第15話 潜入ふたたび
数えきれない台数のパトカー、盾を持った機動隊員、制服警官、私服警官が屋敷をとりかこんでいた。
コンビニのサンドウィッチをかじっていたザルツ警部に、ひとりの警官が近づいた。
「警部。やはり敷地内も会場内にも入ってはいけないそうです。」
「なんですって!? フランクフルト氏にきちんと話したのですか?」
「はい。自分の部下で対処するとの一点ばりです。会場内に入れた警察官はただひとりです。」
「署長ですか…。」
ザルツは頭をかかえた。
ベースとギターはそっくりなキジトラ猫だった。サビ猫のキーボードがかろやかに鍵盤をたたき、茶トラ猫のボーカルが熱唱していた。
その間も、スクリーンの開票速報のグラフや数字は変化していき、フランクフルト氏の優勢を伝えていた。
「そろそろ動きますか。」
デシリット刑事はナプキンで口もとをぬぐうと席をたった。
「フラスクから報告がきたら追うわ。気をつけて。」
「了解。おふたりも、気をつけてな。」
離れていくたくましい背中をみながら、メートヘンがホーニッヒに顔をちかづけた。
「地下牢のある旧館と、こっちの新館はつながっているんだよね?」
「そう、見取り図は頭にはいってる?」
「ばっちり!」
フラスクから無線が入って、ホーニッヒは耳に手を当てた。
『どう?』
『楽屋でマネージャに会いました。シロっすね。まちがいなく本物です。』
『そっか。ありがと、戻ってきて。うごくわ。』
『了解。』
ホーニッヒはメートヘンの耳に口を近づけた。
「シュヴァルツェと金庫室に行って。奴が現れたら…」
「まかせといて! シリンダには負けないから。」
「争わずに、協力してね。」
「それは約束できないなあ。」
メートヘンは席を立ち、行きかけて急にホーニッヒにささやいた。
「ポニー、気をつけて。大好き。」
足早に去っていく少女を見ながら、ホーニッヒは顔を赤くした。シュヴァルツェも老貴族の演技かヨタヨタと立ち上がり、メートヘンのあとについていった。
ホーニッヒは頭をふり、気合をいれなおすと席を立った。舞台では、猫バンドの次のオペラ歌手の歌がはじまっていた。
目的のドアに向かって歩調をはやめると、何かとぶつかった。
「これは失礼。」
(署長!?)
小柄小太りのオヤジが惚けたようにホーニッヒをみあげていた。
(まずい!? ばれた!?)
ホーニッヒは会釈して立ち去ろうとしたが、署長がよびとめた。
「あのう、よければこの後の舞踏会で踊っていただけますかな?」
(このスケベオヤジ!)
「パートナーがおりますので。失礼します。」
署長を残してホーニッヒは扉から出ていった。
廊下を慎重に少しずつ進む人影がふたつあった。彫像に身を隠すと、2人は服をぬぎはじめた。服の下からは、屋敷の使用人そっくりの制服がでてきた。
2人はなにくわぬ顔で、厨房を通るついでに服をゴミ缶に押しこんだ。
「ここから先は私的居住区域ニャ。」
「わかってるよ。」
複雑な通路が全て頭に入っているのか、2人はためらいなく進み、たまに通る人をかくれてやりすごした。
「それにしてもでかい家ね。」
「しずかにニャ!」
黒猫は耳をピクピクさせたかと思うとあっという間に跳び上がり、天井にはりついた。メートヘンもすぐにつづいた。
真下を前後からサングラスの黒服が通った。すれ違いざまに異常ナシ、と言うのが聞こえた。
黒服がいなくなると2人は着地し、さらに通路を進み、とある扉の前でとまった。
「ここね。金庫のある部屋。」
メートヘンがドアの鍵を調べている間、黒猫は油断なくあたりを警戒していた。
「ひとつ聞いていいかニャ?」
「なに?」
「奴を…怪盗ヴァイスを捕まえたら、おまえはどうしたいニャ?」
「どうって…。」
少女は解錠の手をとめた。
「アンタの兄貴なんでしょ。アンタはどうしたいの?」
「…わからないニャ。」
「わからないのに、こんな危険まで犯すんだ?」
「危険はおたがいさまニャ。」
「アタシは…前まではこの手で仇を討ちたいってばっかり思ってた。でも今は…聞いてみたいの。なんでパパをうらぎったの?って。」
黒猫は耳をピクピクさせた。
「聞いてどうするニャ?」
「…わからないよ。」
「マネするなニャ!」
「はいはい。開いたよ。」
ギギイ…と重いドアが開いた。2人はすばやく中にすべりこんだ。
前方のL字の分岐で様子を伺うデシリットの巨体がみえた。ホーニッヒとフラスクは足音を立てないように近づいた。
「警部補、この先が旧館への連結路ですぜ。」
3人とも、服は使用人の姿になっていた。うなずくと、ホーニッヒはリボリバー拳銃をとりだした。
廊下に等間隔で置かれた彫像を盾にしながら進みドアに近づいた。不意にドアが開き、黒服がふたりでてきた。デシリットがうなずき、前に進み出た。
「お疲れ様です。」
「なんだ、なにか用事か…」
デシリットの強烈なボディブローが決まり、黒服の1人が昏倒した。ふところから何かを出そうとした方には致命的なアッパーカットが決まった。
「あいかわらず、おみごとっす。」
「おめえも体を鍛えろよ。」
3人は黒服の銃と鍵を奪い、ドアをあけて引きずっていきしばってころがすとホーニッヒを先頭に下りの階段をおりていった。
途中から灯りがなくなり、ホーニッヒはバンドライトを出すと銃を持つ手と交差させ、さらに階段を降りていった。
「ここから先は見取り図が手にはいらなかったすよね。」
「古すぎてな。」
階段を降りきると鉄の扉だったが黒服の鍵で開いた。扉の向こうはさらにまたせまい通路が延々と続いた。
「この先が旧館だな。」
「地下は昔の貴族が使ってた牢獄らしいっすね。」
「それを刑務所代わりに使うとはな。管理は民間委託だ。確か業者は…」
「オゾン警備保障よ。」
「なんもかもフランクフルト氏のオゾングループ企業か。いけすかねえな。」
暗闇の不安を打ち消すように3人は会話を続けたが、また扉で通路は終わっていた。そっと開けると、左右に廊下が続いていて、人の足音と何かを転がすような音が聞こえてきた。
扉の隙間から見ていると、頭にホワイトブリムをつけた小柄な使用人の制服姿の者が飲食物を満載した大きなカートを押していた。
ホーニッヒは扉からそっと出て声をかけた。
「手伝いましょうか?」
「うわわっ!!」
小柄な使用人はびっくりして悲鳴をあげた。
「なんだお仲間でしたか。びっくりさせないでくださいです。助かるです、重くて重くて。」
「すみませんでした。」
かなり小柄な相手は胸に手を当ててホーニッヒを見上げた。
「てっきり例の幽霊かと思ったです。心臓がとまるかと思ったです。」
ホーニッヒはカートをいっしょに押しはじめた。フラスクとデシリットは距離をとり後ろについてきていた。
「幽霊?」
「はい。あなたは新人さん? 知らないですか? ここ、幽霊がでるんです、皆こわがってるです。」
「どんな幽霊? あなたは見たことある?」
「噂ではすごいヒゲで、キバがあって、大きくて…目が光ってて…勝手に囚人の食事を食べちゃったり…。わたしはないですけどいるような気はするです。こわいです~。」
「囚人? これも囚人の食事なの?」
「はい。この先が地下監獄です。広すぎていまだに迷うです~。」
ホーニッヒはしめた、と思いカートを押す手に力を入れた。
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