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第8話 パーティ会場の惨劇


 純金像は大人の倍ほどの大きさで、精巧にインコの姿を模していた。それを覆う巨大なガラスケースのまわりには人だかりができ、中には写真を撮る者もいた。


「みにくい連中ね。金なんかありがたがってさ。」


 純金像に見とれていたホーニッヒは、メートヘンのひとりごとが耳に入り恥ずかしさを覚えた。


「大丈夫? 爆発しない?」


「うん。像を動かそうとしたら作動するしかけだから。」


「どうやって爆弾をしかけたの?」


「ガラスケースの製造会社に忍び込んだの。」


「それって犯罪だけど?」


「めをつむってよ。」


 いたずらっぽく微笑む少女にホーニッヒが戸惑っていると、黒猫の乗ったベビーカーがコロコロとやってきた。


「あニャ、それホントかニャ? ガラスケースの製造会社の名前はニャ? ムシャムシャ。」


「ちょっと、食うか話すかどっちかにしなさいよ。」


「猫刑事さん、アタシを疑ってんの? バカダガラス陳列工業だよ。」


「…まずいニャ。全員を早く避難させるニャ!」


 チキンの骨をふりまわしながら、黒猫はベビーカーからとびおりた。


「はあ? 猫刑事さん、なんで?」


「それがわからないお前ははるかにホーニッヒより頭がわるいニャ。」


 少女は黒猫につかみかかろうとしたが、背後からのんきな声がした。


「酒を注いでくれんかね、そこのスタッフの方々。」


「はやく署長におかわりを! はやくはやく!」


 恐る恐るホーニッヒがふりかえると、赤い顔でできあがった署長とザルツ警部がいた。


「あニャ、署長、はやく避難めいれ…フギャッ。」


 ホーニッヒは黒猫の口をふさぎ、抱っこしてあやしだした。


「ぼうや~、よいこだ、ねんねしな~。」


「ん? どこかで見たような顔じゃが。はよう酒をくれんか。」


 メートヘンはいきなり、手元にあったワインの瓶を手にとると、ザルツに中身をぶちまけた。

 ホーニッヒは血の気がひき、少女の手をひっぱった。


「なにしてるの! ばれちゃうじゃない!」


「あいつ、パパを逮捕したやつ。あいつも許せない!」


 呆然としていた署長とザルツだったが、同時に二人を指さし、ハモった。


『あーっ! ホーニッヒ警部補! なにしてるんだ、こんなとこで!』


「あ、あのう、実はベビーシッターのバイトをしてまして。あはは。」


「署長、会場に怪盗ヴァイスがニャ…ブギュッ。」


 ホーニッヒは哺乳瓶を黒猫の口につっこんだ。赤ワインでびしょ濡れのザルツが少女の手首をつかんだ。


「お前は…!?」


「離してよ!」


 司会が騒動に気づき、マイクを持って走ってきた。


「ちょっと! こまります、フランクフルト氏の演説中です! お静かに願います!」


 デシリット刑事がホーニッヒに耳うちした。


「警部補、もううちあけませんか?」


 ホーニッヒが迷っていると、フラスクから無線連絡が入った。


「あとにして!」


『それが…警部補…、クイーン・ブリタイタン号の船体から煙がでてるっスけど…。』


「機関室にいってきます!」


 デシリット刑事が慌てて走り去っていった後、パーティー会場が小刻みにゆれだした。


 ガタガタガタガタガタ…


「お静かに願います!」


 司会が声をはりあげたが、ガタガタという振動はとまらなかった。人々は不安げな表情でまわりをみまわし、振動の発生源に目をとめた。


「ガラスケース…?」


 黒服のフランクフルト氏の護衛たちが会場の陰からわらわらと出現し、ガラスケースをとりかこんだ。全員、手にはドラムマガジンのマシンガンを持っていた。


 ほろ酔いの署長は事態がのみこめていない様子だった。


「んん? フランクフルトさん、これはいったい?」


「みなさん、ご心配なくであ~る! 無能な警察とちがい、我が部下は優秀であ~る!」


「無能って…」


 バッチーン!!


 抗議しようとしたザルツを、メートヘンはおもいきり平手うちした。ふっとんだ警部はテーブルの料理の上に倒れこんだ。


 食器や瓶が割れる音に反応したかのように、会場中央のガラスケースがさらに激しく振動したかと思うと、爆音と共に大爆発を起こし、会場中に何かが飛び散った。


(ドッカーン!!)


「あぶない!」


 ホーニッヒは黒猫を抱えたままメートヘンにタックルし、床上で二人を庇うようにかかえこんだ。




「…警部補! 警部補、しっかりしてください。大丈夫ですか!」


 デシリット刑事の野太い声に気づき、ホーニッヒはヨロヨロと立ち上がった。全身が白いものでベトベトだった。


「警部補…それは…。」


「生クリームね…。」


 ホーニッヒだけではなく、パーティ会場中が何から何まで白いクリームにおおわれており、あちらこちらで元パーティ参加者の白い人型の塊がうごめいていた。


 クリームの海から猫型の塊が飛び出した。


「わりとおいしいニャ!」


 ベロンベロンしている黒猫(今は白猫だった)の頭を、全身クリームまみれのメートヘンがたたいた。


「なめてる場合じゃないよ! 奴が、奴がどこかに…。」


 歩こうとして滑り、少女はクリームの海に頭からつっこんだ。ホーニッヒが手をひっぱり助けおこした。


「ヴァイスのしわざ? いったいどうなってるの!?」


「おばさん! 純金像が!?」


 砕けちったガラスケースのあとに立っていた金のインコ像はまだガタガタと振動していたが、首がギギギギ…と動き出した。


「ギギー!!」


 金色の巨大インコ像が鳴き声をあげ、ガバアッ!と両翼をひろげた。


 クリームの中から立ち上がった黒服(今は白服)の護衛たちが鳥像に向かってマシンガンを乱射しはじめた。


 すさまじい銃撃音が響き渡り、薬莢が散乱し硝煙のにおいが会場に充満した。悲鳴をあげてクリームの人型が会場内を逃げまどった。


「ギギギギギギー!!」


 インコ像は無数の弾丸をものともせずに、空中に飛び上がりパーティ会場のホールを旋回しはじめた。

 パーティ客からまた激しく悲鳴があがり、何人かが滑って床に倒れ込んだ。

 黒いタキシード姿の司会は倒れたクリームまみれの客を助けおこしながら、マイクで叫び続けていた。


「みなさん、落ち着いてください! あわてずに避難してください!」


「なにをしているであるか! あの像を撃ち落とすである!」


 フランクフルトが命令し、護衛が空中にマシンガンを乱射したが、急降下してきたインコ像になぎはらわれてしまった。


「何がいったいどうなってるの!?」


 リボルバーを抜いたホーニッヒだったが、クリームまみれの手では狙いが定まらなかった。 


「ムダニャ! マシンガンも通用しない相手ニャ! ムニャムニャ。」


 クリームをなめながら黒猫が叫ぶと、メートヘンが立ち上がった。


「アタシがいく! 奴が怪盗ヴァイスね!」


「まつニャ! ヴァイスは…」


 黒猫の静止を聞かず、少女はメイド服の下に隠していた翼をガシャン!とひろげると空中に飛び上がった。


 クリームのかたまりが近づいてきたかと思うとザルツだった。


「ホーニッヒ警部補! 説明してください!」


「警部! 説教はあとで、まずは客の避難を!」


 言い争う二人の間にデシリット刑事が割って入った。


「それより大変なんだ! 船のエンジンがおかしいんだ、制御できなくなってるんだ。」 


「なんですって? 操舵室は?」


「それが警部補、なぜか舵もききません。」


 あおざめたホーニッヒは無線をとりだした。


「フラスク刑事! 沿岸警備隊に応援を要請して!」


『…』


「あれ? 壊れた?」


「どうするんですか! 逃げ場もないじゃないですか! 警部補の責任ですよ! あなたはいつも…うぐっ。」


 気絶したザルツ警部の背後からクリームだらけのドレス姿のシリンダが現れた。


「うるせえ奴だ。これで静かになるだろ。」


「シリンダ! お相手の人は?」


「クリームの中で気絶してるぜ。」


 空中では少女がインコ像を追いかけて飛び回っていた。


「ヴァイスはメートヘンに任せて、デシリットさんとシリンダは救命艇に乗客を誘導して!」


「了解!」


 そこに司会が頭をかきながら近づいてきた。


「すみません、その件なのですが。無いんです。」


「無いってなにが?」


「救命艇、ないんです。美観を損ねるし今回は近海を一周するだけなので、とフランクフルト氏がとりはずされまして。」


「なんてこと! このままだと…。」


「あと少しで、船は対岸に激突します。」


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