悪役令嬢に転生したので婚約者に愛されることを諦めて、幼少期に塩対応してたらどうも未来が変わったようです
レオナ・ヌヴェール公爵令嬢。今日で五歳になった彼女は、自分の誕生日パーティーにも誕生日プレゼントにも関心を示さずため息をついた。
「レオナ様は神童と呼ばれるほどに優秀でいらっしゃる。将来が楽しみですな」
「私なんかに期待するだけ無駄よ」
彼女がここまで冷めているのには理由がある。…前世の記憶だ。彼女は、テンプレに次ぐテンプレ展開に冷めきっていた。特に興味もないが妹に勧められて嫌々やっていた乙女ゲームの世界に、悪役令嬢として異世界転生してしまったのだ。
「そんなことはありません。レオナ様は公爵家の一人娘で、いずれは女公爵になるお方なのですから」
「…どうかしらね」
乙女ゲームでは必ずレオナは攻略対象の貴公子達の誰かに断罪される。レオナは初めから…前世の記憶を思い出した三歳のあの日から全てを諦めていた。
「レオナ様の悪いところは、その自己評価の低さと諦めの早さですな。せっかく優秀でいらっしゃるのに」
「知識があることと優秀かどうかは別問題よ。私はただ知識があるだけの平凡な人間だわ」
ちなみに、レオナは公爵家の一人娘で将来は婿を取り公爵家を継ぐ予定だ。しかしゲーム通りに主人公や貴公子達に断罪されるならば、公爵家は遠縁の親戚の優秀な男子が継ぐらしい。むしろ公爵家のことを思えばそっちの方が望ましいのでは?とレオナは開き直っていた。
「まったく、お客様がせっかくおだててくれているというのに可愛げのない子だ」
「お父様」
可愛げのないと言いつつレオナを優しく抱き上げるのは今世の父、レオポルト・ヌヴェール公爵だ。その隣には母、オルタンス・ヌヴェール公爵夫人。仲睦まじい両親に、レオナは割と懐いている。前世の両親も恋しいが、こちらの両親も大好きだ。
「レオナ、今日はとても素敵なプレゼントがあるのよ。何かわかるかしら」
「…今私がお話ししていたフランドル伯爵の息子さんとの婚約でしょう?」
「あら、よくわかったわね!」
「お母様」
フランドル伯爵の息子。攻略対象の一人であり、レオナの婚約者となるエヴラールに睨みつけられているのを感じつつ、レオナは言った。
「エヴラールもひとりの人間よ。モノ扱いはやめて」
レオナの言葉に、レオポルトとオルタンスはハッとした表情になる。
「そんなつもりは…ただ、せっかくの誕生日だから喜ばせたくて…」
オルタンスが言い訳をするがレオナは続ける。
「エヴラールからすれば、自分を〝誕生日プレゼント〟にされたようで不快なはずよ。私はそういうの嫌い」
オルタンスはうなだれて、レオポルトは困った顔をした。しかし二人はすぐに顔を上げて、フランドル伯爵の後ろで何故か驚いたような戸惑うような表情をするエヴラールに語りかける。
「本当にそんなつもりはなかったの。でも、娘にも貴方にも失礼だったわ。ごめんなさいね」
「申し訳なかった。この婚約を続けたくないと思われても仕方がないことをした。本当にすまない。娘との婚約は嫌か?」
エヴラールは少し考えて言った。
「…嫌だったけど、謝ってもらえたからいいです。それに、レオナは嫌いじゃないから婚約も続けたいです」
「レオナは?」
「エヴラールが良いならいいわ。一番振り回されたのはエヴラールだもの」
エヴラールはレオナを見つめる。先程は睨まれていたが、今は嫌な視線ではない。むしろ好意的な感じがしたが、レオナはあえて無視した。どうせ断罪してくる婚約者様と仲良しこよししたって、虚しいだけだ。
「レオナ、俺と仲良くしてくれるか?」
「嫌よ。政略結婚に愛なんて必要ないでしょう」
レオナの冷めた発言に大人達はため息を吐き、エヴラールはそんなレオナに興味を引かれた。
乙女ゲームの設定通りなら、レオナはエヴラールを自分への〝誕生日プレゼント〟だと受け止めて、エヴラールを自分のモノとして扱い彼に憎まれるのだが…ここで運命の歯車は狂った。レオナには自覚がないが。
「レオナ!」
「貴方また来たの」
「いいだろ別に。ちゃんと勉強もして鍛錬も積んで、成績は出してるんだから。婚約者との交流も大切だ」
エヴラールはレオナに興味を引かれたあの日以来、前にも増して勉強と剣術を頑張っている。そして、毎日のようにレオナの元へ通った。
「レオナ。レオナはなんでそんなに俺を拒絶するんだ?」
「…貴方が私に好意的なのはわかってる。けど、人間なんていつ気が変わるかわからないし、貴方に裏切られても平気なようにあまり仲良くしたくないの」
レオナは基本的に素直だ。そんなレオナにエヴラールは言った。
「なら、誓約魔法でもかけるか?」
「…何馬鹿なこと言ってるの。誓約魔法は、もし誓約を破ったら破った方が死んでしまうのよ」
「だから、誓約魔法をかければ安心だろう?俺はレオナを裏切れなくなるんだから」
「…馬鹿。自分の命は大切にしなさい」
レオナの前世、彼女はコントロールを失って暴走したトラックから妹を守り亡くなった。妹は無事で、それは良かったのだが妹の泣き顔が忘れられない。このお馬鹿さんには、自分の命は大切にして欲しいと思った。
「…なあ。思うんだけど」
「なに?」
「裏切られても平気なように、仲良くしたくないんだよな」
「ええ、そうよ?」
エヴラールは意を決して言った。
「でもレオナ、俺のこと結構気に入ってるよな?意味無くない?」
「…確かにそうね」
「そもそも俺が確実に裏切るとも限らないよな」
「そうね」
「仲良くしない?」
レオナは少し迷って答えた。
「仲良くするのはいいけど、私〝素〟がこれだけどいいの?可愛げないわよ」
「そんなのもうとっくに知ってる」
「それもそうよね」
にんまり笑ったエヴラールに、レオナは初めて笑顔を返した。エヴラールがそれを見て赤面したら、レオナは熱でもあるのかとおでことおでこを合わせて熱を測る。それに対してエヴラールは余計に赤面して金魚のように口をパクパクさせ、しばらくレオナから〝金魚さん〟のあだ名で呼ばれることになった。
その後普通に仲良くなったエヴラールとレオナ。大人達は安心し、さらに二人とも有能ということでかなり将来を期待されていた。レオナは〝裏切られたら裏切られたでもういいや〟と開き直っている。エヴラールを〝親友〟だと思って大切にしていた。
「そろそろ私達も貴族の子女の通う学園に入学だけど。準備してるの?」
「もちろん。レオナも準備万端か?」
「ええ、抜かりないわ」
そして、乙女ゲームの舞台である学園に入学する年になった。レオナはエヴラールを〝親友〟として大切に思っているが、だからこそ幸せになってくれるなら別に他に恋人を作っても…その相手と結託してレオナを追い込んで来ても良いと思えた。
「エヴラール」
「うん?」
「貴方が何を選ぼうと、私は貴方の味方よ」
「ありがとう、レオナ。俺もレオナの味方だからな」
その言葉に、なんだか無性に泣きたくなったのは秘密だ。
「レオナ様!エヴラール様を解放してください!」
「…私はエヴラールを縛り付けているつもりはないのだけど」
「だって、エヴラール様だけが課金アイテムを使っても靡かないんですもの!レオナ様も転生者で、エヴラール様に先に課金アイテムの〝魔女のクッキー〟を使っているのでしょう!?」
「ああ、あのアイテム本当にあるの…相手を魅了するクッキーとか薬物か呪術使ってそうだけど大丈夫なのかしら。我が国は薬物の取り締まりには厳しいし、呪術に至っては晒し首なのだけど」
「…やっぱり転生者!」
主人公…リリアはレオナを睨みつけてくる。
「…言っておくけど、課金アイテムは使っていないわ。そもそも貴女攻略対象の公爵令息と懇ろになったのでしょう。このゲームに逆ハーレム要素はないはずよ。欲を出すとろくなことにならないわ」
「私なら逆ハーレムも上手にコントロールできるから余計なお世話です!それよりエヴラール様を返してください!彼は主人公である私のモノです!」
レオナは不快だった。
「エヴラールをモノ扱いしないでちょうだい」
レオナの魔力が怒りで暴発しかけた。なんとか落ち着こうとレオナが深呼吸していたその時だった。
「レオナ、大丈夫だから落ち着け!」
エヴラールが出てきて、レオナを抱きしめる。レオナはそれだけで怒りが嘘のように落ち着いた。一方でその様子を見ていたリリアは怒り狂う。
「エヴラール様に触らないでよ、悪役令嬢のくせに!」
そこに、リリアと良い関係になっていた公爵令息や他の攻略対象達が現れた。
「リリア。〝魔女のクッキー〟で私達を魅了していたんだな。見事にしてやられたよ。君に今日もらった魔女のクッキーをさっきその場で薬物検査と呪術検査した結果、呪術の痕跡が認められた。君は晒し首になることが決まったよ」
「え」
「君を治安部隊に引き渡す。大人しくお縄につけ」
「や、やだ!何言って…あれはただの課金アイテムで!」
「詳しい話は治安部隊にするといい。私は君を軽蔑する。もう話は聞きたくない」
リリアは暴れたが取り押さえられ、治安部隊に引き渡された。後日彼女はギロチンにかけられた後に晒し首となることが決まった。また、魔女のクッキーをリリアに渡した魔女も捕まりギロチン刑に処され晒し首になることが決まる。魔女は国家転覆を目論み、リリアを利用しようとしていたらしい。またリリアの育った孤児院は子供への教育方針が不適切だったと判断され、職員が一新されて新しく生まれ変わることとなる。
「あのさ、レオナ」
「エヴラール」
「…なに?」
「来てくれてありがとう。助かったわ」
「盗み聞きしてたの怒ってないの?」
レオナはエヴラールを見つめる。
「だって、魅了されていた彼らの目を覚ますためだったのでしょう?私貴方のそういうところ好きよ」
「…そう。俺もレオナのそういう素直なところ好きだよ。…でも、鈍すぎるところは好きじゃないかも」
「え」
「彼らのことはついでで、助けたかったのはリリア嬢に絡まれていたレオナ。ねえ、本当に自覚ないの?俺結構アピールしているつもりなんだけど」
「エヴラール…?」
エヴラールはレオナの頬にキスをする。
「魔女のクッキーを食わされても魅了されない程度には、レオナのことが好きなんだけど」
「え」
「愛してるって言ってるの」
レオナは真っ赤になって口をパクパクさせる。
「…可愛いね、俺の金魚さん」
今度はレオナが、金魚さん呼ばわりされることとなった。そして、学園一のラブラブカップルがここに誕生することとなった。