甘い彼女3
「京香ちゃん、本当にカワイイよね」
京香の周りには、男、男、男。皆、口をそろえて、京香を誉める。京香も、そんな事ないですよぉ~と言いながらまんざらでも、ない。
「俺じゃ駄目かな?」
男達のアピールに、京香は微笑む。あぁ、良い気分。
「京香ちゃん、すっごくモテそうだし」
「そんな事ないですよぉ。京香よりカワイイ子、たくさんいるし~」
きれいに巻いた髪を、ふるふる揺らす。化粧だって、完璧。あたしはもう、昔のあたしじゃない。地味で暗い京香は、田舎に置いて来たのよっ!
***
「ゆいちゃんっ」
部屋に戻ると、すっかりデキあがった太一君が。
「置いていかないでよ~」
あたしの腕を取り、擦り寄る。犬じゃあるまいし、そんなにじゃれないで欲しい。
「女の子が急に減っちゃったんだよ~」
「えっ? ドコに行ったの? あたし、京香の事さがしてるんだけど」
太一君のテンションが一気に、下がる。
「もう、戻って来ないんじゃない? 先輩と一緒に……。あの人、必ず誰か持って帰っちゃうから。けどね……」
聞きたい? 太一君が耳元で囁く。そのもったいぶった言い方に、あたしはつい頷く。
「先輩、妻子持ちなんだよね」
サイシモチ。妻子。妻と子供!
「えぇー! だって、まだ大学生でしょ?」
「だよね~。まぁ、あれだけやってれば出来ない方がおかしいよ」
京香ー!!良く知りもしない人に、ついていくなー!!
「で、どこ行ったの?」
「さっき出て行ったから、まだその辺にいるんじゃない? そんな事より、どっかいかない? 俺、ゆいちゃんがいないと寂しくなっちゃうんだ」
再び擦り寄る、太一君の手。いけない、いけない。大学生の甘い言葉は、高確率で嘘。ていうか、その場しのぎ。なんか、『好き』って言葉が挨拶代わりみたいじゃん!
「……トイレっ」
ここにはついて来られないはず。そう思っていたのに、歩き出したあたしの後ろから太一君はついてくる。ヤバイ。あたしは太一君を振り切るため、行きたくもないトイレに駆け込んだ。
幸いトイレは男女別。あたしは、ほっと胸を撫で下ろした。ふぅ。ため息が出る。憧れていた共学生活だったのに……。甘い言葉は信じない。そう、固く誓った。
「どうしよっかなぁ……」
トイレはやたらと込んでいた。鏡の前なんて、全く空きがない。外に出ようにも、太一君がまだ待っていそうだし。あぁ。面倒臭い。
『……絶対やられちゃうよね』
『いいんじゃない? あの女ムカつくし』
『全然OKでしょっ。あっちも相当遊んでるんだし』
『先輩強引だもんね~。けど、1回で飽きちゃう』
『京香かわいそ~』
笑い声。鏡の前で、化粧を直しながら女の子達が笑っていた。京香。先輩。
『あたしらを引き立て役にするからさぁ。ムカつくんだよ!』
仕返し。そんな言葉も聞こえてきた。女の嫉妬は怖い。それは、女子校で嫌っていうほど見てきた。友達の彼氏をとったら次の日は友達がいない、なんて事も。
悩んだあたしは、携帯を取り出した。とりあえず、京香に電話を……繋がらない。う~ん。どうしよう。
***
手に持ったままの携帯が、鳴っている。どうしよう。京香の背中は、すでに壁に預けてある。もう、逃げ場が無い。『友達が待ってる』そう言われてついて行ったら、そこは空き部屋。
「あのっ。先輩。電話……」
先輩。そう呼ばれた男は、カワイイ色合いのチェックのカジュアルなシャツを着ている。アシンメトリーな前髪に、隠れた右目。良く見れば、鋭い。
「じゃあ、行こうか」
強引に京香の肩を抱き、体を密着させる。ついて行ったらヤバい。そんな予感。
「でも、友達が……」
抵抗したくても、体がふらつく。おかしい。ジュースしか飲んでいないはずなのに……。もしかして?
京香は自分が口にしたモノを、よくよく考えた。ジュース。先輩が持ってきてくれたジュース。何杯飲んでも、お腹に溜まらなかったジュース。
「お酒だったんじゃ……」
言いかけた京香に、先輩の口元が緩む。
「いいじゃん。初めてじゃないんだし」
やっぱり。京香は、自分の甘さを悔やんだ。『無理するから』昔の自分が寂しそうに笑った。
***
「で、ゆいはどうしたいの?」
いつまでもトイレから出られずにいたあたしを、中野君が迎えにきた。がっしりと、腕をつかまれ再び席に座らせられた。
「京香を……さがしてるんだけど」
「それで?」
悪魔だ。さっきだって、絶対あたしの一部始終を見てたはず。じゃないと、あんなタイミングで迎えに来れない。きっと中野君は、見てないようで全部見てる。
「どうしたらいいかなぁ?」
「それはお願いしてるんですか、ゆい。僕には、妙案が無いわけではないのですが」
中野君はそこで話を止めた。頬杖をついて、見下すようにあたしの方を見た。あ、怒ってる。そうだった。あたし、門限の約束破ってたんだった。
「ご、ごめんなさいっ!こ、これにはふか~いワケがあって……」
ちらり、中野君の顔を見上げた。目が冷たい。
「ゴメンナサイ。これからは五時迄に帰ります」
「そうですか。僕はどちらでも良いんですよ。ゆいが大人になれば、もう少し遅くても。まぁ、これくらいでいいでしょう。その話はまた後で」
中野君は、何故か店員さんを呼んだ。
「はいっ」
やっぱりこの店の店員さんは威勢が……良い。
「ちょ、ちょっと!後藤君じゃんっ」
今は亡きリーゼント。背筋のピンと伸びた、後藤君。一緒の大学なのに、めったに会う事がなかった仲間。
「えっ、ちょ、もしかして……」
あたしは中野君の顔と、後藤君の顔を見比べた。にやりと笑う中野君。
「委員長、浮気は駄目っス」
その時、全てがわかった。『女友達と遊ぶ』というあたしを、中野君が何も言わなかったわけが。大学の近くで飲み会といえばココ。広くて安いチェーン店。スパイがいたなんて!やっぱり、恐ろしい……中野君。
「頼みたい事があるんだけど……」
中野君は後藤君に、なにやら耳打ちをした。策略家、中野。そんな言葉が頭に浮かんだ。
耳打ちされた後藤君は『はい、喜んで』の言葉を残し、去っていった。
「あたし、どうしたら……」
「ゆいは何もしなくていいですよ。その友達が来たら、一緒に帰りましょう」
余裕の中野君。やっぱり年上だから?そんな事をアレコレ考えていると、あたし達の横を走り去る人がいた。
「はやっ」
その人が着ていた、かわいいチェックだけが残像のように印象に残った。
京香が現れたのは、その後。後藤君に連れられ、ふらふらと歩いてきた。
「ゆいー!」
あたしに抱きつく京香。ふわり、甘い香りとアルコールの匂い。
「駄目じゃん、京香!しっかりしなよっ」
ふわふわと歩く京香を、中野君と車に乗せた。京香が心配なあたしは、いつもの助手席じゃなくて、後ろに座った。