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第2話 ききこみは捜査の基本ニャ!


(なんで私が猫なんかと組まなきゃならないの!?)


 ポニー・ホーニッヒ警部補は歩きながら栗色の髪をかきむしった。黒猫警部補シュバルツェはお構いなしにスタスタと前を歩いていた。


「捜査の基本はききこみニャ! さっさと歩くニャ!」


(なによ。猫のくせにえらそうに。)


 ホーニッヒは意地悪く聞いた。


「今さらどこで何を聞きこむの?」


「そんなアホだから試験に8回も落ちるニャ。黙ってついてくるニャ。」


 次にむかついたら射殺してやろうと、ホーニッヒはコートの内側のリボルバーの感触を確かめた。ほどなく、二人は貧民街にたどり着いた。


 建物はみすぼらしく、昼間から道端で寝ているのは猫ばかりだった。露天商の品数はまずしく、歩いている者も皆うす汚れた毛並みだった。


「昨晩の現場ちかくね。とっくに調べたし。何もないよ。」


 黒猫はその言葉を無視してキョロキョロと何かを探している風だった。


「もう帰らない?」


 ホーニッヒが言いかけた時に、リンゴの芯や柔らかいトマトが飛んできて彼女の頭に当たった。


「きゃッ!! うえっ、腐ってる! 何をするの! 警察よ!」


 抗議すればするほど、卵や石などいろいろなモノが飛んできた。


「あニャ~。ここじゃ警察は嫌われているからニャ~。ククク。」


「なんで他人ごとなの!?」


 ブチキレて帰ろうとしたホーニッヒの目がある光景に止まった。パーカのフードをかぶった小柄な人物が、作業着を着た大きな猫と何かもめていた。


「お願い! 何か知ってたら教えて!」


「しらねえニャ! 知ってたって言わねえニャ!」


「お願いだから!」


「うるせえニャ!」


 尚も食い下がる相手を、大きな猫はつきとばした。よろめいて地面に倒れてしまったその人物に、ホーニッヒはかけよった。


「あなた、大丈夫?」


 ホーニッヒが差し出した手を握って起き上がった相手のフードはめくれて、現れた顔はまだ子どもと言っていいくらいの年齢に見える少女だった。


「ありがとう。」


「子どもがこんなところに来ちゃダメじゃない。早く帰りなさい。」


「子どもじゃないもん。おばさんは警察の人?」


 ホーニッヒは、背伸びしてジロジロと無遠慮に顔を近づけてくる少女の手を握ったままだったことに気づいて、慌てて離した。


「あれ? おばさんの顔、どっかで見たことあるなあ。あ! 今朝の新聞だ!」


「その話はやめてくれる?」


 ホーニッヒはげっそりした。今朝、署の掲示板に誰かが朝刊の切り抜きを貼りだしていたのを思い出したのだ。


『ホーニッヒ警部補、また怪盗ヴァイスに逃げられる!』


 しかも記事は彼女の写真入りだった。


「ふうん。おばさんがあの有名な迷警部補なんだ。」


 少女はなぜかニヤニヤしながら、なおもホーニッヒを凝視した。


「写真よりもまだ実物はマシね。メガネはダサいけど、髪は綺麗。」


「はいはい。ありがと。あなたもかわいいよ。で、ご両親はどこなの? 送っていってあげる。」


 生意気な少女の相手にすこし疲れたホーニッヒは提案したが、相手は急に悲しげな表情を見せた。


「…いないもん。」


 ホーニッヒはしまった、という顔をしてなぐさめようとしたが、少女は急に反対方向へ勢いよく駆け出した。


「さよなら! おばさん、またね! あと、お風呂に入ったほうがいいよ!」


「あ…。」


 みるみる小さくなっていく背中を見ながら、ホーニッヒはハンカチを出すと顔や体を拭いた。


「クククニャ、おばさんって3回も言われてたニャ。」


 足音もなく、そばに黒猫警部補が立っていた。


「4回よ。」


 ホーニッヒはデコに青筋をたてながら訂正した。


「あニャ~。ところであの子ども、なんで職質しなかったニャ?


「は? あんな子どもを? なんで?」


 黒猫は大げさにため息をつくとベロベロと顔を洗い、またスタスタと歩き出した。


「あの子ども、怪盗ヴァイスのことをいろいろと聞きまわっていたニャ。気づかなかったかニャ? こりゃ次の昇進試験も落第確定だニャ。」


「ちょっと! はやく言ってよ! ここはもういいの? 次はどこに行くの?」


「黙ってついてくるニャ。少しはアホなりに考えるニャ。」


 ホーニッヒは本気でリボルバーを抜きかけたが、緊急無線が入った。


「なに、シリンダ刑事? 今から黒猫を撃つんだけど。」


『警部補、それは聞いてからにしてほしい。大変なことが起きたんだ。』


「なんなの、またパトカーをこわしたの?」


『そりゃ先週の話だ。真剣に聞いてほしいんだ。』


「いったいどうしたの? 署長が辞職したとか?」


『…決まっちまったんだ。』


「なにが?」


『…この間のお見合い、完全敗北だと思ってたのに。』


「まだ続ける? 黒猫がイライラしてる。」


『結婚。想像つくか? 俺が結婚なんて。まさか気に入られていたなんて。相手はオゾン重化学工業の御曹司、式は豪華客席クイーン…』


「わかったわかった。後でゆっくり聞くし。これ緊急用だから。切るね。」


『ひどいじゃ…』


 ホーニッヒは無線を切ると、黒猫のあとを追いかけた。


「なんの話ニャ。」


「なんでもないの。つまらないジョーク。」


 

 ホーニッヒと黒猫警部補が去っていく後ろ姿を、先ほどのパーカの少女が建物のかげから見ていた。そして、2人のあとをつけ始めた。


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