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第3話 フランクフルト氏の演説


 ホーニッヒはしぶしぶ、黒猫警部補のあとについていった。黒猫はあいかわらず足音を立てずにスイスイ歩き、やがて街の中心部へとやってきた。


 レンガ造りの庁舎に囲まれるように緑地帯があり、その中に中央広場があった。広場にはたくさんの人間や猫の市民が集まっており、軽食を売るスタンドも出ていた。


「ホットドッグ、おいしそう…。ねえ、なんでこんなに混んでるの?」


 黒猫シュヴァルツェは、屋台にフラフラと歩いていこうとするホーニッヒの腕をひっぱった。


「そっちじゃないニャ! 食うのはあとニャ。」


 猫の肉球が指差す方向には演壇があり、市民の人だかりができていた。立て看板には『ザッハトルテ市長選挙立候補者演説会』と書かれていた。


 2人は演壇の方に近づいた。


「ここで何を捜査するの?」


「だまって演説をきくニャ!」


 演者はブランドものの派手なスーツに身をつつんだ、オールバックにチョビひげの人物だった。


「…わたくしが市長になったら、犯罪のないザッハトルテ市にするであ~る! 怪盗ヴァイスなどという猫のコソ泥もつかまえられない、情けない市警察をいちばんに改革するであ~る! その財源は…」


 ホーニッヒはデコに青筋をたてた。


「誰なの、あいつ? すき勝手を言って!」


「大富豪のフランクフルト氏ニャ。実業家であり投資家であり篤志家であり、街の名士ニャ。」


「名士だかなんだか知らないけど、やな奴!」


 演説に対して、群衆から喝采と同時に罵声がとんだ。


「猫怪盗ヴァイスは貧民の味方ニャー!!」


「ひっこめ偽善者ニャ!!」


「成金め、てめえも金貨をくばりやがれ!」


 市民の一部が腐ったタマゴやトマトやバナナを演壇に投げはじめた。


「いたたっ…、く、くさっ! やめるである! 護衛のものども、やめさせるであ~る!」


 フランクフルトが命じると、まわりにいた黒スーツにサングラスの護衛たちが市民におどりかかった。たちまち、殴る蹴るの大乱闘がはじまり、広場は大混乱におちいった。


「これ…警察をよんだほうがいいよね?」


「警察は僕たちニャ! やめさせるニャ!」


 黒猫とホーニッヒは乱闘の中にとびこんだ。


「みなさん! 警察です! おちついてください!」


「ものを投げちゃダメニャ!」


 だが、黒猫自身が誰かに投げられてしまった。


「あニャ~ッ…。」


 空を飛んでいく黒猫を見上げたホーニッヒのあしもとに、何かが倒れこんだ。彼女が慌てて助けおこしたのは、茶トラの子猫だった。


「キミ、大丈夫?」


「おねえちゃん、ありがとうニャ。」


 ホーニッヒは子猫をつきとばした黒服の護衛にくってかかった。


「ちょっと、そこの黒服! おとなげないんじゃない!」


 だが黒服は無表情で反応がなかった。代わりに、背後から命令した当人が現れた。


「おやおや、こんなところでお目にかかるとは。ホーニッヒ警部補殿。猫怪盗がこの広場にいるのであ~るかね?」


「黒服たちに市民への暴力をやめさせて!」


 ホーニッヒは抗議したが、かえってきたのは冷笑だった。


「暴力ではなく秩序である! そうやって貧乏市民を甘やかすからつけあがるのであ~る。我々の資本で雇用がうまれ、街はうるおっているのである。邪魔するなであ~る。」


「それがこんな子猫にまで暴力をふるう理由になるわけ?」


「ふん! チミもさっさと猫怪盗をつかまえて、出世してからわたくしと口をききたまえ、であ~る!」


 痛いところをつかれたホーニッヒは、だまりこんでしまった。


 フランクフルト氏は護衛にかこまれ、哄笑しながら去っていった。群衆も霧散し、ホーニッヒは子猫を抱きかかえて広場から出た。



 通りに面したオープンテラスのカフェで、子猫はミルクを飲んでいた。ホーニッヒはカフェラテを手にとり、子猫に聞いた。


「きみ、お名前は? なんであんな所にいたの?」


「ぼく、トラン。あそこに行けば、頼みを聞いてくれる人がいるかもって思ったニャ。」


「たのみって?」


「パパをさがしてくれることニャ。」


 ホーニッヒはカップを置いた。


「えっ? きみのパパ、いなくなっちゃったの? 警察には言ったの?」


「警察にも市役所にも言ったけど、相手にされなかったニャ。」


「そうなんだ…。」


 猫市民への差別が、自分が思っていた以上に強いことをホーニッヒは思い知らされ、警察の一員として申し訳ない気がした。


「くわしく聞かせて? きみのパパはいつ、いなくなったの?」


「1週間くらい前ニャ。」


「ママとは仲は良い?」


「うん。」


「お仕事は?」


「鍛冶屋さんニャ。」


「なにか変わったことはあった?」


「もうすぐ妹ができるニャ!」


「そう…。」


 ホーニッヒは、どう聞けば手がかりが見つかるか考えこんだ。


「家族が増えるという事は…収入を増やそうとするかもニャ?」


「うわッ!」


 いつのまにか、横のイスに黒猫警部補が座ってミルクを飲んでいた。


「うん。パパは、新しいおしごとが見つかったって言ってたニャ。たくさんお金がもらえるってニャ。」


 黒猫はミルクを飲み干すと、急に席をたった。


「ちょっと、次はどこに行くの?」


「署にもどるニャ!」


「待って! トランくん、きみのパパは私が必ず見つけるからね!」


「ホントニャ? おねえちゃん、ありがとうニャ!」


 ホーニッヒはトランに笑顔を見せると、慌てて黒猫のあとを追った。



「こんなにあったっス!」


 フラスク刑事が書類をかかえて資料室から出てきて、閲覧用の机の上にぶちまけた。


「こんなに行方不明者の捜索願があったの?」


 フラスクは髪をくしでときながらこたえた。


「ここ1、2ヶ月で特に多いみたいす。みんな似たような感じで、猫の職人が行方不明になってるスね。」


 ホーニッヒと黒猫は資料に目を通した。


「鍛冶屋に、旋盤工に溶接工…クレーン運転士もかニャ。」


「なんで捜査してないの?」


「だって、ザルツ警部が猫のことなんかあとまわしでいいって言うスから。」


「あいつが!?」


 ザルツの名を聞いたホーニッヒは急に不機嫌な様子をありありと見せて、メガネを外すとレンズを拭きはじめた。


「あいつ、大嫌い!」


「なんでニャ?」

 

 黒猫はニヤニヤしながらホーニッヒに聞いた。


「タレコミで大手柄をたてて、後輩のくせに私より先に警部になった奴だよ!? あー、はらたつ!」


「警部補、声がおおきいっすよ。」


 フラスクは焦って、誰か聞いてやしないかとドアをあけて廊下の様子をうかがったが、


(ガチン!!)


 勢いよく部屋に入ってきたソフト帽にトレンチコートの巨漢とおもいきりごっつんこしてしまった。


「いてえ! ジャマだぜフラスク! 警部補! ここにいたのか、大変だぜ!」


「デシリット刑事、あなたまで大変大変て、なんなの?」


 ホーニッヒは心底うんざりした様子だったが、デシリットの言葉に青ざめた。


「自分のは本当に大変なんだ! シリンダ刑事が今、屋上からとびおりるって言ってるぜ!」


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