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第7話 超豪華客船クイーン・ブリタイタン号


「バブバブニャ。ママ~、ミルクニャ!」


「…なにやってんだ? あんた。」


 客船内のパーティー会場で給仕に扮し、酒や料理を忙しく運んでいたデシリット刑事はかたわらに置かれていたベビーカーにふと目をとめた。


 高そうな3輪のベビーカーには黒猫警部補シュヴァルツェが乗っており、ベビー服を着て哺乳瓶をくわえていた。


「見てのとおり変装ニャ。まさか赤ちゃんが刑事とはさすがの奴も気づかないはずニャ。バブバブニャ。」


「なるほど。だが、誰がベビーカーを押すんだ?」


 黒猫が答える代わりに、ベビーカーは自走して去っていった。デシリット刑事は口笛を吹いた。



 ホーニッヒ警部補は恐る恐るドアをノックしたが返事はなかった。


「はいるよ、シリンダ刑事?」


 控え室に入ると、床上に無造作に脱ぎ捨てられたキラキラのパーティドレスがホーニッヒの目に入った。


「シリンダ…? なにしてんの?」


 ドレスを着ているはずの当の本人は、タンクトップにデニムパンツで無心に腕立て伏せをしていた。


「警部補、お願いがあるんだけど。」


 シリンダは顔や腕から汗をしたたらせながら腕立て伏せをつづけていた。


「俺をこの船から連れだしてほしい。」


「…それは無理ね。」


「かわいい部下のたのみでも?」


 シリンダは姿勢を変えて、今度は腹筋をしはじめた。


「かわいい部下だからこそよ。私の部下なんかでいても出世の可能性は低いわ…。大企業の次期社長夫人なら一生裕福に暮らせるでしょ?」


「いやだ! 裕福な暮らしや出世なんかに興味はない! 俺は警官のまま、警部補の役にたてればそれでいい!」


 ホーニッヒはシリンダにかけよって筋トレをとめた。


「その言葉が聞きたかった! シリンダ、早くシャワーを浴びて、ドレスに着替えて。」


「やだ。こんな糞パーティーにでるもんか。親が勝手に決めやがって…」


「ちがうの! 猫怪盗ヴァイスもまさかパーティの主役が刑事だなんて思わないでしょ。油断した奴を逮捕できたら…」


 シリンダの顔がパッとかがやいた。


「警部補は警部に昇進まちがいなし! 俺は警官を続けられるかも!」


 シリンダは軽やかに立ち上がるとドレスを拾ってバスルームに突進した。


「警部補、後で会場で! その服、似合ってるぜ!」


 バスルームから鼻歌が聞こえてきて、ホーニッヒがホッとしてまわれ右すると目の前にはニヤニヤしている少女メートヘンがいた。


「うわっ! いつからいたの!?」


 質問を無視して、メートヘンはゆっくりとホーニッヒに歩みよった。


「アンタってさ。善人ぶってるけどけっこうな悪い人だね。あのでかい刑事さんをもてあそんでさ。」


 ホーニッヒ同様に少女もメイド服を着て給仕に化ており、いつものパーカ姿とはうって変わって別人に見えた。


「こ、こどものくせに何を言うの。そんなつもりは…」


 間近からホーニッヒを見上げながら少女はさらに続けた。


「結局アンタは自分が出世したいだけなんだ。アタシもあの刑事さんみたいに使い捨てにされるのかなあ?」


「な、なにを…。」


(使い捨てにされるのは私の方なのでは…?)


 2人はしばらくお互いの目を見つめあった。視線をそらしたほうが負け、かのように。


「ぷっ、あははは! なあんてね。ホントにおもしろいな、おばさんをからかうのは。」


 視線をそらしたメートヘンにホッとして脱力したホーニッヒを見て、少女は大人びたしぐさで肩をすくめるとドアに向かった。


「おばさん、いくよ。さ、仕事仕事っと。」


 ホーニッヒは慌てて少女を追いかけた。




 パーティー会場では華やかに着飾った各界の名士たちが盛大に飲み食いして歓談していた。司会がマイクで話しはじめた。


「お集まりの皆さま。しあわせと信頼のオゾングループ主催、婚約披露パーティーにようこそお越しくださいました。お待たせいたしました。しあわせなお二方の入場です!」


 デシリット刑事は配膳の手をとめて入場口に視線を向けると同時に、こっそり無線を使った。


「フラスク、どうだ。変わったことはないか。」


『ありません! なにも船に近づくものはないっすよ。』


「了解。油断するなよ。いよいよ主役の登場だぞ。」


『ああ、シリンダねえさん…僕の手の届かないとこにいっちまうんすねえ。』


「もともと届いてないけどな。」


 デシリットは無線を切るとさりげなくホーニッヒに近づいた。


「警部補、既に奴は船内かもしれませんぜ。」


「かもね。奴は変装の名人らしいし。」


「変装っても猫でしょう? 何人か猫の給仕や船員もいましたけど、それらしい奴はいませんでしたぜ。」


 楽団の生演奏が始まり、会場の入口にスポットライトがあてられた。ドレス姿のシリンダ刑事と、ロングタキシードのニヤけた若者が腕を組んで登場し、割れんばかりの拍手と歓声に迎えられた。


 会場のあちこちからシリンダの美しさを褒めたたえる言葉やため息が聞こえてきた。


 続いて、司会者が盛り上げようと高らかに紹介した。


「続きまして、街一番の大富豪、本客船のオーナーにしてオゾングループ総帥、慈善事業家、次期市長ナンバーワン候補、フランクフルト氏です!」


 派手な高級スーツに身を包み、おおげさに手をふりながらチョビヒゲのオヤジが会場に入ってきた。会場は再び拍手喝采となった。


「あいつ、ザルツの次にキライ。」


「たしかにいけすかない野郎ですな。」


 ホーニッヒのひとりごとにデシリット刑事が同調した。そうとは知らずにチョビヒゲは得意げにスピーチを始めていた。


「…であるからして、わたくしは長年にわたりザッハトルテの街の治安維持に貢献してきたのであ~る。たとえば、広大な家屋敷の一部を監獄として警察に提供しているのであ~る。さらに…」


「そうなんだ!? 知らなかった…。」


「警部補、確か去年、刑務所が火事で使えなくなったでしょう。」


 会場から拍手が起き、観衆の中で乾杯のしぐさをした2人の人物を見てホーニッヒは凍りついた。


「げげげっ! 署長とザルツ警部が来てる!?」


「本当だ。気づかなかったですね。署長は確か現職市長派だったはずですがね?」


「とにかく、見つからないようにしよ。」


 ホーニッヒはデシリットから離れ、コソコソと飲み物を注いでまわったがテーブルのひとつを見てまた凍りついた。


 ベビー服姿の黒猫が、はち切れそうな腹を抱えて料理皿の山の間にあおむけになって寝ていたからだった。


「なにしてんの! 赤ちゃんがドカ食いしたらダメじゃない!」


「高級料理、どうせ余って捨てられるニャ。食うのが礼儀ニャ。くるひいニャ。」


「なにこいつ? アンタの部下なの?」


 お盆を手にしたメートヘンが現れ、あきれている様子だった。


「いちおう同僚。それより例の仕掛けは大丈夫なの?」


「ばっちりだよ。アタシ天才だから。」


 また司会の声が聞こえてきた。


「それでは、フランクフルト氏所蔵、巨大純金製インコ像の大公開です! どうぞ!」


 会場の中央にあった土台の上の布が取りはらわれると、巨大なガラスのケースが現れた。中にはシャンデリアの光を浴びて光りかがやく鳥像があり、会場からは感嘆の声があふれた。


 どこから猫怪盗が現れるか、緊張してホーニッヒは身構えた。

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