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第1話 万年警部補ホーニッヒ


「あそこだーッ! 逃すな、捕まえろ!」


 ホーニッヒ警部補は、はるか上を指差しながら大声を張り上げた。


 さえないメガネにオリーブ色のヨレヨレのミリタリーフロックコート。


 ホーニッヒは栗色のポニーテールをゆらしながら必死で走った。


 高いレンガづくりの建物から建物へ、犯人はいとも簡単に飛び移っていった。警官隊をあざ笑いながら。


「ニャッハッハッハッ!! アホ警官ども、こっちこっちニャ!」


「く~、むかつく! あのクソ猫!」


 ホーニッヒはリボルバーを抜いて上空に乱射したが、当たるはずもなかった。


 野次馬の群衆から悲鳴があがった。


 部下のデシリット刑事(中年太り、妻子持ち、住宅ローンあり)がたしなめた。


「警部補、ムダ使いしたらまた署長のカミナリが落ちますぜ。市民からの苦情になると余計にまずいぜ。」


 伊達男の若いフラスク刑事(なぜか彼女いない歴23年)も同調した。


「そうっスよ、警部補。ただでさえ射撃ヘタクソなのに、走りながら当たるわけないっス。」


 長身短髪のシリンダ刑事(お見合い8連敗中)が同意した。


「ホーニッヒ警部補、落ち着け。アンタは何のとりえもないがいつも冷静じゃないか。どうした?」


 ホーニッヒは部下たちをにらむと、絞り出すように言った。


「警部補、警部補、言わないで! また落ちたんだから。昇進試験。奴のせいで!」


 シリンダ刑事がガッツポーズで言った。


「やったぜ! 8連敗記録! 俺のお見合いといっしょだ!」


 警部補はシリンダの尻を蹴り上げた。


「痛い! あにすんだよ、ホーニッヒ警部補。」


「言ってる場合じゃないでしょ! 早く追って! あのクソ猫を!」


 3人の頼もしい(?)部下である刑事たちはリボルバーを抜くと、警官隊を率いてバタバタと走って行った。


 当のクソ猫、いや犯人の白い猫はひときわ高い塔の屋根でのびをした後、シルクハットをかぶりなおし、懐から大きな袋をとりだした。


「親愛なる市民のみなさ~んニャ!! 今夜のショーがはじまるニャ~!! そ~れニャッと。」


 白いシルクハットに白のタキシードの猫は、何かキラキラ光るものをバラマキはじめた。


 野次馬市民が気づいて群がりはじめた。


「金貨だーッ!」


「金貨ニャーッ!」


 辺りは金貨を奪い合う人間と猫の市民でごった返し、たちまち大乱闘に発展した。


 ホーニッヒはメガホンで声の限り叫んだ。


「市民のみなさん! 落ち着いてください! 捜査活動の支障になりますので今すぐ解散してください!」


「うるせえ! この税金ドロボウが!」


 ホーニッヒは群衆に後ろから押されて倒れてしまい、メガネを無くしてしまった。


「あわわ、メガネメガネ。」


「ホーニッヒ警部補、大丈夫か!?」


 気づいたシリンダ刑事がホーニッヒを引っ張り起こしてメガネを拾った。


「ありがと。奴は?」


 彼女の問いに、シリンダ刑事は首を振った。


「この辺りは貧民街だからな。あのザマだ。」


 ホーニッヒの目に、無数の市民にもみくちゃにされて立ち往生している部下たちと警官隊の姿が映った。


「何してんの! 早く奴を追って!」


「密で無理でーす!」


(また逃げられるのね…。署長マジギレだな…。)


 めまいを覚えてホーニッヒがしゃがみかけた時、上空から大声が響き渡った。


「コラーッ! いつまでも調子にのってんじゃないわ! このクソドロボウ猫!」


「なに? なに? 私が言いたいことを誰が言ってくれたの?」


「あ! 警部補、あそこに!」


 シリンダ刑事が指差した先。


 月明かりに照らされて、シルクハットの猫怪盗がいる尖塔の向かいのもう一つの塔の上に立っている人影があった。


 黒いマントと黒髪が風に揺れている。


「サーチライト!」


 警部補の命令で、猫怪盗とその人影両方に強い光の筋が当たり、さながら上空に浮かぶ影絵のようにその姿が浮かび上がった。


「ありゃ女の子じゃないですかい!?」


 デシリット刑事が意外そうに声をあげた。

たしかにホーニッヒ警部補にも目を凝らすとそう見えた。


「大変だ…。すぐに消防に連絡して! レスキューとセーフティマットレスを緊急手配!」


「り、了解!」


 フラスク刑事は慌てて無線機にとびついた。


 ドロボウ猫呼ばわりされた当の猫怪盗本人はアクビをしたりのびをしたり、完全に相手を無視していた。


 その態度はさらに少女の敵意に火をつけた。


「アンタみたいなうすぎたない裏切者の偽善者は、このアタシ、怪盗メートヘンが捕まえてやるんだから! 覚悟しなさい!」


 シルクハットの猫は、両手で口をぐいっと左右に広げると舌を出した。


「あっかんべ~ニャ。捕まえられるモンなら捕まえてみれ~。ニャハッ!」


「このドブ猫! みてなさい!」


 突如、怒り心頭の黒マントの背中からガシャコン!と左右に飛行機の主翼のようなものが現れた。

 どうやらマントの中に折りたたまれて収納されていたらしい。


「あニャ~。鳥人間コンテストかニャ?」


「うるさい! 覚悟!」


 怪盗メートヘンは叫ぶと、塔から空中にジャンプした。


「あぶない!」


 警官隊や群衆から悲鳴が巻き起こったが、すぐに驚愕の叫びに変わった。


 メートヘンが真っ直ぐに、凄まじいスピードで猫怪盗めがけて空中を飛行したからだ。


「飛んでる!? まさかあのコ、飛べるの!?」


 ホーニッヒは驚きの声をあげて、固唾を飲んで成り行きを見守った。


「驚いて声もでないでしょ! ドブ猫!」


 メートヘンがまさに猫怪盗に肉薄したその刹那。


 どこから出したのか。


 飛行する少女の顔面に、生クリームタップリの巨大なパイがべっちょりと張り付いていた。


 視界を失った少女は空中でクルクルと回転し始めた。


「ニャッハッハッハッ! うまいかニャ? 俺特製のスペシャルクリームパイニャ!」


 猫怪盗は腹を抱えて爆笑しまくっていた。

笑いすぎてヒーヒーと息が苦しそうだ。


 ついに、少女は急速に落下し始め、顔からパイがはがれ落ちた。


「このパイ、おいしい…。」


(※後でスタッフがおいしく頂きました。)




「バッカモーン!!」


 警察署全体に響き渡る怒声が全てのフロアの窓ガラスを震わせた。


 ザッハトルテの街の警察署の署長室。


 書類山積みの机を挟み、椅子には太った小男、反対側にはホーニッヒ警部補が縮こまっていた。


「…署長、波平みたい。」


「貴様ァ、反省しとらんのか!? 市長選挙が近いんだぞ! またあの猫にまんまと逃げられおって!」


「だって、こっちは二次元、あっちは三次元で動くんだもん。」


「いいわけは良い。これ以上奴になめられたら、警察の威信にかかわるのだ。更には現市長にも迷惑がかかる。わかるな。」


「はあ…。」


「次に奴に逃げられたら、減俸ではすまないと思っておけ。もう行ってヨシ!」


「はあ。失礼します。」


 署長室を出たホーニッヒ警部補は深いため息をついた。




 署員食堂は内勤の事務員や、夜勤明けの警官、張り込みから帰った刑事たちなどで混んでいた。


 飲み終えたコーヒーカップをもてあそびながら警部補は考えにふけった。


(ホントに転職考えなきゃなあ…。理想と現実は厳しいな。)


(それにしても、あの空飛ぶ少女はいったい何者なの?)


 結局、あの騒動の後、群衆は解散して警官隊が付近をくまなく捜索したが猫怪盗も少女も忽然と消えてしまっていた。


「う~ん、考えてもわからん。」


 栗色の髪をバサバサ掻いていると、背後から急に声をかけられた。


「キミがホーニッヒ警部補かニャ?」


 振り返ると、ビシッと決めたスーツ姿の黒い猫が立っていた。

 手には署員食堂名物特盛イチゴパフェが乗ったトレイを持っている。


「そうだけど、あなた、誰?」


 ホーニッヒ警部補の質問に、黒い猫はさも意外そうに答えた。


「署長から聞いてないかニャ? 君と組むように命令があったニャ。ボクはシュバルツェ警部補ニャ。」


「ええっ! 私に猫なんかと組めっての!? 聞いてないよ!」


「ボクだってイヤニャ。でも、上の命令だから仕方ないニャ。あ、これ返すニャ。」


 シュバルツェがカードをホーニッヒに差し出した。


「ああっ!? それ、私の食堂のプリペイドカード!? いつのまに!?」


 黒い猫はホーニッヒの隣に座ると、うまそうに苺パフェを食べ出した。


「ま、これからいろいろとよろしくニャ。」


 そう言うと、黒猫警部補はククク、と不敵に笑った。


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