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甘い彼女4

「京香ちゃんは、本当は真面目な良い子でしょう。わかります。だから、無理する事ないですよ」


 ルームミラー越しに、微笑む友達の彼氏。優しい、落ち着いた声。


「……本当に?」


 目元が、熱い。初めて、自分をわかってくれる人に出会えた……京香はそんな思いに、涙がこぼれそうだった。


「あ、あたし……本当はねっ」


 車の中で、揺れる体。ふわふわ、ふわふわ。何故か軽くなる口は、秘密を簡単にバラしていく。


「こんな格好して、化粧だってすっごく作り込んでるけど……。本当は……」


 地味だった、高校生の京香。京香は話し出すと止まらないのか、昔の写真まで取り出して見せた。


「髪も黒かったし、眼鏡だし……。眼鏡も最近のメガネっ子みたいにかわいいわけじゃないし……」

「そうなの!?」


 『信じられない』驚きを隠せない、ゆい。中野はそんな京香の話を、優しく相槌をうち聞いていた。


「化粧と服装を変えたら……世界が変わっちゃって……。調子に乗ったあたしが馬鹿だったのよ~!! ねぇ、知ってる? あたしすっぴんだと別人よ! うっす~い昔の日本人の顔」


 ゆいは、泣きつく京香の背中をずっとさすってあげた。


「何言ってるの。京香はキレイだよ! だから、そんなに心配しないで。あたしはずっと友達だよっ」


 力強く慰めるゆいを、ルームミラー越しに中野は見た。優しい、ゆい。その優しさはみんなに与えられるものなのだろうか? 自分だけが独り占めしてはいけないだろうか? 決して笑わぬ目をして、そんな事を考えていた。


***


 京香を送り届けた後。『コーヒーでも飲みましょう』と言って、遅くまで開いているカフェにあたしは連れて来られた。


「カフェオレがおすすめですよ、ゆいには」


 どういう意味だ? と思いつつ、カフェオレを頼んだ。中野君はいつも通り、よくわからないネーミングのコーヒー。必ず、ブラック。

 遅れて届いたカフェオレは、憧れのどんぶり。クリーム色の、たっぷりとしたカフェオレボウル。ミルクとホイップクリームが、別の容器に入れられてカフェオレボウルと共にトレイにのっていた。ミルク入れ放題。しかも、甘いクリーム。おすすめの理由に納得。


「おいしーいっ」


 ミルクを追加したカフェオレは、薄いコーヒー色。甘くて、優しい。あたしを甘やかす、味。


「幸せそうですね、ゆい」


 うんっ。無邪気に返事をするあたしに、中野君が……冷たい目で見てる。


「今、何時か知ってますか」

「えっと……」

「何ですか? 時計の針、読めませんか? でしたら携帯で確認しますか? デジタルで読めないとは、言えませんからね」


 時計は……九時を過ぎていた。門限は五時。遅れた理由は……。あたしはもう一口、カフェオレを飲んだ。……味がワカラナイ。中野君の前では、どんなスイーツも慰めにはならない。そんな、気がする。


「で、何時ですか?」

「く、九時……過ぎ」

「では、約束の門限は?」

「ご、五時。五時です」


 中野君は笑みを浮かべ、こちらを見ている。笑っていない目が、余計に怖い。


「お友達、無事で良かったですね」


 お友達、京香の事かぁ。本当に良かった……けど。


「どうやったの?京香の話だと、飲まされて連れて行かれそうだったんでしょ?」


 京香の話だと、店員さん(多分、後藤君)がその先輩に話しかけたら先輩が顔色を変えて出て行った、と。中野君は、後藤君に一体何を言わせたのだろうか。ん?それ以前にどうやって先輩だとわかったのか?


「妻子がいるって言ったでしょう?女連れの男に『奥様から電話がありましたけど』って言ってもらっただけだよ。後ろめたい人間は、すぐに顔色を変えますからね」

「そういうものなの?」

「はい。ゆいだってそうでしょう。僕の顔を見た瞬間、顔色が変わりましたよ」

「うっ……」


 ちくちくと、中野君は嫌味だ。せっかくの美味しいカフェオレが台無しだ。けど、今日はあたしが悪い。それに、中野君がいなかったらどうなっていた事やら……。


「でもね、ゆい」


 中野君が、カップを置いた。


「僕の顔色も変わりましたよ、今日は」

「何で? うしろめたいとか?」

「ゆいと一緒にしないで下さい」


 あきれ顔の中野君。


「ゆいに何かあったら……僕は正気でいられないかもしれません」

「えっ……」


 何か、恥ずかしい。中野君は、やっぱり意地悪だ。正直な愛情表現に、あたしの顔が熱くて……堪らない。


「後でコンビニに行きましょうね」


 お泊りグッズ。中野君の言葉の意味がわかった時、あたしはカフェオレを吐き出してしまいそうになった。


「嫌ですか」


 ふるふると、顔を横に振る。中野君の家。一人暮らしの部屋。まだ、そういう事は……。想像すると、頭が痛い。どうも、今日は変な感じだ。


「大丈夫ですよ。何もしませんから」

「嘘!?」


 くつくつと中野君が笑う。


「何か、した方が良いみたいですね」


 何か……。


「ちょ、ちょっと。べ、別にして欲しいとか……。ていうか、何? もう、ヤダ」


 顔が熱い。いつかそうなるのかなぁ、なんてぼんやり思っていたけど……。心の準備、いや、体の準備が……。


「てか、何考えてるのっ。あたし」


 中野君は、ずっと笑っていた。


「大丈夫ですよ。ちゃんと家まで送ってあげます」


 中野君はそう言って、コーヒーを飲み干した。あたしは、どんぶりに残った薄いコーヒー色を見つめた。『送ってあげます』ふ~ん。そっか。やっぱ、あたしにはそういう魅力がないんだ。


 帰りは助手席で。あたしは流れる車窓と、複雑な気持ちで向き合っていた。車は見慣れた景色を抜け、あっという間に家に辿り着いた。


「どうしたんですか?」


 そんなの。言えるわけないじゃん。別に。なんてそっけなく呟いてみた。


「泊まりに来ますか? そのかわり、何もしませんけど」

「なっ!そんな事、言ってません」

「そうですか」


 なんか……このまま家に帰りたくない気がする。中野君は、あたしの事を好きだというくせに……そっけない。


「ねぇ、中野君。一人暮らし……寂しい?」


 そうですねぇ……。中野君は、少しだけ考えるポーズ。


「慣れてますからね」


 寂しいのには。暗い車内で、中野君の白い肌がぼんやりと浮かぶ。


「なんかねっ。……寂しくなるから、そっちに行ってもいい?」


 中野君は驚いたのか、目を見開いたまま固まっている。


「良いですよ。ゆいが願うのなら、僕は何だって大歓迎ですよ」


 その代わり。そう言って中野君の顔が近づく。


「何もしませんよ。抱き枕みたいに、大事にしてあげます」


 中野君のキスは、なんだかやらしい。唇が触れる時より、離れる時に感じる余韻。


 車は、そのまま中野君の家へ。

 あたしは一晩。初めて中野君の家に泊まった。


***


「教えてあげましょうか」


 本当に、抱き枕のように抱きしめられたまま眠った翌朝。中野君はとんでもない事を言い始めた。


「何を?」


「昨日の夜、何もしなかった理由」


「なっ、何を。そんなの……。聞きたいけど、聞いてもあたし傷つかない?」


 朝は中野君の淹れてくれた、コーヒー。もちろん、甘くてミルキィ。


「大丈夫ですよ」


「じゃあ、教えて」


 中野君はわざわざ、耳元で囁いた。


『勝負下着じゃなかったから』


「はぁ??」


 意味がわかんない!


「ゆいは初めてでしょう? だったら勝負下着だとか色々……。ひとりで考えていそうじゃないですか? そう思ったらもったいなくて。成り行きじゃなくて、ちゃんと予告してあげた方が……楽しそうじゃないですか」


「なーかーのーくん!!」


 顔が熱い。もう、そんな事を言われたら本番どうすればいいの? 中野君! あなたあたしに、どれだけ恥ずかしい思いをさせれば気が済むの!


 あたしはコーヒーカップを握り締めて、中野君に背を向けた。


「もう、やだ。絶対そんな事しないんだから!」


 精一杯憎らしい声を出して、そう言った。中野君は……何も言わない。どうしたんだろう? 気になるけど、背を向けたのはあたし。


「機嫌を直してください」

「!!」


 反則だ。中野君は、包み込むようにあたしの背中を抱きしめている。


「本当は、まだ自信がなかったんです。完全に恋人になってしまうのが」

「……どう、して?」


 背中に、中野君の体温が伝わる。冷たく見えた中野君の……。あたしよりも少しだけ高い温度。


「僕は、完全にゆいを手に入れてしまったらどうなるでしょうね。きっと、手放す事が出来なくなってしまいます。それが……ゆいを傷つける事になったとしても」


 背中が、寒い。中野君はあたしからそっと体を離した。


「僕は、それが怖い」


 中野君の、闇はまだ終わっていない。あたしは、胸が詰まってしまうようで……苦しかった。


「けど、中野君!」


 あたしは中野君の闇にも、負けない。これまでだって、蹴散らしてきたんだから。


「それじゃあ、あたしいつまで……」


 言いかけて、止めた。いつまで……。う~ん。良い表現が浮かばない。


「大丈夫ですよ」


 中野君はあたしの言いたい事を察したのか、またくつくつと笑い始めた。『大丈夫』って、本当なの??


「本当に? 約束だからね!」


 あたしは顔を真っ赤にしたまま、小指を差し出した。


「嘘吐いたら、針千本じゃすまないんだからっ」


 あたしの小指に、中野君の小指が絡む。小さくて短いあたしの小指。中野君のキレイな指がするりと絡まる。


「ゆいは良い子ですね。奪わなくても、僕に与えてくれる」


「ん?」


「では、主導権もゆいにあげますね。僕はいつだって、ゆいの言いなり」


 そう言って、またキスをした。中野君はキス魔だ。しかもやらしい。

 

「ゆいは甘いですね。でも、僕は甘くありませんよ」


 それは、コーヒーの話。

 それとも……。


 言いなりなのは、あたしの方じゃないの?


 ゆいは、長くて甘いキスに翻弄されながらそんな事を思っていた。 

番外編どうでしたか?

相変わらずのせられている、ゆいちゃん。

このままで大丈夫なのでしょうか?

このお話、登場人物が多いのでまた機会があれば書くかも?

リクエストがあれば、お気軽に。

感想よろしくお願いします。ユーザーで無い方は拍手の方によろしくお願いします。

メッセージがあると本当に励みになります。では。


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