい〉

〈へー!年齢制限ある飲みサーめずらし 多浪の特権だな〉

〈なんか飲みサーではないらしい〉

〈じゃあなに?〉

〈同好会だって、カクテルの〉

〈ほーん、まあとりあえず行ってみるか やばかったらすぐ帰ろ笑〉

〈うん、そうしよ笑 あ、これもらったコースター〉と、日程の書かれた面を写真に撮って送る。

〈俺ね、全部空いてるわ笑 どこでもいいよ〉

〈じゃ、②の日程でいい?〉

 “OK”のスタンプと〈楽しみにしてる!〉とメッセージが届く。

 わたしはオサジ御用達の、実はわたしの御用達でもあった水彩画タッチの猫の絵柄の“THANK YOU”のスタンプを返した。

〈え、このスタンプスイも持ってたの?買ったの??〉

 すぐに返信がある。

〈実は持ってた笑〉

 それから、忘れないうちにジュンさんに参加日程と人数を伝えておこうと思い連絡をして、カレンダーアプリを開く。

《18:00 カクテル同好会 飯田橋》

 他の予定から目立つようにラベンダー色の文字で登録した。

 デフォルトに設定しているくすみグリーンの文字で登録したバイトの予定ばかりが入ったカレンダーに、一つだけラベンダー色の予定が入っていて、それが一輪の花のようにも見えて、大学に入ってからやっと少しうれしく思った。


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