第14話 勝負の結婚式
夕刻、黒く長い高級車が静かに停まり、ベルスタッフがすばやくかけよった。重いドアが開き、中からは豪華な服で着飾った家族がおりてきた。
恰幅の良いタキシードの人物がカードを見せると受付係はうやうやしく受け取った。
「これはこれは。デーニッシュ家の皆さま。ようこそおいで下さいました。」
「うむ。」
一行は堂々と結婚式の会場であるフランクフルト屋敷に入っていった。会場は邸宅の中とは思えないくらい広く、高い天井にはガラスの巨大なシャンデリアがキラキラと灯っていた。
「パパ! ママ! こっちの席だよ!」
その家族はテーブルに着席してさりげなくまわりを見まわした。会場はテーブルで埋め尽くされ、いかにも裕福そうな人々でひしめいていた。会場の前方中央には壇が設けられ、傍には舞台があり、横には巨大なスクリーンが張られていた。
床には壇に向かって長く赤いカーペットが敷かれていた。
「うわ! ママ見て、あれ有名な歌手だよ。あ! あっちはサッカー選手だ!」
「ちょっと、任務中なのを忘れずにね。」
肩を出したドレス姿のホーニッヒが小声でたしなめると、メートヘンはてへペロをした。
「いいじゃないか、緊張もほぐれるだろうし、自然にふるまおう。」
デシリットはつけ髭が落ちないように気をつけながらグラスのミネラルウオーターをひと口のんだ。メートヘンはワンピースの赤いドレスを着ていて、リボンで髪を飾っていた。
「ママ、ドレス似合ってるよ。今日はコンタクトレンズだしね。」
メートヘンが微笑みかけたが、ホーニッヒは上の空だった。
「あなたもかわいいよ。でも、車とあわせてレンタル代金がね…とほほ、しばらく節約しなきゃ。」
「もう…雰囲気ぶちこわし。」
少女は頬をふくらませてジュースを飲んだ。会場は次第に人が増え満席となった。
離れたテーブルに、シルクハットに片眼鏡のフラスクと、ヒゲモジャの小さい人物がいた。
「老貴族と孫っていう設定だって。」
「黒猫刑事さん、無理ない?」
ホーニッヒとメートヘンがヒソヒソ話していると、立会人が壇に立ち、結婚式の開催を高らかに宣言した。
会場からは割れんばかりの拍手が起きたが、ホーニッヒは複雑な表情で昨夜のやりとりを思い出していた。
「酔ってるの? シリンダ。」
ホーニッヒの部屋に入ってきたシリンダは足もとがおぼつかない様子だった。
「酔わなきゃ、やってられっか。」
ホーニッヒはコップに水をいれてシリンダに渡した。
「あなたは、良家のお嬢さまだったんだね。」
「別に隠してたわけじゃない。ガキの頃から厳しくしつけられて、やることなすこと決められて、イヤでイヤでしょうがなかったんだ。」
シリンダは水をいっきに飲み干した。
「とことん家に逆らって生きてやろうときめて、警察官になった。でもな、結局このザマだ…。」
「シリンダ…。」
「あんときはわるかったな。警部補は俺のことを考えてそうしたのにな。許してくれ。」
「ゆるすもなにも…。ただ私はあなたには幸せになってほしかっただけなの。」
「だったら…ひとつだけお願いしていいか?」
シリンダはコップをテーブルに置いてホーニッヒをまっすぐに見つめた。
「今夜だけ、泊まっていいか?」
「それは…」
ホーニッヒが言葉につまっていると、寝室のドアがバーン!と開いた。
「ダメーッ!!」
メートヘンがシリンダの背後から思いきり飛び蹴りをくらわした。不意をつかれたシリンダはまともにくらい、派手にふきとんで床に倒れた。
「いてて。てめえ、いたのかよ。なにしやがる!」
メートヘンはシリンダにあかんべえ、をしてホーニッヒによりそった。
「おあいにくさま。アタシとポニーはもうとっくに深い仲なの。いつまでも甘えてないでアンタはさっさと結婚すれば?」
「な、なんだって!? 警部補、ホントかよ!?」
「ちょっと、メートヘン、変なこと言わないで。」
ホーニッヒはふたりの間に立った。
「苦情がくるからそこまで。私にはそんなケンカまでするような価値はないよ。もうふたりとも帰って。」
「ポニーはだまってて!!」
「警部補はひっこんでろ!!」
「…はい。」
ホーニッヒは小さくなってソファの隅に座りクッションを抱えこんだ。
メートヘンはソファの前に立ち、腰に手を当てて胸をそらした。
「今まで告る勇気もなかったクセに、結婚にビビって急に迫るなんてあきれるわ。ポニーを困らせないでくれる?」
「ガキはさっさと帰ってぬいぐるみと寝てろ。これはオトナの話だ。」
「こどもじゃないったら! ガキはアンタでしょ!」
「もうガマンならねえ。」
シリンダはコートを脱ぎ捨てるとメートヘンにつかみかかった。少女はするりと身をかわし、回し蹴りをかえした。たちまち格闘が始まり、ホーニッヒは顔をクッションで塞いでしまった。
しばらくして目をあけると、2人はキズだらけになりながらもまだ対峙していた。
「ガキのくせにやるじゃねえか。」
「アンタもね。」
シリンダはニヤリと笑うとコートを拾った。
「ガキ相手に馬鹿馬鹿しい。もう帰るわ。」
「にげるんだ。決着をつけないの?」
ホーニッヒはイヤな予感がしてとめようとしたが、メートヘンがシリンダを指差した。
「そんなに結婚するのがイヤならやめればいいのに。」
シリンダは白いコートの袖に腕を通した。
「そうできりゃあ、こんなに悩んでねえよ。」
「この意気地なし! 本当にポニーが好きなら、悩む必要なんてある?」
「なんだと。」
「そんな中途半端じゃ迷惑なの。アタシは真剣だから。」
「俺だって真剣だ。」
話のなりゆきをホーニッヒは聞きたくなかったがいやでも聞こえてきた。
「じゃ、決着をつけようよ。」
「どうするんだ?」
「ヴァイスを捕まえた方が勝ち。アタシがヴァイスを捕まえたらポニーはアタシのもの。アンタはポニーをあきらめる。アンタがヴァイスを捕まえたら、結婚式なんかぶちこわして、ポニーを選べばいいわ。どう?」
「いいだろ。のった!」
シリンダとメートヘンはかたく握手をした。ホーニッヒはソファからずり落ちた。
「なぜそうなるの…。」
立会人がおおげさな身ぶりで話しはじめた。
「新郎新婦入場までまだ時間があります! 前方のスクリーンにご注目を! 先ほど投票がしめきられた、市長選挙の開票速報が投影されますのでご覧ください!」
皆の目が一斉にスクリーンに注目すると、棒グラフが映し出された。
「開票率2%
現職市長 44%
フランクフルト氏 52%
アルクトバエルン氏 3%
ニャウエッセン氏 1%」
「おおっと! やはりフランクフルト氏と現市長の一騎討ちとなっております! それではしばらく、音楽でお楽しみください!」
立会人が合図をすると、舞台の幕があがりロックバンドが現れた。
メートヘンが興奮して席をたった。
「キャ~!? あれ、フユンフカッツだよ!」
ホーニッヒがうんざりした顔をした。
「なにあれ…猫のバンド?」
「しらないの? 大人気の5匹なんだよ!」
「あなた、猫嫌いじゃなかったの?」
「え? 嫌いなのはヴァイスだけだよ。」
サバトラ猫のドラムが派手に音をたてたのを合図に、大音量で演奏が始まった。ノリノリで音楽に身をまかせ始めた少女を横目に、ホーニッヒはこっそりとフラスクに無線連絡した。
(あやしさ全開よ。しらべてきて。)
(了解っす。)
フラスクはさりげなく立ちあがると係員に何かを聞き、会場の外に消えていった。
指示はしたものの、ホーニッヒは何かを見落としているようで不安が消えなかった。
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