ゲーム部を代表して、小手川さんに告白することになった
ゲーム部の部室にて。
俺・大瀬碧は部員たちと共に、机上に並べられた2枚の紙を凝視していた。
「……本当にそっくりだよな」
「あぁ、驚くくらいに」
俺たちはゴクリと息を呑んでから、口を揃えてそう呟く。
机上の2枚の紙のうち、一方はイラストでもう一方は写真だ。
イラストで描かれているのは、とあるRPGのキャラクター・シオン。対して写真に写っているのは、先日転校してきた女子生徒・小手川志恩。
そしてシオンと志恩は――名前だけでなく、見た目も瓜二つだった。
「小手川さんが転校してきた時、叫びたくなるくらい驚いたぜ。ゲームの世界に転生したのかと思った」
ゲーム部員の言葉に、俺は大きく頷く。
彼の発言は、決して誇張表現などではない。
髪の色や顔の輪郭、胸の形や脚の長さなどなど。小手川さんの全てが、俺たちの大好きなシオンと酷似しているのだから。
叶うならば、小手川さんにシオンのコスプレをして貰いたい。そして必殺技を叫んで貰いたい。
……まぁ、そんなこと絶対してくれないと思うけど。
「……さて」
俺たちが妄想を膨らませる中、ゲーム部の部長が深妙な顔つきで話を変える。
「崇高なるゲーム部員諸君に聞きたいのだが……ぶっちゃけ、小手川さんに惚れてる?」
『ぶっちゃけ、惚れてる』
俺を含め、全員の想いと声が重なった。
正確には、俺たちはシオンに惚れている。だからシオンそっくりの小手川さんを好きになるのは、自明の理なのだ。
「正直なのは、結構。しかし全員で告白したところで、小手川さんを困らせるだけだ。それは、我々とて本意ではない。そこで! この中で最も彼女を幸せに出来るであろう一人を選び、その人物に我らの想いを委ねようじゃないか」
俺たちは小手川さんが好きだ。付き合えたら最高だと、誰もが思っている。
しかし最優先で考えるべきことは、小手川さんの幸せだ。その為ならば、進んで身を引くことも辞さない考えだ。
では、誰がゲーム部の中で誰が小手川さんに告白するべきなのか? 話し合うまでもなく、皆の視線は俺に向けられた。
「……え? 俺?」
絶対モメると思っていた俺は、予想だにしない満場一致に驚きを露わにする。
そりゃあ俺だって小手川さんが好きだ。初めて見かけた時、彼女こそ自分の運命の相手だと思えるような、そんな錯覚に見舞われた。
部を代表して告白出来るのならこの上なく嬉しいことだけど……本当に俺なんかで良いのか?
自分で言うのもなんだけど、俺はお世辞でも良い男ではない。顔も普通、成績も普通、そして運動は苦手なただのゲーオタだ。
同じゲーオタの中でも、もっとハイスペックな男がいるだろうに。
しかしゲーム部員たちの意見は、点で変わらなかった。
「シオンの相手と言ったら、なぁ?」
「あぁ。「あおい」しかいないよな?」
言いながら、部員の一人がゲームのパッケージを見せてくる。
パッケージには、シオンのイラストと……彼女と手を繋ぐ主人公・アオイのイラストが描かれていた。
ゲームのストーリーでは、アオイはシオンの恋人となっている。その為部員たちは、アオイと同じ名前の俺にこそ小手川さんに告白する資格があると考えているのだ。
「……皆、ありがとう。お前たちの気持ちは、絶対に無駄にしない」
小手川さんへの告白は、俺一人の告白ではない。ゲーム部全員の想いが詰まっている。
失敗は、許されない。
俺は皆を代表して、放課後に小手川さんに告白することにした。
◇
放課後。
俺は屋上にて小手川さんと対峙していた。
本当はゲームに即して夜空を飛びながら告白したかったんだけど、現実問題それを実現することは不可能。なので校内で最も空に近い屋上を選んだ。
フェンス越しで校庭を見下ろしながら、小手川さんは呟く。
「屋上って、入れたんだね。もしかして、お昼休みとかも入れちゃう系?」
「あっ、あぁ。だから屋上でお昼を食べることも可能だ」
「そうなの? 折角だから、明日にでも来てみようかな」
「前の学校では立ち入り禁止だったのか?」
「まぁね。だから屋上に呼び出された時は、心底驚いたよ」
小手川さんは振り返ると、俺を真っ直ぐ見つめる。
「それで、話って何かな?」
小手川さんは、一瞬たりとも視線をそらさない。彼女はこれから告白されるのだと、わかっているのだ。
スーハー。俺は一度深呼吸をする。
そして皆の想いも乗せて、小手川さんに伝えるのだった。
「小手川さん、二人で世界を救った後に、二人で幸せを掴むとしよう」
「……はい?」
あっ、間違えた。これはゲーム内で、アオイがシオンに言ったプロポーズの言葉だ。
「悪い、今のなし。「好きです」って言おうしたんだよ」
「いや、それ言い間違いってレベルじゃないよね!? 明らかに別の文章だよね!?」
仕方ないだろう? 俺が小手川さんに告白する時のセリフなんて、これしか頭に浮かばなかったんだから。
結果として、俺は考え得る限り最悪の告白をしてしまった。
どんなにダサくても、告白であることには変わりない。
俺の好意を受け取った小手川さんの答えは、果たして――
「……ごめんなさい」
小手川さんは、深々と頭を下げて謝罪した。
その行為の意味することは、たった一つ。失恋だ。
「私、あなたのことをよく知りません。だから、付き合うっていうのは、その……ちょっと無理かな」
現実はゲームとは違う。
現実のシオンがアオイと結ばれるとは、限らないのだ。
ゲーム部員一同の想いを背負って臨んだ告白は……ものの見事に、玉砕したのだった。
◇
『悲報 告白失敗!』
ゲーム部のグループチャットにそんなメッセージを送ると、皆から続々と励ましのメッセージが帰ってきた。
皆を代表して告白して、失敗したというのに、そのこと誰一人として責めようとしない。
『よく頑張った!』、『お前は俺たちの英雄だ!』と言ってくれる。
本当、良い仲間を持ったものだ。
しかしながら、結局のところ好きな子にフラれたという事実は変わらない。励まされて多少和らいだとはいえ、俺は大きなショックを受けていた。
「……ゲームでもするか」
クソッタレな現実から逃避する方法は、昔からゲームだと決まっている。
俺は早速オンラインゲームにログインした。
このゲームは自分好みのアバターを作り、そのアバターを使ってクエストに挑む仕様になっている。
因みに俺は職業剣士で、『アオイ』という何の捻りもないハンドルネームを使っている。
ゲーム内では、気の合うプレイヤーとパーティーを組むことも可能。更には恋人関係や夫婦になることも出来るのだ。
それはまさに、仮想現実のようなもので。いや、俺たちゲーマーからしたら、この世界こそが現実なのかもしれない。
ログインした俺は、自身の拠点に向かった。
拠点と言ってもそんな大それたものではなく、ただの木造の一軒家。ゲームの中での俺は、この一軒家で二人仲良く暮らしている。
家の中に入ると、もう一人のプレイヤーもログインしていた。
「あっ、アオイさん! 遅いですよ!」
「悪い悪い。ちょっと家に帰るのが遅くなっちゃってな。ほら、あっちの世界では、俺は健全な男子高校生だから」
魔法使いの格好をした女性キャラは、『シオちゃん』さん。ゲーム内での、俺のお嫁さんということになっている。
半年前にクエストで出会い、それから冒険を重ねる内に意気投合。つい先月結婚したばかりに新婚ホヤホヤだった。
「健全な高校生は、寧ろ帰宅時間が早いですよwww」
「それもそうだな」
俺もといアオイが椅子に座ると、シオちゃんが抱き着いてくる。
本物の女の子に抱き締められているわけじゃないから、良い匂いもしないし柔らかくもない。だけど確かに、幸せを実感出来ていた。
「ねぇねぇ、早くクエスト行きましょうよ〜」
「わかったから、そう駄々をこねるな。……ちょっとだけこのままでいさせてくれ」
甘えているのは、一体どちらだろうか? 俺は彼女の腕に、体を預ける。
「……どうかしたんですか? なんだか、いつもより元気がないような気がしますけど?」
「……わかっちゃう?」
「そりゃあ、まぁ。夫婦ですから」
夫婦というのは、こんなにも甘美な響きだったのか。フラれた直後だから、一層そう思える。
楽しいことも苦しいことも、共有し合って乗り越えていくのが夫婦というものだ。俺はシオちゃんに、放課後の一件について語って聞かせた。
「……そうですか。現実世界のアオイさんは、失恋しちゃったんですか」
「あぁ。出会って間もなかったから、まだ彼女のことはよく知らなかったけど、それでも何ていうか、他人のような感じがしなかったんだ」
「一目惚れ的な?」
「一目惚れとも、少し違うかな? 上手く言えないけど、その人と会うのは初めてなのに、その人のことはよく知っているような、そんな感覚」
「同属意識みたいな感じですかね?」
「それが近いかもしれない」
小手川さんがシオンに似ているのは事実だ。だけど、それだけで好きになったわけじゃない。
シオンのことを知らなくても、俺は小手川さんを好きになっていただろう。胸を張って、そう言うことは出来る。
まぁ、フラれた以上、今更胸を張ったところでどうしようとないけれど。
「私はね、今日の放課後、告白されたんです」
「シオちゃんが? 俺の嫁に告白するなんて、どこの馬の骨だ!」
「既婚者のくせに別の女の子に告白したアオイさんがそれを言いますか」
シオちゃんの指摘は、もっともである。
「それで、その告白を受けたの?」
「いいえ。断りました。よく知らない人だったので」
「やっぱり、よく知らない人から告白されても困るだけなのか?」
「私に関しては、そうですね。……まぁそんなこと言ったら、私が自分のことを曝け出していて、尚且つよく知っている人物なんて、アオイさんだけなんですけど」
シオちゃんというアバターのセリフだとしても、そう言われるとなんだか小っ恥ずかしいものがあった。
「しかし、驚きましたよ。私に告白してくれた人、とあるゲームキャラのプロポーズを再現するんですもの」
「……ん?」
ゲームキャラのプロポーズって……俺はつい数時間前の自分の告白を思い出して、ドキッとした。
「……因みにその男、何て言っていたんだ?」
「えーとですね、「二人で世界を救った後に、二人で幸せを掴むとしよう」って言っていました」
そのセリフは、俺が小手川さんに言ったものと全く同じだった。
同じ日の同じような時間帯に、同じ告白をするなんて、そんな偶然あるだろうか?
……ちょっと待てよ。彼女のハンドルネームは、『シオちゃん』。そして小手川さんの名前は、『志恩』。両者の名前は、酷似している。
そして小手川さんを初めて見た時の、あの既視感。もしかして――
「……小手川さん?」
俺が呟くと、シオちゃんは「えっ?」と声を漏らした。
「どうして私の本名を? ……アオイさんって、まさか――」
俺は大きく頷く。
ゲーム内の夫婦・アオイとシオちゃんは、なんとつい数時間前フりフラれをしたばかりの大瀬碧と小手川志恩だったのだ。
「アオイさんが大瀬くんだったなんて、思いもしませんでした。私の素性を知っていたから、告白してくれたんですか?」
「いいや。確かにアオイはシオちゃんに惚れて結婚したけど、大瀬碧は小手川さんに惚れたから告白したんだ。両者に因果関係はない」
ただ偶然にも、シオちゃんと小手川さんが同一人物だっただけの話だ。
……いや。それは偶然じゃなくて、運命なのかもしれない。
「よく知らない人とは付き合えない」。小手川さんは、そう言って俺をフッた。
「自分がよく知っている人物は、アオイさんだけだ」。シオちゃんは、そう言って俺と結婚した。
矛盾している二つの意見の、一体どちらが優先されるのだろうか? 俺はもう一度だけ、告白してみることにした。
「小手川さん。好きです、現実世界でも俺と一緒にいて下さい」
もしこの告白が失敗すれば、もれなくアオイとシオちゃんも離婚かもしれない。
しかし、その心配は杞憂だった。
「よく知っている人からの告白なら、断る理由がなくなっちゃいましたね」
そう言って、口づけする彼女。
ゲームの中の行為だというのに、俺は不思議と唇に温もりを感じたのだった。