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甘い彼女1

The Great Escapeの続編です。読んでなくても大丈夫です。

「結局、中野君のひとり勝ちかぁ……」


 真新しい校舎は、茶色いレンガ造り。男女共学の本校舎を中央に、特別教室の入る別棟が左右に建っている。その校舎のどこを探しても、男女を隔てる壁など無い。更衣室とトイレを別にして……。


「教師のできる事なんて、たかが知れてるのね……」


 日当たりの良い保健室の窓を少しだけ開け、春風を引き込む。理事の娘でもある彼女は、窓から見える付属の大学を見てため息をついた。たかが知れている。知識も経験もある彼女でもできなかった事を、あの小娘はやってのけたのだから。


『先生、賭けをしませんか』


 あの日。その声の余りの冷たさに、一瞬息を飲んだ。子供のくせに。そう侮っていた自分を、あの少年は一瞬で凍りつかせた。耳元にかかる、少年の声。わかっていても、騒ぐ胸。あの年齢とは思えない、色気。


「木村ちゃんも気の毒に……」


 心地よい春の日差し。彼女は目を細めると、一人で笑った。気の毒な、木村ちゃん。


「蛇に睨まれた……」


 中野君は蛇。冷たくて、真っ赤な舌を出す。そこまで考えて、彼女は腕を組んだ。


「あの子は……」


 首を傾げると、首元で華奢なチェーンが揺れた。あの子は、例えるならなにかしら? 正直過ぎて真面目で……面白い。やたらと走る、健気な子。


「きっと、中野君の手の平で転げまわってるんでしょうね」


 どんぐりころころ。彼女は笑った。それはさすがに失礼かしら? なんて。


***


「……本当に、大丈夫かなぁ」


 あたしは、嘘が苦手だ。


「大丈夫だって! ……そんな事より、その格好の方が問題よっ」


 京香きょうかはベンチに座ったまま、上から目線でファッションチェックを始めた。ありえないだとか、気合が入ってないとか……ようするに、色気が無い、と。


「だって……普通にしてないとバレちゃいそうなんだもん」


 なんて、言い訳をしつつも、どこが悪いのかいまいちわかってないあたし。まぁね、確かに色気はないさぁ……。けど、その方が京香的にもいいじゃないのかしら??


「ゆい。あんた、どうせ数合わせとか思ったでしょ、今」


「正解!」


「もうっ! もっとやる気だしなさいよっ。大学っていえば、コンパでしょ。初めてできた彼氏だか何だかしらないけど、遊ばなきゃ! もったいないわよっ」


 もったいない……。言われれば、そうかもしれない。キレイに盛って巻いた髪と、とがったヒールに込められた気合。甘い香りは、通学だけに留めておくのはもったいないかも?あたしは京香の横に座り、自分の足元を見つめた。


「あたしはこれくらいで、良いんだもん」


 さすがに今日はスニーカーを履かなかった。ストラップのついた、まるいおでこの靴。散歩しながら通学するあたしには、ヒールはキツイ。それに……。


「また、そんな事言って! ちゃんとカワイイよ、ゆいは。あたしはカワイイ子しか誘わないんだから!」


「そんな事言って。目当てはこれでしょ」


 バッグから取り出したのは、ノート。今日の午後の講義の内容がしっかり書かれている。


「ありがとうー!! やっぱり持つべきものは、かわいくて賢いゆいちゃんっ。お礼に今日はゆいと好みがカブっても譲る~」


 いや、だからカブりませんって。あたし、彼氏いるんですけど……。なんて、言いかけてやめた。どうせ京香は聞いていないし。ノートを抱きしめてはしゃぐ京香。どうもあたしは男好きな女の子に好かれるらしい……。京香はまるで、マナをパワーアップさせたような子だ。大学には勉強より、遊びに来てますってオーラがでてるし……。


 入学して最初の授業の日。あたしはたまたま京香の横の席に座った。ノートを広げ、しっかり書き込むあたし。京香は横で、ほおづえをついて退屈そうに辺りを見回していた。


「……気にならない?」


 急に話しかけられた。京香は自分を指差した。


「私の存在。邪魔じゃない?」


 言っている意味がよくわからなかった。あたしは一瞬だけ考えて答えた。


「邪魔じゃないです」


「来なきゃいいじゃんって思わない?」


 あたしは、首をかしげた。


「なんで?」


 あたしは京香の顔を思いっきり覗きこんだ。なんで? ってすごく気になった。余程、変な顔だったのか京香は声を押し殺して笑い出した。


「ねぇ。この後、下に買い物に行かない?あたし、ニキビできそうで嫌なの」


 京香はそう言って、一階の売店へとあたしを連れて行った。そこでニキビに良く効くという、小さな栄養ドリンクをおごってくれた。


「これも飲んでね」


 京香はバッグから、たくさんのサプリを取り出してあたしの手の平にのせた。あぁ、キレイな人は毎日大変なんだなぁっって思いながら飲み干した。京香の顔のドコにニキビがあるのか、あたしにはわからなかった。


 その日を境に、なぜか一緒に行動するようになった。おかげで、構内を歩くと男の視線が痛い……。


***


 京香に連れられ、大学近くの居酒屋。あたしは、誰にも(というか知り合いに)会いませんように!! なんて祈りながら席に座っていた。新歓コンパ。多分、この居酒屋にいるのはみんな大学生。ていうか、あたし未成年なんですけど……。


「ハジメマシテ。俺は太一。よろしくね~」


 あぁ、どうも。あたしは頭を下げた。どうも、こういうのは慣れない。太一君。えぇーっと。太一君は、茶色いウェーブのかかった髪をしていた。おしゃれパーマの太一君。頭の中で勝手にあだ名をつけた。


「俺は、しらいし。白石君って呼んでね」


 もう一人は黒っぽい服装の、シンプルな顔の男子。少し長めの髪を外ハネにした、セットに時間のかかりそうな人。


「お友達、大人気だね~」


 なぜか、太一君と白石君はあたしを挟むように両脇に座った。白石君が指差す先にはお友達。向こうで男の子達に囲まれている、京香。女子校育ちのあたしには、こういうのはハードルが高い。


「で、キミの名前は?」


 おしゃれパーマの太一君が、近づく。いや、ちょっと近すぎるんですけど。


「木村……ゆいです」


 京香だったら、苗字なんて言わないんだろうケド。あたしはどうも下の名前をかわいく自己紹介する事ができない。


「ゆいちゃーん。よろしく!ほんとカワイイね」


 おしゃれパーマは強引にあたしの手を取り、握手した。白石君の方は、誰かに呼ばれたのか、いつの間にか席を移動していた。


「……それは、ないです」


 酒くさい。テーブルには誰のものだか、もうわからないジョッキ。新観コンパって……ただの酔っ払いの集まりかよ~!叫びたいあたしに、太一君はなおも寄り添う。あぁ、もう帰りたい……。壁の時計は、八時を過ぎていた。ヤバイ、門限。大学生になったあたしには、誰かさんの決めた門限が存在していた。


***


「五時にしましょうか」


 満面の笑顔で、彼はそう言った。五時。それは何の時間??


「僕がいない日の門限ですよ。ゆいは、すぐに攫われてしまうからそれくらいが丁度いいでしょう」


「あのぉ……。今時、小学生じゃあるまいし……」


 一応、反抗してみる。彼は一つ年上の、彼氏。もぉんのすっごく意地悪な、彼氏。


「今時の小学生は、ゆいよりもっと警戒心をもっていますよ。それに……」


 運転席の中野君が、あたしに近づく。相変わらずの白い肌に、シャープな顎のライン。きっと、あたしの顔の方がデカイ。キスするの? 軽く開いた唇が……なんかやらしい。


「今時の小学生の方が、ませてますよ」


 キスする寸前で、中野君の動きが止まった。触れそうで、触れない距離。あぁ。一番恥ずかしい、距離。


「どうします?もっと遅い時間がいいですか?遅い時間がいいなら、もっと大人になってもらわないと……」


「ご、五時でいいですっ!五時までに帰りますっ!」


「いい子ですね、ゆい。では五時を過ぎたら、大人の時間ですよ。約束を破ったら……。楽しみですね。僕はそういう事を考えるのが得意なんですよ」


 天使の笑顔で、中野君はあたしにキスをした。きっと、心の中には悪魔。いじわるなあたしの彼氏。


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