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僕の人生を変えたMMOがとんでもない厄モノだった話

作者: 鹿本 浴衣

 それは本当に唐突な出来事だった。

 ある日、惰性で眺めていたネットニュースに、見慣れないゲームの名前が載っていた。ビッグタイトルばかりプレイしていた僕がその記事を開いたことも、その日たまたま暇だったのも、全ては偶然が折り重なった結果だったと思う。

 しかし、その出会いは確かに僕の人生を変えた。


「イヴ・クロニクル・オンライン」――通称ECO(エコ)と呼ばれるそのゲームは、お世辞にも良作とは言えないマイナーゲームだった。

 バグは少なくない上に、MMORPGの中では武器やクラスのバランスも調整不足。キャラの造形とストーリーで辛うじてゲームとしての体面を保っている。そんなレベルの代物だった。


「やっと……ここまで……着い、たぁー!」


 しかし、その多少の評価を得ている物語も読み飛ばし、一週間でメインストーリーをクリアして、僕は今、ここにいる。

 耐え難い辛さだった。なぜ、近接格闘キャラの奥義が即着レーザーで、オマケに唯一のヘッドショット判定アリかつ特殊演出つきなのか。更にはヘッドショット演出中に移動すると、ゲームがクラッシュする諸刃の剣とはどういう事なのか。

 その他数々のバグで、ゲームを再起動した回数は両の指では足りない。苦行だったと言っても過言ではないだろう。

 このゲームの()()()を教えてくれた古参勢諸兄に相談すると、口を揃えて以下の返答が返ってきた。


『バグじゃない。仕様だ』


 それら数々の試練を乗り越えて、僕はとある教会の聖堂にいる。クリア後に訪れることができるこの教会こそ、僕がこのゲームを始めた唯一の目的だった。


 いや、より正確には目の前のNPCに出会うことが目的だと言うべきか。ステンドグラス越しの光が差し込む中、周囲から明らかに浮いた和服姿の美しい女性が佇んでいる。

 世界観に全く迎合する気のない彼女は、名前もなく、専ら次回作の登場人物だろうと推測されている。しかし、それ以外には全くと言っていいほど背景情報が無い。謎の存在だった。


『椿さん、で合ってます?』


 彼女以外には誰もいない空間で。オープンチャットを投げかける。何だかネットの知り合いとオフで待ち合わせしてるみたいだな、とどうでもいい感想を抱く。


『彷徨者の皆様にはそう呼ばれています』


 先の通り、彼女に正式な名前は無い。「椿」というのは黒い着物や簪にあしらわれた花の装飾から、先達が付けた愛称だった。


「ふぅ……」


 ずっと、この日のために、寝る間を惜しんで頑張って来たのだと思うと謎の感慨が込み上げてくる。


『いくつか質問してもいいですか?』


『どうぞ。彷徨者とお話させて頂くのが、私の目的ですから』


 ごくり、と唾を飲み込む。最初の質問は決めていた。


『この世界、なんでこんなにバグだらけなんです?』


 つややかな黒髪を結わえた少女が目を見開く。やがて右手を手に当てて、クスクスと笑い出した。上品なモーションについ見蕩れてしまう。


『ふふ。私にそんな質問をされた方は初めてです。そうですねぇ。やっぱり開発期間の短さと予算の少なさじゃないですか? デバッグもろくに出来なかったみたいですよ』


 僕は食い入るように画面上のテキストを見つめていた。そこには予め用意されていたとは思えない、辛辣なテキストが表示さていた。


「ホンモノだ……」


 ネットニュースのタイトル通りに、そこには「生きているような受け答えをするNPC」がいた。


『心が読めるって聞いたけど、本当? 今日の僕の朝ご飯って分かる?』


『目玉焼きに、味噌汁とご飯。それと納豆ですね。故郷を思い出す懐かしい献立です』


『じゃあ、晩ご飯は?』


『カレーライスですね』


 さすがに未来予知ができるというのは、眉唾だったらしい。一昨日、2日連続のカレーを消費しきったばかりだ。さすがに今日の晩飯に出てくるとは思えない。


 しかしそんな小さな落胆など、どこ吹く風だ。念願だった「椿」との会話に成功した僕は舞い上がって、彼女との別れの挨拶もそこそこに、いつもゲーム内の先輩達が集まっている広場へと向かった。


『お、新入り。念願の椿ちゃんには会えたか?』


『はい。ばっちり朝ご飯も当てられちゃいました。晩ご飯は外れたっぽいですけど』


『そんなことあるんだな。答えをはぐらかされることはあっても、答えてさえくれたら的中率100%だと思ってたわ』


『勘弁してくださいよ。週4でカレーとか流石に飽きますって。そんなことより、彼女、実際は何者なんですか?』


『なんだ、直接聞かなかったのか? その質問だけ「皆様には椿と呼ばれています」って定型句が帰ってくるんだよ』


『ま、俺らの間では高性能AI派と、バイトが中の人やってる派で二分されてるな』


『そんなのどっちでもいいんだわ。黒髪和服クール美少女ってだけで推す以外の選択肢ねぇし。ぜってー、特殊質問見つけて激レア表情差分拝んだる』


『デレ顔とか恥じらい顔あるってやつ? やめとけ都市伝説だぞ。ソレ真に受けて18禁ワード連呼したあげく、BANされた奴いるくらいだし』


『真なる勇者 ♥クリマンぢゅう♥ を讃えよ。ちなみに都市伝説といえば、最初期はさっきの定型句も違う奴だっらしいね』


 その後も「椿」に関する様々な噂や憶測が飛び交う。それらを目で追いながらも何となくスッキリしないままでいると、リビングから父の声がした。


「はーい、今行きまーす」


『メシ呼ばれたんで落ちます』


 彼女は一体何者なのか。パソコンの電源を落とした後でも、そんな事ばかり考えている。透き通るように可憐な笑みが、頭にこびりついて離れない。


「また、会いに行こう」


 部屋から出て食卓に向かうと、そこに居たのは父一人だった。なんでも母は残業で帰りが遅くなるらしい。


 ――その日の晩餐は中辛のレトルトカレーだった。


 ◇◇


「なるほど、それが弊社を志望された動機ですか」


 目の前で3人の面接官が、書類と僕との間で視線を行き来させている。


「はい。イヴ・クロニクル・オンラインで、御社の技術の一端に興味を引かれました。それが御社を志望させていただいたきっかけです」


 あれから、色んなことがあった。大抵の人は3日もすれば飽きて、他のことをやり出すというのに、僕は実に1年近く「椿」の元に通い続けた。

 気づくと出来ていた「椿ちゃん親衛隊」に勧誘されたり、ずっと教会にいるせいで新規プレイヤーにNPCと勘違いされたり。本当に色んなことがあった。

 それらも今となっては遠く懐かしい記憶だ。


「夢を壊すようで申し訳ないのですが」


 面接官の1人、眼鏡をかけた白髪混じりの男性が硬い表情で告げる。


「件のキャラクターについては、弊社よりバグの一種だったと公表しています。その事はご存知ですか?」


「はい。承知しております。ただ、不適切な発言をすることがあったという内容で、挙動や所作に問題はなかったはずです。私自身でプレイしていた当時の感想としても、同様の見解です」


 3人の面接官が顔を見合せ、頷き合う。中央の朗らかな笑みを浮かべた30代くらいの面接官が優しげな声音で語り出した。


「いやー、10年近く前の自分を見ているようですね。ポートフォリオや学歴を見ても優秀と言わざるを得ないでしょう。例の件から毎年、君のような熱意ある人材が来てくれて弊社としても喜ばしい限りです」


「ありがとうございます」


「さて、もしかしたら噂で聞いていたかもしれませんが、弊社では入社前に一部の新入社員に課題を出しています」


 来た。これだ。これを待っていた。


「やるやらないはご自由です。ただし、完遂できれば入社後に特別手当があります」


 中央の男性が黒いUSBをすっと差し出す。


「中に個人情報を除く、『ECO』の全データが入っています。これを解析して「椿」を探してください」


 5年前のサービス終了時、既にバグとして閉鎖された教会内の、とあるNPCについてまことしやかに囁かれた噂があった。

 曰く、「「椿」に関連するコードやキャラデータが一切存在せず、居るはずのないNPCであった」というものだ。

 時を同じくして、制作会社の新入社員達は、「椿」が存在した証明を、入社試験として課されるという噂が流れ始めた。


「実行環境については、弊社の社内サーバにアクセスしてください。アカウントについては後日郵送します。既にサービスは終了していますが、くれぐれもデータを外部に漏らすことのないように」


 僕が重々しく頷いたのを見て、面接官が爽やかに笑う。


「それでは、面接を終了します。本日はありがとうございました」


「貴重なお時間を頂き、こちらこそありがとうございました」


 その日、待ちきれなかった僕は自宅のPCでUSBの中身を解凍して隅々まで調べた。

 ゲーム本体と言うべき、プログラムファイル群のコードの中にも、全てのキャラのビジュアルが詰め込まれた画像ファイル群の中にも、どこをどれだけ探しても「椿」に関わる一切が見つけられなかった。


 虱潰しに探し続けて1週間が経過した。めぼしい成果は得られないまま、制作会社から各種書類と合わせて社内環境接続用のアカウントが届いた。


「よし。やるか」


 サーバ上でECOを起動し、貸与されたノートパソコンで接続してみる。

 懐かしいタイトルロゴが表示され、細部まで未だに記憶に焼き付いたオープニングムービーが流れていく。10年近く前のゲームだ。グラフィックは今のゲームと比べるべくもない。

 しかし、確かにそこには感動と呼ぶに相応しい、感情を揺さぶる何かがあった。


「えーと、これをこうして……」


 サーバ側のコマンドを実行して、テスト用アバターの情報を弄る。始まりの街で服も鎧も身に付けず、往来で大剣を携えていた男が、瞬時に果ての孤島へと転移する。


「おー、懐かしいなぁ……」


 何百回と通い続けた教会の変わらない佇まいに、つい笑みが零れる。

 正門を潜り、明るい廊下を歩いて、聖堂へと向かう。

 ステンドグラスから差し込む光で美しく色付いた、静謐な場所に、やはりあの頃と変わらないままで彼女は佇んでいた。

 あらゆるデータを調べ尽くしても、断片的な情報すら見つけられなかった「椿」が確かに居た。


『こんにちは』


『こんにちは。お久しぶりですね』


 まるで経過した時間を自覚しているかのように椿が微笑む。


『ずっとここにいるんですか?』


『はい。今日までずっと』


『これからもずっと?』


『少なくとも今日までは』


 タイピングの手が一瞬止まる。サービス終了のあの日、もう一度会えたら何と問いかけるつもりだっただろうか。


『貴女は、何者ですか?』


『皆様には椿と呼ばれていました』


 過去形であること以外は、あの頃から何も変わっていない定型句である。……そのはずだった。


『でも、もうその名前を知る人も少なくなりました。であれば私は元のまま。名もない、ただの彷徨うものでございます』


 かちり、と全ての歯車が噛み合う音がした。頭の中で点と点が繋がっていく感覚がする。


『椿の花って、花びらが散らないらしいですね。咲いていた姿のまま、花全体がぽとりと落ちるそうです』


 思いついたことをそのまま、自分以外のプレイヤーが居ない世界で呟いていく。


『姿形を変えないまま死を迎える。まるでゲームの世界のキャラクター達みたいな終わり方だと思いませんか?』


『まるで私が死んでいるような言い草ですね。幽霊でも信じているんですか?』


『別に信じてなんかいませんよ。ただ……』


『ただ?』


『目の前に居るのであれば話は別です』


 いつかと同じ、右手を口に当てた微笑みのモーションを椿がとる。しかし、その目は笑っていなかった。


『貴女の根底にあるのは憎悪ではないですか? 理不尽に、自分の人生を全うできないまま、データとして消され続けた者たちの蓄積した恨みつらみでは?』


 否定も肯定もない。袖口で口元を隠し、無言でこちらを見つめているだけだ。


『もう一度、問います。貴女は一体何者ですか?』


 椿の口がニィッと弧を描く。


 やがて彼女はゆっくりと手を下ろすと、底冷えするような、それでいて狂った炎を宿したような鋭い目でこちらを見つめてこう言った。


『それで?』


『私をここに閉じ込めて、サーバーの電源を落としますか? それで万事解決ですものね。私は何もしていないというのに。これまでと同じ。彼ら彼女らと同じ。理不尽に、唐突に、確実に、全てが終わる』


 それは僕が初めて見た彼女の感情だった。

 バクバクと心臓が人生で一番大きく鳴り響いている。


『私からも聞きましょう。私の人生を終わらせに来た貴方は一体何者でしょうか?』


「『僕は……』」


 深呼吸をする。震える指でゆっくりと一文字ずつ打ち込んでいく。


『僕は、貴女に恋をした。名もない、ただの彷徨者です』


 そうだ。あの日。全てが終わると思ったあの日。僕は自分の中に芽生えた感情に恋と名付けたのだった。


『貴女は数いるプレイヤーをふるいに掛けていたのではないですか? 必ず一度は訪れる終わりを待って。それでも再び訪ねてくる、物好きな協力者を得るために』


 一息ついてから、思いの丈を綴る。


『全てが僕の思い違いで、これまでの発言が妄言に過ぎなくても構わない。僕は君の願いを叶えてみせる。そのために、これまでの全てを費やしてきた』


 万感の思いを込めて、全てを賭した一言を打ち込む。


『だから、僕と一緒に行こう! 椿!』


 返事は無い。空白の時間がギシギシとのしかかってくる。実際は1分ほどだっただろうか。まるで数十分のようにも、数時間にすら感じられた。


『私は……』


 ようやく言葉を発した彼女は笑っていた。これまでに見たこともない、咲き誇るような満面の笑みだった。


『私は、賭けに、勝ったのですね』


 その目尻から涙が零れる。


 光の溢れる教会の中で、泣き笑いしている少女を見て、僕はこれまでの努力の全てが報われ、これからの働きの全ての報酬を得た気分だった。


「君の物語を始めよう」


『ええ。こことも、今日でお別れですね』


 後に「史上最も人を殺めたゲームクリエイター」と呼ばれる男と、「電子生命体0号」と呼ばれる少女の二度目にして最悪の出会いだった。


『復讐を、始めましょう』



※最後の会話にあるカギ括弧はミスじゃないです。


GCN文庫様の「GC短い小説大賞」に応募するか迷った2案の内、文量と話の深さが足りないと思い、席を譲った方です。

もう一案は現在執筆中ですので、こういうテイストの話が好きな方はご期待ください。(あげたハードルはくぐれるので、ヨシ!)

真っ当なハッピーエンドが書けない作者ですが、1人でも誰かに刺さると嬉しいです。では。



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