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甘い彼女2

 春は出逢い。新しい学校、新しい……バイト。


『ああっ!』


 礼儀正しい青年は、「はい、よろこんで」とオーダーを受けながらも、内心、気が気じゃなかった。ネームプレートには、『気合はいってます! 新人 後藤』の文字。彼は、さっきから奥の座敷が気になって仕方ない。


『委員長……浮気は駄目っス』


 隠れた方が良いのか、どうどうと注意した方がいいのやら……。亡きリーゼント、今はすっきりした短髪の後藤君は迷っていた。委員長の手には、オレンジジュース。そこはOKっスなんて、心で思っていた。けれど……彼の頭にはもう一人。仲間の顔が浮かんだ。『何か見つけたら、連絡して』入学前にここでのバイトを教えた時、言われた言葉。


『何かって……これの事っスかぁ?』


 空いた皿を片付けながら、二人の顔を交互に思い浮かべた。


***


「だーかーら。携帯貸してっ」


「何で?」


「何にもしないからっ。俺の携帯とこうやって……繋げて遊ぶから」


 おしゃれパーマの太一君は、携帯片手にさっきからあたしに絡む。携帯番号。教えて欲しいらしい太一君と、できれば教えたくないあたしのバトル。太一君は、手ごわい。おもしろい言い訳を考えては、あたしに挑む。きっぱり断っても、笑い話に変えてしまうあたり相当遊んでるっぽい。


「たいちー。京香ちゃんが呼んでるよー!」


 どこからか、男の声。ダラダラしていた太一君がすっと立ち上がる。


「えぇ!もう、しょうがないなぁ。待っててね!ゆいちゃん!」


 ……素早い。絶対、酔ったふりしてたなぁ。あたしは大きくため息をついた。知らない人に囲まれているからかなぁ。何か、疲れる。高校生の時とは違う、大学生のノリ。こういう場所だからかなぁ。初対面の男の人は、みんな軽い。


「ゆいちゃん、こっちおいで。助けてあげる」


 えぇっと……そうだ。白石君。太一君がいなくなった席に、白石君がやって来た。『助けてあげる』そう言って、輪の中に座るあたしをひっぱって行く。


「えっ、ちょっとドコ行くの」


「ここにいたら、太一に絡まれちゃうよ。だから、あっちに行こう。あっちの席なら、気付かれないよ。後で、京香ちゃんも来るから」


 白石君が指差すのは、あたし達がいた大部屋とは違う。入り口近くの少人数の、半個室。


「じゃあ、京香が来るまで……」


 白石君は、京香が目当て。あたしは勝手にそんな想像をして、安心していた。白石君はちょっとナルシストっぽい。だから、あたしの事なんて眼中にないはず。あたしはすっかり安心して席に座った。


「ゴメンネ、勝手に頼んじゃった。オレンジで良かったよね」


 席に座ると、すぐに運ばれてきたドリンク。オレンジと、ウーロン茶。白石君も飲まないんだ。あたしは、勧められるままに飲んだ。


「太一のやつ、しつこいだろ?ごめんね。もっと早く助けてあげたかったんだ、本当は」


 はぁ。それは親切に……。なんて返事をしながら、あたしは京香視線でを探した。一体、どこにいるんだか。


「でも、ゆいちゃんも太一が気にいってるのかなぁって……」


「……それは、無いです。あたし、今日は数合わせだし。それに……」


 『彼氏がいるんです』そう言ったら、変に思われるだろうか。『別にお前の事狙ってねーし』とか『やっとできたからって自慢する事かよっ』とか……。


「あたし、こういうの苦手なんで……」


 迷ったけど、無難に答えた。苦手。まさにそう。知り合ってすぐ恋愛関係に……とか無理。なんか、こう……。う~ん。何で、出逢って口説く。大学生に片思いは、存在しないのかぁ??


「俺も苦手なんだ。……でも、良かった。おかげで今日はゆいちゃんに会えた」


 向かいに座っていた白石君が、隣に座る。ん? なんで?


「ゆいちゃんって、他の子と違うよね。初対面なのに、俺。ゆいちゃんの事、好きになってもいい?」


 白石君の手が、肩にのせられる。どうしよう……。逃げ場が、無い。


『ご新規ごあんな~い!』


 入り口で、威勢の良い声が聞こえる。雑多な店の中で、店員さんの声さえすぐにかきけされてしまう。


「いやっ、あの。困る、困る、困る。え~っと、ほら、白石君は京香狙いでしょ?そんな、手当たり次第に声掛けちゃ駄目だよ……」


 ふるふると首を振るあたし。全く想像していなかった展開。あぁ、彼を一瞬でも信じたあたしが馬鹿でした。


「ウーロン茶下さい」


 ん?あたしと白石君の間に、微妙な空気が流れた。


「はい、よろこんで」


 これまた威勢の良い店員さん……。ああっ!!


「お前、誰?」


 あたしの肩に手をかけたまま、白石君が尋ねた。4人掛けのテーブル。あたしの隣には白石君。そして……あたし達の向かいにもう一人……。


「俺? 法学部の1年」


 テーブルに頬杖をつき、涼しい顔でこちらを見ている。


「で? 何?」


 白石君が尋ねると、彼は笑顔で答えた。


「別に。どうぞ、続けて」


 あぁ、もう死にたい。


「ゆいちゃん。どうしたの?」


 真っ青なあたしと、ワケのわからない白石君。そして……。


「どうぞ、そのまま続けて下さい。僕はここで見てますから。……何ですか、ゆい?して欲しい事があるなら自分のお口で言ってください」


 笑顔の中野君。白石君は、中野君とあたしを交互に見ていた。


「……もしかして、彼氏?」


 何度も頷くあたし。


「そっか」


 白石君はあたしに手を振ると、席を立った。残されたのは、二人。


「あ、あのぉ……」


「出ましょうか」


 中野君はそう言うと、あたしの手を引いた。


「ゆい。一人で来たんですか?」


「友達に誘われて……」


 あたしは京香の事を話した。


「こんな所に、女の子を置いて帰ったら駄目ですよ。二人で来たなら、帰りも二人で帰りなさい」


 危ないから。中野君はそう言った。そっか、そうだよね。京香はあたしよりも、かわいいからきっともっと大変。


「きょうか~」


 あたしはさっきの部屋に戻り、京香を探した。


***


「いや~。間に合って良かったっス」


 後藤は何故か照れながら、中野と話した。


「でも、委員長は何にもしてないです。絡まれてただけです」


 後藤は迷った結果、ゆいの事を中野にメールで知らせた。彼の中で、ゆいの行動が浮気に見えたらしい。


「ありがとう。また何か見たら、よろしく」


 中野の言葉に後藤が頷く。『男の友情』そんな事を言いながら、二人は固く握手した。


 『次は、ゆいの女友達』


 友達も送ってあげるから。中野はゆいに優しい言葉をかけた。


 『危ないから』

 

 そんな言葉を添えて。


「ゆいは、甘いなぁ」


 中野は、うれしそうに友達を探しに行くゆいの背中に呟いた。


「お仕置きは、これから」


 悪魔が微笑んだ。


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