雪が降った日
はじめまして!最近不調が続いて絵や漫画が描けないので、よく書いている二人の馴れ初めを文章にしてみました。読みづらい部分があるかもしれませんが楽しんでもらえたら嬉しいです。
その日は大寒だった。外へ出ると一面真っ白の雪景色。積もっていく雪を眺めて時間がゆっくり過ぎていくような感覚に包まれた俺は、案の定遅刻ギリギリで靴箱に向かった。
「珍しいな、お前がこんなギリギリに来るの」
同じクラスで仲の良い河野が得意げに話しかけてくる。
「河野はいつも通りだな」
「俺だっていつも遅刻してるわけじゃないよ!?」
毎日飽きもせず慌てて教室に入ってくるのに何を言ってるんだ……。と思いながら普段の流れで上履きを取り出すと、一緒に手紙が落ちた。拾い上げ確認しようとすると、それに気付いた河野が身を乗り出す。
「えっ!?」
「?なんだこれ」
「ラブレターじゃん!誰!?」
「…わからない」
どこにも差出人が書かれておらず、中は結構分厚い。内容は定かではないが、枚数からして相当書き込まれている。驚きを通り越して恐ろしい。
「モテモテだね~もみじくん!」
俺の不安をよそに河野は意気揚々としている。頼むから静かにしてくれ。そして、河野の言う通りこれが本当にラブレターだったら断る以外の選択肢はないだろう。
気付くと昇降口の時計が着席時間一分前を指していたので、俺たちは慌てて教室へ向かった。
「え~?俺だったら付き合っちゃうかも」
「そもそも河野は彼女いるから無理だろ……」
昼休みになっても俺たちの話題はこの手紙一点集中だ。河野の予想通り今朝の手紙は俺宛のラブレターだった。……文章が少しおかしかったけど。
「内容どんな感じなの?もみじへの愛がたっぷりぎっしりって感じ?」
「うーん……」
そう言われて授業中に一度目を通した手紙をもう一度開く。
そこらへんの店では見かけないような、角度によって模様がキラキラと輝く高そうな便箋に、ボールペンで書かれたであろう綺麗な字で長文が書いてある。
『暦の上に春は立ちながら、厳しい寒さが続くこの頃。古城様におかれましてはお健やかにお過ごしのことと存じます。(中略)さて、昨年の今頃 気分が優れない私を気にかけ、こもった教室の窓を開けて風を通してくださったことを覚えていらっしゃいますでしょうか。(中略)それからずっと、私もあなたのことが好きです。つきましては今日の放課後、準備室でお待ちしております。』
改めて読んでもすごい。色々突っ込みたいところはあるが、私もあなたのことが好きって、どういうことなんだ。一昨年って受験期あたりだよな?入学した始めの頃か?さっぱり記憶にないし、文章から見てこの人は相当思い込みが激しいタイプなのかもしれない。
「強いて言うなら…愛がずっしりって感じ」
「もみじも隅に置けないな~」
「……でも放っておいたら面倒なことになりそうだし、放課後きっぱり断ってくる」
「まあそうだよな」
河野は購買の焼きそばパンを片手に、次の授業で小テストがある英語の教科書を見返している。この高校は普通科と特進科でクラスが分かれており、俺たちは普通科だ。先生もそれぞれ分かれているが、英語だけはなぜか特進科と同じような進み具合になっていて、使っている教材も同じ。だから昼休みに勉強をする奴らが多い。
俺もテスト範囲を見返そう、そう思って教室のロッカーを漁ったが、昨日持ち帰ってそのまま持ってくるのを忘れてしまったことに気づいた。
「教科書忘れたんだけど、河野って他のクラスに友達いたりする?」
「いるいる。ちょっと待って」
残り二口ほどの焼きそばパンを一口で詰め込み、河野はそのまま席を立った。お互い入学式に知り合って帰宅部同士なのに、河野は結構交友関係が広い。俺が狭いだけかもしれないが。
「隣のクラスの奴に借りようとしたら特進の王子が貸してくれた。あとで返してくれればいいってさ」
「まじで助かった。ありがとう」
河野が借りてきてくれた教科書には、小野寺 雄二郎と名前が書いてある。
「…小野寺くんの教科書を王子って人が貸してくれたのか?」
「違う違う。この教科書貸してくれた小野寺くんが王子って呼ばれてるの」
「へえ……」
なんだかよくわからず返事を返していたのが伝わったのか、河野は続けて話す。
「この学校って内部進学が多いじゃん?小野寺くんは中等部から通ってて、そのころから才色兼備でなんでもかんでも優秀だから周りの人から王子って呼ばれてるらしい。入学式の時挨拶してたでしょ。身長も高くてさ、覚えてない?」
まあ、もみじは俺との出会いで全部霞んじゃってるか~と照れながら続ける。実際入学式は、先生の話が思ったより長くて若干寝ぼけながら聞いてたし、隣に座ってた河野が帰りに声をかけてくれたこと以外ぼんやりとした記憶になっている。一年前のことなのに随分昔の出来事みたいだ。
「あー……、わからなくもない」
「絶対忘れてるだろ。それで、その王子がたまたま英語の教科書持ってて教室で人呼んでたら貸してくれたんだよ。感謝だな」
「そうだな。……で、返す時どうすればいい?特進の何組?」
「それはわからん」
「……とりあえず小テスト乗り切ってからだな」
五時間目の英語が始まり、小テストは難なく終わった。相変わらず進みが早くて嫌になるが、今日使っているのは王子くんの教科書だ。向こうの方が先に授業を受けているから、当てられても問題ないだろう。
実際王子くんが秀才というのは名ばかりではなく、教科書に載っている英文には線が引いてあったり、訳が書かれたりなど、自分の教科書とは比べ物にならないくらいしっかりと書き込みがあり、貼られている付箋にも授業で聞いたことがメモされていた。
すごいなー。俺なんて小テストがある時でさえ持ち帰ってぱらぱら眺めるだけなのに。
字も、こんなに綺麗に書けるんだ。
……あれ?
「ん?」
待てよ、いや違うかもしれない。でも、この字って──
「どうしたもみじ」
「うおっ」
気づかないうちに五時間目が終わり、前の席の河野がニヤニヤしながらこちらを向いていた。
「今日はもみじくんの様子がずっと変ですね~」
「あ、当たり前だろ。誰からなのかも分からない手紙もらってるんだから……、放課後には会わなきゃいけないし」
考え事をしていた姿を見られて恥ずかしくなり、口が勝手に動く。
「もうその放課後だよ」
ふいにその四文字を聞いてドキッとした。今日一日、あの手紙をもらってから考えないようにしていても、放課後の文字がちらついて頭から離れなかった。それがもう目前まで来ている。
そうか、今日は短縮授業の日だから普段と違って一時間少ないんだ。
準備が足りてない心とは裏腹に、いつもより筆記用具を鞄に入れる動作が早くなった。笑みを隠しきれていない河野をキッと睨みつける。頬や耳が熱い。きっと顔が赤くなっている。
「今日はお前と一緒に帰れないからな」
「わかってるわかってる」
手をひらひらと振りながら、明日報告楽しみにしてるわ~と言って河野は階段を下りていく。
外を見ると、日中日差しが強かったせいか、朝より雪が解けている。今日はずっと雪が降るって言ってたのに、晴れてるな。もう少し雪が降るのを見ていたかったのに。
手紙にある準備室というのは、同じフロアにある今は使われていない空き教室のことだろう。手紙には社会科準備室とか、科学準備室とか、詳細なことは何も書かれていなかったけど、鍵がなくても入れて、準備室と書かれた札があり、だれでも自由に入れる教室はそこしかないからだ。
普段は通らない特進科の教室がある方へ歩いていく。
もし違ったらどうする?そもそもいたずらだったら?なんて不安を募らせながら一歩一歩近づいていく。
深呼吸、深呼吸。
落ち着いて、俺は別に何かを用意する側でも緊張する側でもない。
俺より向こうの方がドキドキしているはずだ。
ドアノブを握ると、自分の手が汗ばんでいることに気づいた。ギュッと目を瞑り、何も考えずに思い切ってドアを開ける。
「俺はお前とは付き合えないっ!」
シーンと静まり返る教室。ゆっくり目を開けるとそこにはびっくりした表情の男が立っていた。
「あっ……、っと、その…………」
黒髪で、肌が白く、長い前髪の隙間から綺麗な睫毛がぱちぱちと瞬きしている。
テレビの中にいる芸能人を間近で見たら、こんな風になるんじゃないか。見とれてぼーっとしていると彼の口が開いた。
「ふふ、待ってたよ。もみじ」
呼び捨てかよ。
予想外の第一声で冷静さが戻った俺は、緊張で固まった肩の荷を下ろし、彼がなんでこんな手紙を送ってきたのか尋ねなければと思った。
「知ってると思うけど一応自己紹介するね。僕は小野寺雄二郎。今朝キミに手紙を送ったのはこの僕なんだ。驚いた?」
驚くも何も、彼の名前はさっき知ったばかりだ。偶然とは思えないことが続いている。
「えっと……、小野寺くんは俺に何の用であんなことを?」
「小野寺くんだなんて。雄二郎でいいよ、もう僕とキミは恋人になるんだし」
恋人になるのは彼の中で決定事項なのか。どこから踏み込んでいけばいいのかわからないほどカオスだ。
「その、色々言いたいことはあるんだけど、なんで俺なの?」
「それはもちろん。キミは僕のことが好きで、僕もキミのことが好きだからだよ」
「…俺が?小野寺を?」
支離滅裂…めちゃくちゃだ。どういうことなのかさっぱりわからない。
「そう、あれは高校に進学してすぐの出来事だったけど、僕はちゃんと覚えているよ。合同で行う体育の授業中に、風邪気味だった僕の不調に気付いて保健室まで運んでくれたじゃないか。横になってる間も先生が来るまで教室を喚起したり水分補給を手伝ってくれたりしただろう」
入学してすぐの頃、確かに思い返せば体育館の隅にいた具合の悪そうな人を保健室まで連れて行った覚えはある。それが小野寺だったとは知らなかったけど。
「僕のことが好きじゃないとそんなことしないだろう。僕の周りにいる人はみんな僕のことが好きで気にかけてくれるからね。……もみじとはあの時初対面だったけど、僕は入学式に答辞を読んでいたしそれで分かったんだ。あれから僕もキミを意識するようになったし、恋人になりたいと思ったから僕から告白することにした」
小野寺が言っていることの大半は事実だが、俺に関してのことは全部間違っている。男子校でラブレターを受け取るなんて思ってもみなかったが、共学でもここまで俺の気持ちとはずれているどこか上から目線な告白はないだろう。思い切って正直に言うしかない。
「…気づいたのはたまたまだし、俺はよく知りもしない人を好きになったりもしない。俺が小野寺を好きだというのは勘違いだ」
ここまでばっさりと否定するのも気が引けるがしょうがない。彼が勘違いを認めて諦めてくれることを祈ろう。
間違った事実に対して逆ギレされるか、冗談だとなかったことにされるかのどちらかだろうと思っていたその時、先ほどまで自信満々に語っていた彼の口が強張るのを見てしまった。
その瞬間、彼の黒くて綺麗な瞳も滲み、傷ついた表情になる。
しまった。もっと優しい言葉を選べばよかったかもしれない。でも、一度言葉にしてしまったものはどうすることもできない。
「……勘違い」
「ああ」
「……じゃあ、」
グッと言葉を飲み込むようにして小野寺は俺と目を合わせる。
「じゃあこれは、僕の片思い?」
なんだか心が持って行かれそうだ。
「…そうだな」
俺の言葉に間をおいて、小野寺の顔がカッと赤くなる。そのまま見つめていると、耐えられなくなったのか目線をそらした。白い肌が耳や首まで、みるみるうちに真っ赤になってしまった。
「そっか……えっ、と じゃあ…」
言葉もしどろもどろで、王子がただの人間に戻っていく。出会ったばかりなのに、彼をそうさせているのが自分だと思うとなんだか悪くない。
「…付き合うか」
「え?」
「こんな熱烈な告白ははじめてだったし。…雄二郎のことは、これから俺が知っていけばいいだろ?」
そう言うと、雄二郎は涙でぐしゃぐしゃになっている真っ赤な顔をあげて嬉しいような、少し困ったような表情で俺と目を合わせた。
全然様になっていない。かっこいい顔が台無しなのに目が離せない。
「…やっぱり僕のこと好きでしょ」
「……今までよりはな」
こうして俺は王子と付き合うことになった。